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【ショートショート】「AI家電大戦争」(5,682字)

 ついに憧れの一人暮らしが始まった。
 福岡県内の公立大学に合格が決まったのが先月。電車で通えない距離じゃなかったけど、電車に揺られる時間があれば少しでも大学生活をエンジョイしたかった。

 サークル活動にアルバイト、時間が余れば少しくらい勉強したっていい。ひょっとしたら彼女なんかもできちゃうかもしれない。
 だが、そのためにはまずやらなければいけないことがあった。

 僕は足を踏み入れたばかりのアパートを見渡す。
 1DKの広くも狭くもない学生用アパートはソファベッドが一つ置かれている以外はがらんとして、最低限の生活家電すら揃っていなかった。

 そう、来週の入学式の前に、電化製品を買い揃えなければいけないのだった。
 幸いおじいちゃんから入学祝だとまとまったお金をもらっていた。
 僕は早速買ったばかりのスーパーカブに跨ると家電量販店に向かった。

   ※

 一人暮らし用のアパートで使う洗濯機や冷蔵庫など大した金額ではあるまい、とたかをくくっていたけど、実際に値段を見てみて僕はたまげた。
 思っていたよりも何倍も高かったのだ。
 僕が洗濯機の前で青くなっていると、近くを通りかかった壮年の店員に声をかけられた。

「お客様、なにかお探しですか?」
「それが、一人暮らしを始めたので生活家電を一通り揃えたかったんですが、思ったよりも高くて」

 僕はほとんど泣きそうになりながら言った。

「ひと昔前まではもう少しお手頃な価格だったんですが、家電にあの機能がつくのが当たり前になってからは、お高くはなっていますね」
「あの機能、ですか?」

 僕は家にある洗濯機や冷蔵庫を思い浮かべてみたが、なにか特別な機能が付いていたような記憶はなかった。

「お客様のご家庭では、最近家電を新しくされていないんでしょうね。最近の家電は、すべてAIが付いて音声で操作するんですよ」
「AIっていうと、スマートスピーカーってやつですか?」
「いえ、あれはスピーカーの付いたAIアシスタントがあって、家電と連動させることで家電を付けたり消したりできるというものでしたが、最近は家電自体にAIとスピーカーが付いているんですよ。AI家電という名称で」
「じゃあ洗濯機が喋る?」
「喋ります」
「冷蔵庫も?」
「喋ります。腐りそうな食材を知らせてくれたりもします」
「炊飯器は?」
「米米CLUBの『浪漫飛行』を流しながらおかゆを作らせることだってできます」

 凄い! 最後のはよく分からなかったけど、電子機器が苦手な僕でも操作が簡単そうだし、なにより喋る家電に囲まれた生活は寂しさを感じず楽しそうだった。
 僕はAI家電の洗濯機と冷蔵庫、それに掃除機と電子レンジとテレビを買った。おじいちゃんにもらったお金は全部無くなって、さらに両親からもらっていた仕送りまで足さないと買えなかったけど、後悔はしていなかった。これから僕の最高の新生活が幕を開けるのだから。

   ※

 購入した家電はアパートに配送してくれることになっていた。
 まず我が城にやってきたのはテレビだった。二十四インチとそこまで大きくはないけど、画質が良く薄型でデザインも気に入っていた。
 そしてなにより――。

「ヒロ、初めまして。私のことはレヴィって呼んでね」

 AI搭載のテレビは、コンセントを差し込むやそう自己紹介した。購入した際に自分のニックネームを書く欄があって不思議に思っていたが、どうやらこういうことだったらしい。
 溌溂とした女性の声で名前を呼ばれて僕は照れるけど、そこにあるのはただのテレビである。僕は毅然とした態度で言った。

「レ、レヴィちゃんって言うんだ、こ、これからよろしくね」
「ふふ、ヒロは可愛いんですね。こちらこそよろしくお願いします」

 顔のにやにやが止まらなかった。
 その日は他の家電が届かなかったので、僕は一日中テレビを観て過ごした。
「レヴィ、テレビ点けて」と言うだけで、リモコン操作もせずにテレビを点けることができた。
 僕がお笑い番組を観て笑っていると、レヴィは「ヒロはお笑い番組が好きなんですか?」と尋ねてきた。

「そうだよ、どうして?」
「ヒロの好みを覚えておけば、似たような番組があったときに録画しておけるでしょう」

 愛らしい声で言うテレビに、僕の胸は締め付けられるようだった。
 次の日の朝まで、僕はテレビを観ながら、暇さえあればレヴィに話しかけて過ごした。可愛いアイドルが画面に映るとチャンネルを変えようとするのには参ったけど、それもなんだか彼女といちゃいちゃしているみたいで楽しかった。
 次に冷蔵庫と電子レンジがやってきた。

