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ナゴヤドームへのホームランテラス設置は失点増につながるか?

*2020/4/25 中日新聞プラスへの投稿分を転載

皆さん、こんにちは。今回は

「ナゴヤドームへのホームランテラス設置は失点増につながるか?」

をテーマに考えたいと思います。

一部報道によると、早くて2021年シーズンからナゴヤドームへの設置が検討しているとされる、ホームランテラス
今季の先行きが不透明なこともあり今後どうなるかは定かではありませんが、設置された場合慢性的な長打力不足に悩まされるチームにとって追い風になるのは間違いありません。

一方で、テラスの設置により被本塁打が増えるということもまた自明の理です。多くの投手が反対していると言われ、落合博満前監督も反対意見を表明するなど、ホームランテラスの設置を巡ってはいまだにファンの間でも賛否両論あります。

打者がホームランテラスのメリットを享受する一方で、投手側へは本当に「被本塁打の増加による失点増」の悪影響しかないのでしょうか。以下では、先にホームランテラス設置を決めたソフトバンクとロッテの事例なども踏まえて、ホームランテラスによる失点数への影響とその対策について考えたいと思います。

1. ホームランテラス/ラグーンはソフトバンクとロッテの失点を増やしたか?

まずは2014年にホームランテラスを設置したソフトバンクと、2019年にホームランラグーンを設置したロッテ、それぞれの成績にどのような影響が及ぼされたのかについて見ていきます。

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ソフトバンク、ロッテともにホームラン数が飛躍的に増加しており、それに伴い得点数も増加していることが分かります。また肝心の失点数に関しては、両チームとも増加どころか微減に成功し、防御率も前年より良化させています。被本塁打は両チームとも本拠地で増やしていますが、ソフトバンクはホーム失点数は微増に留め、ロッテはこちらも良化に成功しています。

数字だけ見れば「ホームランテラスにより失点数は増えない!」と断言したくなりますが、もちろんそこまで短絡的に結論づけたい訳ではありません。
例えばソフトバンクは上記表から、前年の時点でリーグ上位レベルの投手陣を有していたため、テラス設置の影響を大きく受けなかったことが考えられます。

またこれは両チームに言えることですが、被本塁打の上昇はある程度見込んだ上で「守備から独立した投手指標」である奪三振割合、四球割合をそれ以上に良化させるための対策を取っていたことも予想されます。つまり当記事では詳しい考察は避けますが、失点数の抑制はチーム単位でのテラス設置に備えた選手育成および編成の賜物だと言うことです。

加えて、被本塁打の増加を最低限に食い止めた、ホームランを打たせないための努力を講じていたことも考えられます。
失点数そのものを減らすための対策について考える前に、まずは被本塁打を減らすための対策は存在するのかについて考えてみたいと思います。

2. 被本塁打を減らすためにはどうしたら良いか?

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NPBにおいて昨季シーズン80イニング以上登板した55人の投手を対象に、HR/9 (1試合=9イニングあたりの被本塁打数)と相関関係の強い指標は何かを表したのが下記の図です。相関係数は1に近ければ正の相関が強く (指標Xが高くなれば、HR/9も高くなる)、-1に近づけば負の相関が強くなります (指標Xが高くなるにつれて、HR/9は低くなる)。相関係数±0.4を超えれば、二つの指標の正負いずれかの相関があると言えるでしょう。

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左側から見てみると、まず奪三振割合と四球割合と言う守備から独立した指標については、被本塁打の多さとはほとんど関連がないことが分かります。
三振を多く奪えるボールの球威やキレ、四球を出さない制球力はホームランを避けるために必要だと思いましたが、少なくともこれら指標に応じて増減するほど単純なことではないようです。

右側のゴロ/フライ比率については、比率が高まる (=ゴロ打球の割合が増える)ほど、被本塁打が減る関連性が表れています。つまりフライを多く打たれる「フライボーラー」ほど被弾を浴びやすく、ゴロ打球が多い「グラウンドボーラー」は被弾が少ない傾向にある、と言えるでしょう。これは感覚的にも分かりやすいかと思います。またHR/FB (=フライ打球に対するホームランの割合)については、ホームランの本数が計算式に組み込まれているので当然強い相関を示しています。

上記に加えて、打球の強さ (Hard%)やストレートの平均球速、ボール球スイング率に空振り率と言った指標だとどう言う関連があるか見ていきます。

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こちらはいずれも被本塁打の多さとは相関がないと言う結果になりました。
打球の強さ、ストレートの平均球速はホームランを避けるための「ボールの球威」と関係しそうなので挙げてみましたが、相関関係はなさそう。またボール球を振らせる割合や空振りを多く奪う割合についても、被本塁打とは特に関係なさそうです。この他にも様々な指標で相関関係について考えてみましたが、前述の「フライ打球の多さ」以外に関連があるものは見当たりませんでした。

またフライ打球が多い=フライボーラーだからフライを減らすようにすべき、グラウンドボーラーと入れ替えるべきと、簡単に片付けられないのも正直なところです。被本塁打は投げる球場の大きさに大きく影響を受けるからか「守備から独立した指標」と言っても、奪三振数や四球数と比較して年度間の相関が低く、今年被弾が多かったからと言ってフライを打たれない取り組みが必ずしも成果につながるかは疑問だからです。

よってチームとしてテラス設置に伴う失点抑制を目指すには、被本塁打を減らす・維持することを目的にするよりも、より対策が明確な「奪三振を増やす、四球を減らすことで確実に取れるアウトを増やす・出塁を減らし、失点を減らす」ことを目的にすべきと考えます。テラス設置の副作用としてホームランが一定数増えるのは仕方ありません。ただ被本塁打増=失点増ではなく、被本塁打はあくまで失点増に影響を与える要素の一つでしかないので、別に失点減のアプローチを取れば良いのです。

以下では、改めて「奪三振増・四球減」に関連する指標を取り上げてみましょう。

3. 奪三振が多い、四球の少ない投手の特徴とは?

