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バントは手堅い作戦か? 6回無死一塁、阿部寿樹へのバント指示を考える

*2020/7/12 中日新聞プラスへの投稿分を転載

皆さん、こんにちは。今回は

「バントは手堅い作戦か?」

をテーマに考えたいと思います。

今季(*2020年)は7/9時点でリーグワーストのホームラン数で、相変わらず長打不足、得点力不足に頭を悩ませる中日ドラゴンズ。開幕前は外野へ強い打球を飛ばす試みが成功していたため多くの中日ファンも「今年は違う!」と期待を持っていたことかと思いますが、蓋を開けてみたら昨季までとあまり変わらない状況となっています。

そんな中でホームラン数同様に昨年から変わらない特徴として挙げられるのは、「送りバント」を多く試行している点です。昨季はリーグ2位の108個、今季も7/9時点でリーグ2位の10個を記録しています。

長打が出ない分、バントで走者を得点圏に進めようとする戦術は「手堅い作戦」として評価する方も多いでしょう。ただ一方で、バントはデータ分析上はほとんどのケースで「非効率」との分析結果も出ています。

今回の記事では、「送りバント」の統計的な価値と、タイトルで掲げた7/2の具体的な事例を深掘りして見ていくことで、改めてバントという戦術について考えます。

1. 送りバントの統計的価値

まずは「送りバント」という戦術がデータ上どのような効果をもたらす作戦なのかについて考えます。蛭川皓平さんの著書「セイバーメトリクス入門」を参考に、得点期待値得点価値を使って説明していきましょう。

1-1. 得点期待値

まず得点期待値とは、アウトカウント、塁上の走者状況から、それぞれの状況においてイニングが終了するまでに見込まれる平均的な得点数のことを指します。

例えば無死満塁というシチュエーションにおける得点期待値は2.103点で、逆に二死走者なしだと.093点になります。野球は如何にアウトカウントを増やさずに塁上の走者を進めて得点を重ねていくかが重要なスポーツのため、よりアウトカウントが少なく、走者が多い状況の方がより多くの得点が期待できるというのは理解しやすいと思います。

以下は2014年から2018年までのデータから算出された、各状況ごとの得点期待値一覧になります。

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ここで「無死一塁を一死二塁にするバント」について考えてみましょう。無死一塁における得点期待値は.804で、一死二塁の得点期待値は.674なので、データ上はこのケースにおける送りバントは逆に得点期待値を.130下げる作戦ということになります。

走者を進めて得点圏にランナーを送りワンヒットで得点の画を描く、もしくは併殺のリスクを避けることこそが、無死一塁からのバントの意義だと思います。ただ走者を進めることよりもアウトカウントを余計に増やすことの方が、より多くの得点を奪うことに悪影響を与えていると言えます。

さらに上記の得点期待値一覧を詳しくご確認頂けると、無死一塁以外の他すべての送りバントが想定されるケースにおいても、事後に得点期待値が減少していることが分かります。点取りゲームである野球というスポーツにおいては、バントは非効率であると言えるでしょう。

1-2. 得点確率

ただ一方で、「バントは手堅く1点を取る確率を高める作戦である」という意見も多いでしょう。次はそれぞれの状況においてイニングが終了するまでに1点以上入る確率を表す「得点確率」について、各状況ごとに見ていきましょう。

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無死一塁からの送りバントを想定すると、無死一塁の得点確率は40.2%で、一死二塁の得点確率は39.4%。差は大きくないですが、ここでも無死一塁からの送りバントは逆に得点確率を下げる作戦ということになります。手堅く1点を取りに行くのが送りバントの最たる目的のはずが、自らその可能性を小さくしてしまうことになります。

ただ得点期待値とは異なり、状況によっては得点確率を高められるケースも存在します。例えば無死二塁から一死三塁にするケース、無死一二塁から一死二三塁を作るケースでは、得点確率の上昇が見込めます。確実に1点を追加したい場合は、無死もしくは一死の状況において、走者を三塁に送ることは内野ゴロや外野フライでも得点を挙げられるため、効果的であると言えるでしょう。


以上、得点期待値と得点確率の観点から、送りバントの有効性について見ていきました。上記のデータより、理論上はほとんどのケースで送りバントが効果的ではないことが分かったと思います。