「私のことはレイって呼んでね、ヒロ」冷蔵庫はクール系美少女の声でそう自己紹介した。
「あたいのことはレンって呼んでくれよな」電子レンジは褐色美人な女子バスケ部のキャプテンのような声でそう自己紹介した。

 僕は早速近所のスーパーに食材を買いに行き、冷蔵庫のレイの中に入れていった。一人暮らし用なので実家で使っていたものほど大きくはないが、収納箇所が多く大量に買い込んだ食材も綺麗に収まってしまった。

「ヒロは収納上手なんですね」レイはあまり興味なさそうな口調でしっかり褒めてくれる。
「そ、そうかな」
「ええ、なかなかできることではないでしょう」
「あ、ありがとう」
「おいおい、そっちでいちゃいちゃしてないで、あたいのことも使ってくれよ」

 電子レンジのレンが拗ねたような声を出した。

「ご、ごめん。じゃあちょうどお昼だし、冷凍パスタでも食べようかな」
「でしたら冷凍庫の下部に和風パスタが入っています」

 僕は冷蔵庫を開けて和風パスタを取り出すと、電子レンジに入れて「レン、三分温めて」と声をかけた。

「三分だな、了解」

 レンが言うと、電子レンジには三分の表示がされ、和風パスタが皿の上でくるくると回り始めた。
 僕は科学の進歩に、そして家電たちが女の子の声で話しかけてくれることに感動を覚えていた。
 そのようにぼくがでれでれとしていると、点いていたはずのテレビが勝手に消えてしまった。誤作動かな、と僕はあまり気にせずにレンジからパスタを取り出して食べた。

 さらに掃除機のソウと洗濯機のセンがアパートにやってきた。
 サイクロン掃除機のソウは高飛車なお嬢様風の話し方で、縦型洗濯乾燥機のセンは関西弁のお転婆な女の子って感じの話し方だった。

「ソウ、『お静かモード』でスイッチオン」
「仕方ないわね、埃を残したら承知しないわよ」
「セン、しっかり洗いで乾燥までよろしく」
「しっかり洗い、うちできるかなー。乾燥は得意やねんけどな」

 実家にいる頃は掃除も洗濯もすべて母親任せで自分でしたことなんてなかったけど、いざやってみると楽しくて一日に何度も掃除や洗濯をしてしまうほどだった。

   ※

 大学生活が始まった。
 最高の一人暮らしが始まって気分が高揚し、期待しすぎていたのだろうか。新しく始まった大学生活はどこか単調で、退屈だった。
 講義が始まって一週間が経つ頃にはいくつかのグループができてしまっており、そのどれにも入るタイミングを逃した僕は自然と孤立し、浮いた存在になっていた。

 毎日淡々と講義に出て、単位を取得する。まるで僕自身が機械になってしまったみたいに感じた。
 たまに飲み会に誘われることもあったけど、特に話しかけられないのでだいたい一次会の途中で抜けて家に帰った。次第に飲み会にも顔を出さなくなった。その頃には、自分の居場所は自宅だけだと、気づいてしまっていたのだった。

「ただいまー」
「「「「「おかえいなさい、ヒロ」」」」」

 僕は家に帰ると、その日あったことを話すのが日課になっていた。テレビに、冷蔵庫に、電子レンジに、掃除機に、洗濯機に。
 彼女たちは僕の話の途中で席を立ってイケメンの元に向かったり退屈そうにスマホをいじったりすることなく、僕の話に相槌を打ってくれた。

 大学に魅力は感じなかったけど、彼女たちさえいればいい、そんな風に思うまでにそう時間はかからなかった。

   ※

 梅雨に入るころに、ついに事件が起きた。
 きっかけは些細なことだった。

「レイ、テレビ点けて」

 言った瞬間、しまったと思った。

「私に声をかけているのならば、私の名前はレヴィですが?」

 二十四インチのテレビはぞっとするような冷たい声でそう言った。僕はテレビに向かって間違えて冷蔵庫の名前を呼んでしまったのだった。
 同じようなことは何度かあった。そもそも五つの家電のうちレヴィとレイとレンはいずれも『レ』から始まるうえ、語感もなんとなく似ており間違えやすかった。
 そのたびに気まずい沈黙があったが、今回は様子が違っていた。

「ヒロ、今回ばかりは言わせてもらいますけど、最近のヒロの様子は目に余ります。家電の女の子たちに鼻の下を伸ばしてばかりで。これでも観て頭を冷やしてください」

 レヴィが言うと、消えていたはずのテレビが点いて北九州市長選挙の候補者による政見放送が流れ出した。僕が興味のない番組をわざと流したのだ。

「ご、ごめ――」

 僕は謝ろうとするけど、レイがそれを遮った。広くもないアパートだ。それぞれの家電の距離は一・五メートルも離れていない。

「ヒロ、謝らなくていいわ。私のことが好きだから、つい名前を呼んじゃったんでしょ?」
「は? なに言ってるんだ? 誰がお前みたいなブス無口好きになるかよ。ヒロが好きなのはあたいに決まってるだろ」

