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チェン・ウェインの投球データから考える、中日復帰の可能性

*2020/5/16 中日新聞プラスへの投稿分を転載

皆さん、こんにちは。今回は

「チェン・ウェインの中日復帰の可能性」

をテーマに考えたいと思います。

チェン・ウェインは2004年から2011年まで中日ドラゴンズに在籍した、台湾出身の左投手。全盛期は吉見一起とともに左右のエースとして落合中日の黄金時代を支え、2009年には最優秀防御率のタイトルにも輝きました。

2012年にMLB、ボルティモア・オリオールズに移籍後も先発投手として活躍し、2016年には5年総額8000万ドルの大型契約でマイアミ・マーリンズに移籍。ただ移籍後は怪我などで結果が残せず、ついに昨年オフにはマーリンズから放出の憂き目に逢います。

一時は中日復帰が噂されたものの、最終的にはシアトル・マリナーズとマイナー契約で合意。日本語も流暢に話すイケメン・サウスポーの復帰を心待ちにしていたファンにとっては、ある程度予想はしていたとは言え残念な結果となりました。

ただ日米ともに開幕延期が続き、チェン自身も今後MLB球団から良いオファーがもらえるか微妙な現状を踏まえると、来季以降の中日復帰はゼロではないのでは?と考えます。と言うことでチェンのMLBでの投球データから、34歳になった現在の投球スタイルと、将来の中日復帰の可能性について考察していきたいと思います。

1. チェンのMLB成績を振り返る

まず初めに、チェンのMLB通算成績について振り返ります。

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ボルティモア・オリオールズ時代は、全ての登板試合で先発起用されました。1年目から190イニング以上を投げるなど先発投手として安定した働きを見せ、2014年にはリーグ4位タイの16勝、2015年にはリーグ7位の防御率3.34を記録するなど、着実にステップアップ。内容的には防御率と奪三振割合の両方で自己最高を記録し、1年目以来となる190イニング超えを果たした2015年がキャリアハイと言えるでしょうか。

ただマイアミ・マーリンズに移籍した2016年以降は左肘痛を発症し、年々成績が悪化。昨季は主に敗戦処理を担当するリリーフとしてブルペンに回り、全試合で中継ぎ起用されキャリアワーストの結果に終わりました。

2016年以降は怪我の影響もあり成績の落ち込みが顕著ですが、実際に彼の投球スタイルには何か変化はあったのでしょうか。

以下ではトラッキングシステムにより取得されたチェンの詳細な投球データを用いて、それぞれの球種の変化量に着目し分析していきましょう。

2. 2015年 - 2019年の投球データ比較

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2-1: 「変化量」に注目した分析とは?
近年、トラックマンやラプソードといった計測機器の発達により、投手が投げるボールの球質についての理解が格段に深まっています。選手は計測された自身の投球データを参考にすることで、感覚のみに頼ることなく、科学的なアプローチでパフォーマンスの向上を目指しています。

特にこれまではボールの質を評価する際に、「キレ」「ノビ」といった感覚的なワードが使われることが多かったですが、現在ではボールの回転数や回転軸の傾きなどからボールの「変化量」を計測することで、定量的にボールの球質が理解できるようになりました。

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ここからは新進気鋭の野球評論家・お股ニキさんの著書「ピッチングデザイン」を参考に説明していきます。

ストレートも含めたボールの変化量は、上記のような形でマッピングされます。これは昨季における、MLBの左投手の各球種の変化量を示したものです。重力の影響のみを受けたボールの変化を原点(0,0)とし、縦横にどのように変化したかをマッピングすることでボールの変化量を表しています。

例えばストレートの場合は、キャッチャーから見て右方向に約20センチ、上方向に約40センチ変化するボールとなります。つまりストレートと言いながら、「シュートしながらホップする変化球」と言い換えることができるでしょう。

各球種の球質を理解するにあたっては、平均的な投手が投げるボールと如何に乖離しているかに着目すると分かりやすいです。例えば平均的なストレートと比較して上方向への変化量が大きいボールは、打者からするとホップするような「ノビのある」ボールだと感じられます (実際にホップしている訳ではなく、重力より「落ちていない」ボール)。また左方向への変化が大きい場合は、打者の手元でカットするように変化する「真っスラ」だと打者は感じるでしょう。