次に今季の中日ドラゴンズにおける、具体的な送りバントの事例を取り上げます。自軍の送りバントがどのようなケースで行われていて、それがどのような結果につながったか、またデータ上はどう評価されるのか見ていきましょう。

2. 7/2 6回無死一塁、阿部寿樹への送りバント指示を考える

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今回取り上げたいのは、7/2の阪神戦における、6回無死一塁からの阿部寿樹への送りバント指示についてです。この試合は、中日が初回にビシエドのスリーランホームランで3点を先制。ただその後は阪神先発・ガルシアの前に無得点に封じられると、中日先発・岡野祐一郎が3回に2点を奪われ、3-2と1点リードの展開で6回を迎えていました。

6回裏、先頭打者・高橋周平がライト前ヒットで出塁すると、6番阿部は送りバント。次打者の京田陽太はピッチャーゴロに倒れ、加藤匠馬の代打・福田永将が四球を選んだところで、ガルシアは降板。二番手投手・伊藤和雄は9番ゴンサレスの代打・木下拓哉を1球で打ち取り、結局この回は無得点に終わってしまいました。

無死一塁からのバントであること、またこの回結局無得点に終わったことから、阿部へのバント指示は失敗だったと言うことができます。ただ果たして強攻とバントを比較したときに、どれだけ得点期待値に差が生まれていたかについて、詳しく見ていきましょう。

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上の図は、阿部が強攻したケースとバントをしたケースにおいて、それぞれ起こりうる状況の確率と得点期待値を掛け合わせることで、その打席における強攻とバントの得点期待値を算出したものです。それぞれの打席結果が発生する確率については、今季のバントをする前の打席までの結果より算出しています。まだまだサンプル数が少なく偏りが見られるのではと思われるかもしれませんが、2019年の数字と比較したとき結果にほぼ差がつかなかったため、今季の数字をそのまま使用しています。

まず強攻のケースにおいては、出塁しチャンスを広げる・もしくは得点につながる確率を合計すると34.1%。逆に凡打でアウトカウントを増やしてしまう確率が55.9%となりました。それぞれの打席結果の起こりうる確率、また事後の状況における得点期待値を掛け合わせると、強攻のケースで得られる得点期待値は、.850となります。

この.850と、バントをした場合の得点期待値を比較することで、その打席におけるバントの有効性が分かります。バントが80%成功すると仮定すると(中日ファン的には高すぎると思われるかもしれませんが…)、この打席の得点期待値は.639。強攻するケースと比較して、バントは.211得点期待値が低い戦術ということになり、データ上はやはりこれまでに見てきた通り、この場面のバントは効果的ではなかったと結論づけられます。

このシーンが印象的だったのは、それまで比較的好調を維持しており、この日もガルシアからヒットを放っていた6番打者・阿部寿樹にバントを指示したからです。追加点が欲しいのは分かりますが、得点期待値から考えると強攻が正しい場面。実際に無得点に終ってしまったことも踏まえると、この場面は間違いなく強攻すべきだったと言えるでしょう。

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…ただ一方で、この場面における「送りバント」については、多くの方が追加点を取りに行くためには必要な戦術だったと思われたのではないでしょうか?バントの非効率さを重々理解しているはずの私でさえ、この回は結果得点が入らなかったとは言え、その意図を理解し、最終的には「妥当ではないか」と考えました。

なぜこのケースのバントは妥当に思えたか。またベンチの戦術の意図はなんだったかについて、もう1段階踏み込んで考えてみましょう。

3. 阿部寿樹への送りバント指示は「妥当」だったか?

