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安定感抜群のセットアッパー・祖父江大輔の躍進の理由を考える

*2020/9/28 中日新聞プラスへの投稿分を転載

皆さん、こんにちは。今回は

「セットアッパー・祖父江大輔の躍進の理由」

をテーマに考えたいと思います。

6回終了時点でリードしていた試合で連勝が続く「不敗神話」が話題の、我らが中日ドラゴンズ。その原動力こそがリード時の7回以降を任される「Aチーム」こと、‪福敬登‬、祖父江大輔、ライデル・マルティネスの3人です。開幕前から不安視されていた昨季の最優秀中継ぎ投手・ロドリゲスの移籍や、クローザー岡田俊哉の配置転換などシーズン序盤はどうなることかと思いましたが、現状この3人の活躍で僅差のゲームは取りこぼすことなく連勝が続いています。

昨季(*2019年)から勝ちパターンのリリーバーとして活躍していた‪福、ライデルと違って今季新たに強力Aチームの一角を担うのが、今回取り上げる祖父江です。昨季まではシーズントータルでは安定した成績を残すもののイマイチ勝負弱く、僅差の場面で起用されると打ち込まれ一気に信頼を落としてしまうような、なかなか勝ちパターンに定着するに至らなかった投手でした。そんな祖父江はなぜ今季(*2020年)ここまで盤石の投球を続けることができているのか、昨季と今季のデータを見比べてみることで考えていきたいと思います。


1. 登板時状況比較: 今季(2020年)は僅差の終盤における抜群の安定感光る

まずは祖父江が昨季と今季で、どのようなシチュエーションで起用されているかを振り返ります。今季は9/23時点でのデータを使用しています。以下の比較を見ると一目瞭然ですが、昨季の祖父江が同点、1-3点リードと言った僅差の終盤での登板で失点を重ねていたのに対して、今季の祖父江は同じシチュエーションで未だ1点も奪われていない、完璧な投球を見せていることが分かります。

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2019年の祖父江は、ロドリゲスとともにセットアッパーを任される「Aチーム」の一員としてシーズンイン。ただ4/3、4/5の広島戦でいずれも1点リードを守りきれず敗戦投手になってしまったことで、早々にAチームの座から陥落してしまいました。その後はビハインドや大量リードの展開で起用されるものの、5/3に登録抹消。6/2に再登録後はBチームのリリーバーとして安定した成績を残しますが、僅差の終盤での起用はかなり限定的なものとなりました。

対照的に2020年の祖父江は、開幕時点ではBチームの投手としての位置付け。それでも与えられた登板で安定した投球を続け、岡田の配置転換があった7月中旬ごろからは完全にAチームの一人として、僅差の試合終盤に起用されることとなりました。

昨季は同点、1-3点リードのシチュエーションではわずか12試合で防御率7.00とそれ以外のプレッシャーの少ない状況での登板と比べると結果にかなりの開きがありましたが、今季は一転して防御率0.00のパーフェクトリリーフ。21試合、20回2/3を投げて未だ無失点と、まるで人が変わったような抜群の安定感を披露しています。

よりシビれる場面で最高のパフォーマンスを見せる今季の祖父江の投球には、昨季と比較してどのような変化が表れているのでしょうか。昨季と今季の投球データを比較してその理由を考えていきましょう。


2-1. データで見る祖父江の躍進: 不要に走者を出さない異次元の四球割合

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まずは主要な投手成績における、2019年と2020年の比較を見ていきます。こちらも今季成績は9/23時点のものですが、防御率以下いずれの指標においても今季成績が昨季を上回っていることが分かります。昨季の成績でも奪三振以外の3つの指標がいずれもセリーグのリリーフ平均より良い成績を残していますが、今季はそこからさらにワンランク上の進化を遂げていると言えます。

特に素晴らしいのが、リーグ平均を大きく下回る四球割合 (総対戦打者数に対する与四球の割合)です。祖父江が今季ここまで記録している3.1%は、30イニング以上投げた投手の中で12球団トップの数値。おおよそ打者30人と対戦して1つ四球を出すくらいのペースですから、如何にコントロールが良い投手であるかということが分かるかと思います。