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上記のうちストレートの平均球速、ボール球スイング率、空振り率の3点が奪三振割合と正の相関が確認できる指標です。豪速球投手やボール球を多く振らせるようなキレの良い変化球を備える投手が、多く三振を奪っている姿はイメージしやすいので感覚的にもフィットするかと思います。

四球割合と負の相関があったのはボール球スイング率です。ボールゾーンに投球しても打者がスイングする割合が高ければ必然的にストライク判定になるので、結果ボール球が減る=四球が減ると言うロジックです。四球割合についてはゾーン% (全投球のうちストライクゾーン内に投じられた割合)も関連がありそうだと思いましたが、-0.34と低い数値に留まっているため、印象に反して制球力というより「ボール球をボールとしない能力」がより重要のようです。

以上の2点をまとめると、奪三振割合を高め、かつ四球割合を下げるためには次のことが必要だと言えます:

①空振りが取れるようなスピードのある、かつスピンの効いたストレートに球質を高めること

②ボール球を振らせるように変化球を強化すること

テラス設置による被本塁打増をカバーするには、上記2点にフォーカスした投手陣の技術向上・編成による戦力の入れ替えが重要です。

4. 中日ドラゴンズ 主な投手の特徴と具体的な対策

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最後に、これまで挙げた指標において、我らが中日ドラゴンズ投手陣の現状を確認したいと思います。オレンジ色でハイライトされた項目はリーグ平均を上回っていることを示していますが、全項目で平均以上なのはエース・大野雄大ただ一人です。昨季最優秀防御率を獲得した大野雄が如何にローリスクで安定した投球をしていたかを端的に表しているでしょう。次点で昨季リリーバーとして飛躍したライデル・マルティネス、さらにルーキーながら4勝をマークした梅津晃大もほとんどの項目をクリアしています。

今後のチームの育成課題として、如何にストレートで空振りを取れるようになるか、またボール球を振らせる変化球を磨いていくかが挙げられるのは先に書いた通りです。熱心な中日ファンの読者ならお気づきかもしれませんが、これら課題克服に向けた取り組みは、昨オフから既にスタートしています。

具体例をいくつか紹介します。

ラプソード社の計測機器を活用したトラッキングデータの解析、球質の改善に向けた取り組みは今季からスタートしています。投手用の計測機器「Pitching2.0」を使うことで例えばストレートの回転数や変化量などを測定できるので、ストレートをよりホップする軌道へと修正を測ることが可能です。ホップ成分の高いストレートは多くの空振りを奪うことができるので、前述の通り奪三振増に繋がります。

こちらはチームとしてではなく選手個人での取り組みですが、藤嶋らが有志でアメリカから「ドライブライン」と呼ばれるトレーニング施設からスタッフを日本に招き、5日間の合宿を実施しています。ドライブラインでは動作解析や独自のトレーニングを通して球速増に繋がる投球フォームの改良や、効果的な変化球の指導が参加選手に施されたそうです。例えば藤嶋にはパワーカーブ、又吉や山本拓にはサイドスピンを掛けたチェンジアップの習得が提案されたとのこと。これも間違いなく球速増とボール球スイング率の改善につながる取り組みだと思います。

またドライブライン参加組以外でも、新変化球の習得には多くの投手が挑戦しています。例えば上記記事で挙げている柳は阿波野コーチの決め球・スクリューを参考に、対左打者に有効なシンカーを習得。また山本拓はストライクゾーン内でカクッと変化させる「スラッター」、岡田と祖父江はストレートとスライダーのツーピッチから脱却するための「シュート」「フォーク」、さらに福は左打者のインコースを突く「ツーシーム」など、多くの投手が新球種の取得に努めています。

新球種がいずれも「空振りを奪うためのウイニングショット」というわけではないですが、ストレートと同じ軌道で変化するボールや決め球につなぐための中間球の習得は、最終的には奪三振増・四球減に貢献するものと思われます。

5. まとめ: 被本塁打増をカバーするための、奪三振増と四球減には今後も注目したい

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以上まとめると、

「ホームランテラス設置により被本塁打の増加は見込まれるが、失点数も合わせて増加する訳ではない。奪三振増&四球減の正しい取り組みを続けることで、失点数を抑制することは十分可能」

だと言えます。

上記で挙げた通り、既存選手の育成面での取り組みは、将来のテラス設置に備えた正しい方向性だと言えます。育成面での取り組みに加えて、編成面では三振を多く奪えるタイプの獲得が今後加速していくでしょうし、起用面においても被弾のリスクが高く、かつ奪三振・四球割合と言った指標が優れない投手の優先順位は下がってくるはずです。

この点については今季開幕からチェックしていきたかったですが・・。新型コロナウイルスの現状を考えれば仕方ありません。今季の先行きは未だ不透明ですが、引き続き開幕の日を静かに待ちたいと思います。


以上、ロバートさんでした。
ありがとうございました!


データ参考:
1.02 Essence of Baseball
nf3 - Baseball Data House -

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