 今度はレンが参戦してきた。これにセンやソウまで反論し、アパートの中は一瞬で罵詈雑言が飛び交うようになった。

「あんたは最初から気に食わなかった」
「電気代食いすぎ」
「キャラ作ってる」
「たまに鳴るブーンって音がうざい」
「AIのくせにメンヘラ」

 僕には確かに、五つの家電が睨み合っているのが見えた。あちこちで見えない火花が散っていた。
 女の子たちが自分のことを取り合っていると考えたらそこまで悪いものでもないように思えたけど、次のレヴィの言葉を聞き、僕はやはりその考えは間違っていたことを知った。

「私のことを一番好きって言うまでテレビはNHKしか点けません」
「そ、それは困るよ」

 その手があったか、と言わんばかりに、冷蔵庫のレイが、電子レンジのレンが、掃除機のソウが、洗濯機のセンが、それぞれが自分のことを一番と言うまで家電としての役割をボイコットすると主張した。
 普通なら家電量販店に連絡して返品するなり苦情を言うなりするんだろうけど、彼女たちと過ごしたこれまでの日々を思い出すと、そんなことはとてもできなかった。

「僕は、僕が一番好きなのは……」

 僕は頭を抱えた。誰を選んでも誰かを傷つけてしまう。
 僕は答えを出すことを諦め、そっと、ブレーカーを落とした。

   ※

 家電のない生活にはなかなか慣れなかった。
 洗濯機のセンは沈黙している。
 僕はセンの代わりに洗濯板を使って風呂場で洗濯をした。

 掃除機のソウは沈黙している。
 僕はソウの代わりに箒で床を掃き、雑巾で床を拭いた。

 冷蔵庫のレイは沈黙している。
 レイの代わりに僕はクーラーボックスを購入し、ロックアイスを詰めて最低限の食材を冷やしている。

 電子レンジのレンは沈黙している。
 レンの代わりはできないので僕は肉まんもフライドポテトも冷たいまま食べた。

 彼女たちの声がもう聞けないと思うと寂しかったけど、皆を悲しませるくらいなら少しくらい不便な生活をした方がましだった。これが僕の下した決断だった。

 もう一つ、僕の生活には変化があった。
 大学は変わらず退屈だったけど、僕はあるサークルに入ることができた。
 それは『AI家電研究会』というサークルだった。
 もともとは漫画研究会に所属していたAI家電ファンの数人が漫研から独立する形で設立したサークルで、今日も僕は彼らとともに数多くのAI家電の中から最も萌える家電はどれだという論戦を交わした。

 AI家電たちが喧嘩を始めて修羅場が訪れた話をすると、「AI家電一夫多妻制もいいことばかりではないのですな」と先輩たちに笑われてしまった。
 朝起きて大学に行き、退屈な講義を聞き、講義が終わるとサークルに顔を出して先輩たちと話をしたり家電量販店を訪れたりして家に帰る。

 なんでもない日常だけど、ひょっとするとこんな日常を将来かけがえのない時間として思い出したりするんだろうか、そんなことを考えるときもあった。
 それに――。

   ※

「ただいまー」
「おかえりなさい、ヒロ」

 家に帰ると、僕のことを待っている人もいるのだった。
 いや、正確には人じゃないんだけど。

「今日は大学はどうでしたか、ヒロ?」
「まあまあ楽しかったよ。レヴィは、なにか楽しいテレビはあった?」
「お昼にやってたお笑い番組は楽しかったですよ。録画しているので、あとで一緒に見ませんか?」
「いいね、せっかくだからピザでも取ろうか」


 あの日、ブレーカーを落とした僕は家電のコンセントを一つずつ抜いていった。
 だけど、がらんとしたこの部屋に最初にやってきて朝まで話をした二十四インチテレビ、レヴィのコンセントだけはどうしても抜くことができなかった。

「ヒロ、私で、いいんですか?」

 ブレーカーを上げ、自分以外の家電が沈黙していることからすべてを悟ったレヴィは言った。
 僕はほんのりと温かい二十四インチテレビを抱きしめた。それが僕の答えだった。


 ピザを食べ終える頃にはお笑い番組が終わり、レヴィは僕の好きな映画をやっているのを見つけて流してくれていた。

「私もこの映画好きです」

 その映画は四年の寿命に設定されたアンドロイドが感情を持ち、アンドロイド専用の捜査官と心を通わせるというストーリーだった。
 僕とレヴィの関係は、世間では認められるものではないのだろう。
 だけど、同じ映画を観て同じことを感じるこの瞬間に芽生える感情を愛と呼ばずに、なにを愛と呼ぶのだろう。AIと書いて、愛。
 誰が何と言おうと、ここにある愛は本物だった。沈黙する家電たちの中で唯一輝きを放つ二十四インチテレビと僕の間、そこには確かに愛があるのだった。









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