ただ昨季までも四球割合は悪くなく、基本的に祖父江はコントロールの良い投手だと言えるので、今季の四球割合の劇的な改善は「コントロールが良くなったから」という単純な理由ではないと考えます。むしろ制球力の改善以上に、祖父江がボールになりやすい低めのスライダーを多投して空振り・ゴロアウトを狙う投球スタイルから脱却して、ストライクゾーン内で勝負できる攻め方のバリエーションが増えたことがその本質でしょう。

それでは昨季と比較して、今季の祖父江が投げているボールや球種ごとの投球割合がどのように変化したか?について次で見ていきましょう。


2-2. データで見る祖父江の躍進: ストレートの被打率が大きく改善

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上記は2019年と2020年の投球割合と各球種の被打率、空振り率を比較したものです。基本的に祖父江の投球はストレートとスライダーが投球の約8割を占めており、ほとんどこの2球種で勝負する「ツーピッチ」に近い投球スタイルなのが特徴です。今季はストレートの割合が減りスライダーの割合48%と増えることで、今季30イニング以上投げた投手の中で最もスライダーの割合が高い投手となりました。

各球種ごとの指標に目を移すと、最も目を引くのはストレートの被打率改善です。昨季祖父江のストレートは2番目に投球割合が多い球種にも関わらず、被打率.387とかなり高い割合でヒットを許していました。スライダーの被打率が1割台なのを考えると、大きな差です。今季はストレートとスライダーという投球の軸となる両球種の被打率がかなり優秀だったことが、ここまでの好成績の要因であることは明確だと思います。

ただ一方で、「ストレートの被打率改善=ストレートの球質が劇的に向上した」かどうかは疑問が残ります。祖父江は今年1月に「直球の回転数を増やしたい」と話し球質の改善に取り組んでいたことを打ち明けていますが、ストレートの平均球速が昨季と比較してほとんど差がない(146.2キロ→146.1キロ)こと、被打率が改善した反面空振り率は昨季の約半分になっていることから、祖父江のストレートの球質自体が劇的に改善されたとは考えにくいのではないでしょうか。

むしろ実際の映像を見る限り、ストレートの軌道に近いスライダーが投げられることで相対的にストレートの指標が良くなったというのが真実ではないかと思います。

前述の通り昨季までの祖父江は「ボールになりやすい低めのスライダーを多投して空振り・ゴロアウトを狙う投球スタイル」がメインの投手だったと思います。ただ今季は膨らみが少なくストレートの近い軌道から鋭く変化するスライダーをベルトゾーンの高さに投じることで、打者側にストレートとの見極めを難しくさせたことがストレートの被打率改善の要因だと考えられます。

基本的にストレートは全球種の中で最も投球割合と被打率が高い球種として知られます。祖父江の昨季成績や昨オフの取り組みを見るに、特に際立った球質ではないストレートの割合を下げて、進化したスライダーの割合を増やしツーピッチのコンビネーションの質を高めたことが成功の秘訣ではないでしょうか。

以上、昨季と今季の主な指標の変化から、祖父江の躍進の理由について見ていきました。まとめると、以下のようになります:

「今季の祖父江は膨らみが少なくストレートの軌道に近づいたスライダーを活用することで、打者側のストレートとスライダーの見極めが困難になった。強化されたストレートとスライダーのコンビネーションはストライクゾーン内でも威力を発揮し、攻め方のバリエーションが増えた。これが四球割合とストレートの被打率改善をもたらし、今季の大幅な成績向上につながった。」

続いて打者の左右別のゾーン別投球割合を見ていくことで、祖父江の進化した攻め方のバリエーションについてより詳しく見ていきましょう。


3. ゾーン別投球割合: 自由自在にスライダーを操る多彩な投球術

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まずは右打者から見ていきます。右打者に対しては、ストレートとスライダーの投球割合の合計が84.1%と、よりツーピッチの傾向が強まっていることが分かります。またそれぞれの球種のゾーン別投球割合を見ると、投球割合の多いストレートとスライダーの2球種は外角中心、あまり投げないツーシームとチェンジアップは内角へ投じられていることが明確になっています。

ストレートとスライダーの2球種メインだと打者からすれば比較的対応しやすいように感じますが、祖父江はスライダーの使い方に幅を持たせることで、ツーピッチ気味でも引き出しの多い攻め方で打者を翻弄しています。上図ではなかなかイメージしにくいですが、映像を見る限り祖父江は少なくとも以下の異なる3パターンの引き出しを持っています:

①外角、外角低めにストレートの軌道に近い鋭く変化する軌道のスライダーを投じ、空振り&凡打を誘う
②ストライクゾーン内&ボールゾーンの外角低めに大きく落として空振り&ゴロを誘う
③投球割合は多くないものの、内角のボールからストライクへフロントドア気味にスライダーを入れて見逃しストライク&凡打を誘う

一般的に右投手のスライダーは②の使い方がメインになりがちで、空振り&ゴロアウトを奪うボールとして機能する一方、見極められやすい、ボール球が増えやすいリスクがあります。祖父江はストレートに近い軌道のスライダーをストレートと同じコースに織り交ぜることで、打者に狙いを絞りづらくさせています。

一方で外中心の配球には変わりないので、8月以降に外のスライダーを打たれる場面も増えました。そのため8月以降は内角へのツーシームも効果的に使うことで、的を絞らせないように工夫しているように思います。

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次に左打者相手の攻め方を見ていきましょう。左打者に対しては、対右打者とは異なり持ち球全てを使い、ストライクゾーンの内外角の縦のラインに制球よく投げ込むことで被打率.145という驚異的な数字を実現しました。

それぞれの球種のゾーン別投球割合を見ると、ストレートは内角中心、ツーシームとチェンジアップは外角中心へ。最も投球割合の高いスライダーは、以下のように内外角の両方に制球よく投げ分けを行っています:

①内角、内角低めへカットボールのようにストレートと似せた軌道でスライダーを投じ詰まらせる
②ストライクゾーン内&ボールゾーンの内角低めに投じる所謂「バックフット・スライダー」で空振りを狙う
③外角へのツーシーム、チェンジアップと逆方向に変化するスライダーを、ボールからストライクに外からバックドア気味に入れて打者の狙いを難しくする

以上のように球種割合に偏りはあるとは言え4球種を制球よく操り、かつスライダーの使い方にも引き出しが多いことが対左打者を得意にしている要因だと思います。

被打率.145からの更なる改善は非常に難しいですが、さらに投球に幅を持たせるためには今後吉見一起が活用しているようなツーシームをフロントドア気味に内角のボールからストライクに入れる配球も検討すべきと思います。制球力に優れる祖父江なら実現可能な攻め方だと思います。

またこちらは打者の左右に限らずですが、今後さらに支配的なリリーバーになるためにはリーグ平均以下の三振割合の改善はマストだと思います。昨オフから取り組んでいるストレートの球質改善に向けた継続的な取り組みや、空振りを多く奪うことが期待できるフォークの習得などがこれからの課題と言えるでしょう。


4.まとめ:キャリアハイの好成績で今オフの大幅年俸増は確実か?

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以上、今季の祖父江の躍進の理由について考えてみました。まとめると下記の通りとなります:

①今季は同点、僅差のリード時に防御率0.00を記録する安定した成績を披露
②データで見る成績向上の要因は四球減少、ストレートの被打率が改善したこと
③膨らみ少なく鋭く変化するスライダーを活用することでストレートとのコンビネーションが強化。ストライクゾーン内で勝負するバリエーションが増えたことが躍進の理由

昨年ロドリゲスが獲得した最優秀中継ぎ投手のタイトルも視野に入る祖父江の今季成績は、間違いなくキャリアハイの成績と言えます。

追記:最終的に祖父江投手は‪福投手、ヤクルト清水投手と並んで最優秀中次投手のタイトルを獲得しました

そんな中でこのオフの注目と言えるのは、祖父江の年俸がどれだけアップするのか?という点です。

あのダルビッシュ有も疑問を呈した昨季の契約更改では「大事なところでやられたり、開幕のときは8回を投げていたのに、チャンスをつかめなかった」とコメントしていましたが、現状はその課題も十分すぎるくらいクリアしています。コロナ禍で球団経営に大きなダメージがあることは容易に想像できるものの、今オフの大幅年俸増は間違いないのではないでしょうか。今季の祖父江の働きを見るに、球団にはダルビッシュも思わず納得のツイート(?)をするような最大限の評価をしてほしいと、いちファンながら切に願います。


以上、ロバートさんでした。
ありがとうございました!


データ参考:


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