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Story tellingの変革者        羽生結弦の『地上を救う者~エストポリス伝記Ⅱメドレー~』from『→RE_PRAY←』 

 「ICE STORY 2nd "RE_PRAY"」のエンドロールが『地上を救う者~エストポリス伝記Ⅱメドレー~』from『→RE_PRAY←』として再編集され、一般公開されてぼぼ3週間。再生数は110万回を越え、覗きに行くたびに万単位で増え続けている。Twitter改め「X」には公開直後から「エストポリス伝記Ⅱ」ファンを始めとしたゲーマーの方々からのポストが目立った。
 
 改めて感じたのはゲームというジャンルの持つ力である。
 かつて能楽が源平合戦のエピソード、経典や古歌、源氏物語、安達ケ原の鬼女や神話に近いような坂上田村麻呂にテーマを取って物語を構築したのは、それが長い冬の囲炉裏端や子どもの枕もとで、あるいは祭りの神楽で、田植えのBGMや刈り入れの祭り等様々な場所で繰り返し語られ、共有されてきたストーリィであったから。
 誰もが知る話だから、舞台で見ても、少し言葉が違っても理解できるし、音曲や舞をより楽しめる。それらの物語は時代が下るとともにディテールや設定を少しずつ変えながら様々な文化、絵画や詩歌、唄、物語、舞、演劇などのアナログ表現の中に受け継がれてきた。しかし、21世紀も4分の1が過ぎようとしている今、羽衣伝説も、大江山の鬼も、壇ノ浦で滅んだ平家の物語も、古い名所にまつわる伝承や古歌も身近ではなくなり、誰もが知っていたヒーローやヒロイン、ヒールの物語は忘れられつつある。
 若い方々は携帯キャリアのコマーシャルで「桃太郎」を知っていても、元のお話を読んだことはないかもしれない。
 
 19世紀の終わりに生まれた動画技術は映画やアニメーションという新しいStory tellingのスタイルを作り出し、20世紀終わりにはデジタルによって精度や表現の幅、情報量が飛躍的に発展した。中でも物語の語られ方を大きく変えたのがコンピューターゲームなのだと思う。この40年ほどの間に驚異的に進化し、人気作品がいくつも生み出され、ストーリィやキャラクターは言語も国境も超えて多くの人に愛され、共有されている。1000年もの時をかけて浸透し、広がってきた古い物語たちに比べたら、ゲームが伝播する勢い、範囲は途方もない。

 しかし、古い物語たちとの共通点は、勝者よりも、無念の涙を呑んで敗れた者、正義や愛のために滅びし者が惜しまれ、語られるところかもしれない。能ではヒーロー、武士を描いた「修羅物 しゅらもの」と呼ばれるジャンルがあるが、勝者が主人公の勝修羅物 かちしゅらものは「田村たむら 」など数えるほどしか伝わらず、悲劇的な運命をたどった平家の公達 きんだちなどを取り上げた負修羅物まけしゅらもの の方がはるかに多く残っている。羽生が "RE_PRAY"に選んだキャラクターもまた滅ぼされる側の負修羅的なヒーローたちのようだ。
 いつの時代も歴史を作るのは勝者だけれど、物語を紡ぐのは敗者であり、戯作者や詩人、白拍子、琵琶法師など有名・無名のアーチストたちがそれを謡い、語り、舞うことによって伝えてきた。
 
 「ICE STORY 2nd "RE_PRAY"」で、羽生結弦は8ビットのレトロで可愛いキャラクターを介在させて物語を語るという手法によって、ゲームに詳しくないファンダムにもアピールしながらテーマを追及し、不思議なほど吸引力を持つ世界を構築した。
 フィジカルとデジタルを巧みに繋いでコントロールし、刺激的な照明や映像を融合させ、デジタル文化の華ともいえるゲームの世界に人生を投影して奥行き深く見せた "RE_PRAY"。
 フィギュアスケートは舞踊、ダンス的な表現の中でもスピードと立体感に於いて抜きんでている。より速く移動し、高速でスピンし、多重回転しながら跳躍することで他にはない強いインパクトを与えることができる。しかし、あのめまぐるしく変化する映像や強烈な照明に霞んでしまわないほどの演技は誰にでもできるものではない。
 羽生は技術と個性と鍛え上げた肉体とを絞りつくすように酷使して時に切り裂くように鋭く、あるいは慈しむようにやわらかく、蕩かすように蠱惑的で生々しい感覚世界を出現させ、観客を翻弄して容赦なく氷上のストーリィに同期させてしまう。
 
 "RE_PRAY"の流れを衣装でなぞり、その濃密なICE STORYを凝縮して「エストポリス伝記Ⅱ」と融合、再編集されたエンドロールは本編を知らない視聴者にも強い印象を残したようだ。やや殺風景なアイスリンク仙台を背景に、性別不要な2次元的麗人が変身しながら舞う姿がVRのような異世界感を醸成し、強い中毒性を感じさせる映像となっている。

 彼が単独公演にこだわり続けるのか、続編があるのか、この後に何を目撃することになるのかまったくわからないけれど、少なくとも「ICE STORY」は羽生結弦が創造する斬新な世界の入り口、新しいパフォーミングアートであり新スタイルのStory tellingだ。
 5月1日に発売された雑誌『GQ』のインタビュー記事によれば、彼は30年先までも進化し続けて誰も到達したことのない世界を創るため、今、この時にも表現の「語彙力」を磨いているらしい。
 「長生きなんかしたくない」と言い続けてきたけれど、ごめんなさい、30年後の羽生結弦はちょっと、いやかなり、とっても、ぜひ、絶対に、見たいです。
 
PS:
 私がゲームに親しんだのは前世紀まで、もともとRPGは苦手で最期にクリアしたのは「実況おしゃべりパロディウス」です。今や動体視力低下どころか立派な老眼となり、近年のゲームはめまぐるしく鮮明過ぎる画面に酔ってしまってとてもついていけません。
 "RE_PRAY"にかかわるゲームについて「X」等で解説してくださったゲーマーの皆様、ありがとうございます。アイロンビーズで8ビットキャラ羽生を制作されたファンアートの手腕には驚嘆いたしました。
 羽生選手の創作、演技はこれからも様々な世界に拡がり、影響して行くことでしょう。彼の周りで沸き立つように何かが生まれていくのを感じてワクワクしています。
 でも御身大切に、老婆心で恐縮ですが健康にだけはくれぐれも配慮していただきたいと思います。




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