このように、平均的な変化量との比較を行うことで、球種それぞれの球質について理解することができます。トラッキングデータを用いた投球データの分析に関してより詳しく知りたい場合は、改めて「ピッチングデザイン」をお手に取って頂くことをお勧めします。


2-2: 2015年におけるチェンの投球データ
ここからは、チェンのキャリアイヤーとなった2015年と、キャリアワーストに沈んだ2019年の投球データを比較して見ていきます。まずは2015年の投球データです。

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変化量グラフを見てまず特徴的なのは、ストレートです。MLBの平均的な左投手のストレートと比較して、ホップ成分の高い、浮き上がるような球質であることが分かります。平均球速は148.5キロと一見かなり速く見えますが、MLB基準だと平均レベルで、特段速い訳ではありません。ただノビのある球質のおかげで、ストレートは空振り率も高いチェンのもっとも信頼できる武器となっています。

ツーシーム、チェンジアップについてはほとんど同じコースに分布していることから、似たような変化をしていることが推察できます。左打者のインコースに厳しく食い込むツーシームと、ストレートと同じ軌道から急激に減速し打者のタイミングを外す「抜くような」チェンジアップは、13キロ近い球速差で打者を惑わすボールとして機能します。

スライダーは平均より特別変化が大きい球質ではないですが被打率は低く、ホップするストレートとのコンビネーションで相対的に効果的なボールとなっています。カーブは球速が緩く、変化量が大きい打者の意表をついてカウントを稼ぐようなボールとして機能していたでしょう。

このように、2015年のチェンはホップするストレートを最大の武器とし、そのストレートと同じ軌道から変化するツーシーム・チェンジアップを中心に投球を組み立てていたことが分かります。スライダーは多くの空振りを奪うボールとして機能し、カーブは投球のアクセントとして活用されていました。


2-3: 2019年におけるチェンの投球データ
続いて、キャリアワーストに沈んだ2019年の投球データを見ていきましょう。

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2015年の投球データと比較して、もっとも明確な違いはストレートの変化量です。2015年にはノビる球質で多くの空振りを奪えるボールでしたが、2019年には平均より左方向に位置する、いわゆる真っスラのような球質に変化していました。

真っスラ気味のストレートは打者の手元でカットするため空振りを奪いにくいですが、逆にゴロを奪いやすい球質であります。ただフライボール革命 (*強いフライを打ち上げることで打撃成績を向上させようとする、近年のMLBでトレンドになった戦略)全盛のMLBにおいてはフライを打ち上げる打者が多いためか、手元で小さく変化するストレートは空振り率・被打率ともに大幅に悪化しており、この球質の変化が成績悪化の主要因と考えられます。

投球割合にも大きな変化が見られます。2015年に多く投げたツーシーム・チェンジアップの割合が減り、ストレートとスライダー、カーブの3球種で勝負するスタイルチェンジが見て取れます。2015年に効果的だったスライダーは、高速化しやや縦に変化する軌道となっていますが、ストレートが真っスラしスライダーの変化に近づいたせいか、こちらも被打率・空振り率ともに悪化しています。


2-4: なぜストレートの球質に変化が生じたか?
ストレートの球質がここまで顕著に変化した要因として、真っ先に思い浮かぶのは2016年の夏に痛めた左肘の影響です。以下は左肘痛での離脱期間が長かった17年を除いた2015年-2019年におけるストレートの変化量グラフを並べてみたものですが、2018年以降ストレートの変化量が左に寄っていることがわかります。

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2016年には手術を避け保存療法を選択したそうですが、この怪我の影響で投球フォームやリリースの感覚に影響を及ぼし、上記のようなストレートの球質に変化が生じたのかもしれません。17年以降にツーシームの投球割合が減ったのも、この怪我が影響した可能性も考えられます。MLB移籍後のチェンの動向について詳しく追いかけていた訳ではないので他にも要因があるかもしれませんが、左肘痛がパフォーマンスの低下の要因の一つであることは間違いないでしょう。