この場面におけるバント指示の妥当性を考えるには、阿部の打席前までの状況と、その後がどういう状況になりうるかを合わせて考える必要があります。

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まず考えるべきは相手先発・ガルシアについてです。ガルシアの特徴の一つとして挙げられるのは、打球傾向におけるゴロ割合の多さです。ガルシアは来日して以降毎年ゴロ割合がフライ割合を上回る、いわゆる「ゴロP」として知られています。この日も5回までに奪った15アウトのうち9つをゴロで奪っており、阿部も前の打席でファーストゴロに倒れていました。

阿部は初回こそガルシアからヒットを打っているものの、追加点が欲しいこの場面では、ベンチはゴロP・ガルシアに対して凡打・併殺のリスクがかなり大きいと予測したのでないでしょうか?過去のデータから導き出された得点期待値は、確かに強攻した方が有効でした。ただ現場レベルでは、走者を進められないリスクの方が高い、つまり「強攻の得点期待値がバントの得点期待値を下回る」と考えたのではないかということです。凡打・併殺の確率がより高くなると見積もったとき、得点圏に走者を進めるバントは「ワンアウトで生じるマイナスを最低限に止める」戦術としては、妥当だったのではないでしょうか。

またバントを選択した場合、次打者が好調・京田、さらに8番以降で「代打攻勢」が取れる並びになっていたことも、直近のリスクを最小限に留める決断をする後押しになったと考えられます。結果として得点は入りませんでしたが、この阿部への送りバントとセットで8-9番での代打攻勢が控えていたことが、この戦術への納得感を高めたのだと思います。

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次に強攻とバント、それぞれの作戦でもっとも起こりうる可能性が高いシチュエーションである、一死一塁と一死二塁における京田の打席での得点期待値を比較したものが上記になります。こちらもサンプルは少ないながら、今季のデータをベースとしました。京田の場合は2019年と比較して今年の方がかなり良くなっていますが、打撃フォームの改造などで一過性の変化ではないと考えているため、今季のデータをそのまま使う方がより実態に沿うと考えています。

両者を比較すると、当然ではありますがより走者が進んでいる一死二塁の方が得点期待値が高い結果になっています。「ワンアウトで生じるマイナスを最低限に止め、次打者の得点期待値を高める」という意味で、この場面でのバントは効果的な作戦であると言えます。

阿部の打席で強攻した際に得られる得点期待値 (.850)と、一死二塁での京田の得点期待値 (.719)を比較すると、やはり結局有効な作戦かどうかは疑問符がつきます。ただ阿部の強攻時における見込みが過去データのように高くないと予測した結果であるなら、その時点での判断としては一概に間違っているとは言い切れません。

上記のような分析で算出される得点期待値はあくまで過去のデータから導き出したものなので、必ずしも将来を正しく予測するとは限りません。弱肉強食の世界で生き抜いてきた監督・コーチ陣の洞察から選択された戦術も、データだけを見て「効果的ではない」と一笑に付すのは、考えものです。

理論上「送りバント」はなるべく避けた方がいいですが、実際にバントという選択肢が採られた際には、その是非について事前・事後状況を勘案した上で、ミクロに判断の妥当性を議論する価値があるのではないでしょうか。

4. まとめ

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最後に、これまでの考察をまとめると下記の通りとなります。

①統計上はバントはほとんどのケースで効果的ではない
②7/2のケースも、阿部の強攻の方が得点期待値はバントよりも高かった
③一方で、ベンチの洞察により「併殺・凡打リスクの高まり」と「後続打者の方が見込みが高い」と判断するなら、バントは「ワンアウトで生じるマイナスを最低限に止め、次打者の得点期待値を高める」目的で妥当性を得るのではないか
④データは必ずしも将来を確実に予測するわけではないので、その是非についてはミクロに判断の妥当性を検証すべきである

バントという戦術、しかも一つのケースを見ていくだけでも様々な解釈の余地があります。データを活用してシミュレーションすると、その妥当性について深く議論することは今回のように可能ではないかと思います。

ただ現実的にベンチは戦術の判断を数分から数十秒の間で行わないといけないことを考えると、これまでの経験・蓄積から導き出された直感に頼らざるを得ないケースが多いのではないでしょうか。1試合3時間半、週6で試合を行うハードな環境だと、意思決定を繰り返すにもかなりの労力を要することが容易に想像できます。

そう考えると、ベンチに対し適切な意思決定のサポートを行うためにも、例えば事前にどのケース・打者ならバントを許容するかなど、一つの判断基準を用意しておくのも手かもしれません。データは必ずしも正しい訳ではないと書きましたが、同様に直感も必ず正しい方向性を示す訳ではありません。データと直感、双方をうまく融合させることが、より良い戦術の意思決定を行うには重要だと思います。


以上、ロバートさんでした。
ありがとうございました!


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