以上、チェンの投球データより成績推移の要因について見ていきました。
まとめると、以下のことが言えるかと思います。

「チェンの強みは球速こそ平均レベルだが、威力抜群のノビるストレート。このストレートの球質が、スライダーやカーブなど曲がるボールにも好影響を与えていた。ただ左肘痛の影響かストレートのホップ成分が落ち真っスラすると、空振りが奪えなくなりスライダーの効果も半減してしまった。怪我によるストレートの球質劣化が、成績低迷の主要因と言えるだろう」

3. チェンの中日復帰の可能性

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最後に、来年以降にチェンが中日に復帰する可能性があるのかについて考えます。結論から言うと、

「チェンを中日で再生させ、戦力化する見込みがない限り、獲得する可能性は低い」

と考えます。

昨オフにチェンがマーリンズの40人枠から外れ事実上の戦力外となった際に、加藤球団代表が「ドラゴンズに縁があった選手。興味がないわけじゃないけど、どのくらい投げられるのか、どのくらい金額が必要なのか、調査はしたい。普通に考えるとちょっと…(難しい)」と苦しいコメントを出したことからも、現実味が薄いことが分かります。

ドラゴンズの限られた予算的には、チェンの苦しい現状を見るに手が出せる範囲の「物件」であることは間違いありません。またたとえ戦力にならなくとも、MLBでの経験を若手投手に伝える、昨季までの松坂のような好影響を与えるベテランとしての獲得や、将来の球団職員・コーチ候補として確保すると言う思惑も十分考えられます。

ただ一方で、来季は与田監督の契約最終年のため、リーグ優勝を狙うためにも不必要に外国人枠・予算を割きたくない事情があります。特に先発投手に不安を抱える苦しい台所事情を鑑みると、外国人投手を補強するならより即戦力に近い投手の獲得を目指すのが現実的でしょう。

よってチェンを獲得すると言う判断を下すためには、来年36歳のシーズンとなるベテラン投手が「戦力として計算できる」という確証が必要になります。


3.1: チェン再生のための2つのカギ
戦力になるかどうかと言う視点で改めてチェンの投球データを振り返ってみると、左投手で平均147キロのストレートは真っスラしているとは言え、NPBではまだ通用する可能性はなくはありません。加齢や日米間移籍による球速減を考慮しても、平均144-145キロの出力が維持できれば悪くはないでしょう。

ただ変化球に武器となるボールがないため、球速だけで成功を確信するのはかなり難しいはず。よってチェンを戦力として計算するためには、以下の2点いずれかの改善が必要ではないかと考えます。

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①ノビるストレートを取り戻す
左肘の状態が不透明ではありますが、可能であればストレートの球質改善が成績向上の一番の近道のように思います。ホップするストレートへの球質改善は昨オフから鈴木博志も取り組んでおり、ここでのノウハウを生かせるならチェンのストレート復活の可能性もゼロではありません。

②ツーシームの割合を増やす
こちらも左肘の状態次第ですが、真っスラするストレートの球質を活かして、ツーシーム系の投球割合を増やし「グラウンドボーラー」としての新しい一面を開拓できれば、復活の可能性は大いにあります。かつてのエース・川上憲伸がカットボールを武器に打者を牛耳っていたように、真っスラとツーシームを「フロントドア」、「バックドア」として内外角に制御する老獪なピッチングができれば、今の中日先発陣にはいないタイプのため、十分差別化が可能です。

中日は阿波野コーチ、小笠原二軍投手コーチなどが若手投手に積極的に新球種習得の指導を行っているため、こちらも不可能ではないでしょう。左肘の負担を考えてツーシームの習得が難しいようであれば、サイドスピンを掛けて「落とす系」のチェンジアップも選択肢に入ってくるでしょう。いずれにせよ、対右打者相手にスライダーやカーブとは逆方向に変化するボールを習得したいところです。

上記の改善策は私の素人考えに過ぎませんが、現場の判断で「チェンを再生できる」と見込めるのなら、比較的安価だと予想される彼の獲得は、その副次的な効果も含めて魅力的でしょう。今年の開幕は未だ不透明ですが、今季もしチェンがMLBの舞台で登板する機会があれば、改めてその一挙手一投足に注目していきたいと思います。


以上、ロバートさんでした。
ありがとうございました!


データ参考:
MLB.com
baseballsavant.mlb.com

グラフの作り方参考:


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