見出し画像

ネット証券業界における総合証券の勝ち筋

NISAやiDeCoといった国の政策もあり、日本では「資産運用ブーム」がずっと続いている。
特にネット証券業界は活況で、新たな投資家を我先にと獲得を争っている状況だ。
そんな中、旧来からのリテールで「証券会社」の座を守ってきた野村證券や大和証券などの「総合証券」は引き続き対面でのシェアを圧倒的なものとしているが、とはいえネット証券に顧客が流れている昨今、ネットチャネルにおいても稼ぐ勝ち筋を見つけなければならない。
そこで「ネット」というチャネルにおいてのネット証券と総合証券の構図とそのなかで見出す総合証券側の「勝ち筋」を考察したい。

【前提】証券会社の稼ぎ方の構造

そもそも、ネットに限らずリテールにおける証券会社の収入として主なものは下記のとおりである。
・株式(投信)売買手数料
・信用取引金利+手数料
・FX取引手数料(スプレッド)
・信託報酬
・債券/募集商品手数料

そのうえで総合証券とネット証券の間には次のような大きな構造の違いがある。

総合証券の稼ぎ方

対面証券に端を発する総合証券会社の収益の大半は株式・投信売買手数料に依存しているのが実情である。
マーケットへの依存度が高く、業界としての「手数料無料化」の波を考慮すると売買頻度のコントロールや、まして値上げの余地は相当難しい。
この売買手数料への収益依存が総合証券の収益がマーケット要因以外で長年向上を見せない構造的な課題である。

ネット証券の稼ぎ方

一方でネット証券は現物の売買手数料で稼ぐことをすでに「捨てている」。
先物オプションを除くと大手ネット証券では株式の売買手数料が彼らの収益に占める割合はわずか1割程度であり、投資信託に至ってはほぼすべての商品がすでに「ノーロード」つまりゼロである。
彼らの収入の大部分を占めるのが信用取引とFXのようなレバレッジ取引での金利と手数料である。
特に日計り取引に特化した一般信用や米株信用、取引ツールの開発に注力し、アクティブなトレーダーの取り合いとなっている。
加えて、長期的な収入源として資産形成層からの投資信託の残高を積むべく「積み立て」についてはアライアンス強化による仕組みの構築を争っている状況だ。

総合証券とネット証券のUSP(強み)の違い

リテール向けの証券会社としての総合証券のUSPには次のような候補がある。
・IPOの引受数、および担当額からくるその抽選確率
・信用取引の「買方金利(0.5%)」※制度信用のみ(野村證券の場合)
・債券の取り扱い数
・ラグジュアリーで信頼感のあるブランド

逆に、ネット証券に大きくその座を引き渡している点は次だ。
・株式/投資信託買付手数料
・投資信託取り扱い銘柄数
・他社とのアライアンス
・一般信用取引(短期取引/取り扱い銘柄数)

ここから導き出される、総合証券とネット証券それぞれのUSPが刺さるターゲットの違いは次の通り。

総合証券のUSPが刺さるターゲット

・資産額の多い「富裕層」
・「ラグジュアリー」を好む層
・長期投資家

ネット証券のUSPが刺さるターゲット

・資産額の低い「資産形成層」
・経済圏の1機能として証券会社を使う「効率派」
・短期的な取引を繰り返す「投機家」

総合証券の「土俵」

これらを踏まえたうえで、総合証券が「相手の土俵」で戦わずに提供価値がマッチする戦略を考えるうえで、先ほど整理したUSPとそれが刺さりやすい大きな顧客属性を分けると下記のようなエリアが導き出される。


総合証券(赤)・ネット証券(青)のUSPと顧客属性の分布

こうして分けてみるとそれぞれの「土俵」は明らかだ。
総合証券はまず、短期的な取引顧客(投機家)及びまだ資産が出来上がっていない「資産形成層」を相手にしてはいけない。ここは完全にネット証券の「土俵」だ。
ここに参入しようものなら「ネット証券の良さに気づきませんように」と祈りながら情報弱者を相手に顧客維持を図る羽目になる。
ビジネスにおいてこのような「祈り」の割合はできる限り最小化する必要がある。
むしろ、資産が小さい資産形成層に「いつかは資産を大きくしてあの総合証券で」と思わせ、投機家には「短期トレードはネット証券を使って、長期的な運用は総合証券で」と思わせるようなサービスデザインをすることが理想的と考えられる。

総合証券にとっての「足りない点」

そうなると、総合証券にとって狙うべきターゲットが富裕層×長期投資家であり、そこに対して「信用取引(資金効率)」の金利が最も低く、債券投資の選択肢が豊富で、何かあればコンサルタントに相談できるという魅力を伝えることになるが、足りない点がある。
投資信託の取り扱い銘柄(「これが欲しいのにない」の排除)
②信用取引(売り)手数料の業界最低水準→「長期の信用なら業界No1」の確立

まずは、富裕層×長期投資家から見たときに「ネット証券では買えるのに買えない」を排除していく必要がある。
特に昨今では富裕層といえど投資銘柄はYouTubeやSNSで情報を得る時代である。
「これいいな」と思ったときに取り扱いがないなどあってはならない状況である。このノーロード時代に、まだ買付手数料の発生するような投信を並べている今の総合証券のラインナップでは容易にそれが起きる。
また、証券会社としての最大のリスクであるマーケットによる要因を小さくし、むしろ収益機会に変える方法としては「空売り」の金利(貸株料)でも他社よりも有利な設定を行うべきだろう。
富裕層というのは金融リテラシーが高いので金額に比例する「金利」の重要性をよく理解している。
極端に言えば、買い付け時の「単発」の手数料などどうでもいい。金額と時間に対して発生する「金利」において優位性を維持する必要があるのだ。

いいサービスも伝わらなければ意味がない

上記のようなウィークポイントを埋めて「富裕層×長期投資家」にとっての桃源郷を作ったとして、当たり前だがそれが伝わらなければ何の意味もない。
幸いにも、総合証券(特に野村證券)は「職域」と呼ばれる領域のシェアが高い。
具体的には、東証プライム上場のエリートサラリーマンたちが加入している「持株会」はこうした総合証券の口座を開けて初めて株式を受け取れるため、総合証券としてはこうしたエリートサラリーマンや引退層に対してアプローチが可能である。
あとはその中で彼らの「長期投資」の財布に働きかけて、いかに有利な金利と品ぞろえとサービスと体験を提供しているかを伝える必要がある。
ただでさえ「とりあえずネット証券が安い」の風潮がある昨今である。
放っておけばそちらにお金が流れていくことは必至である。その前に「富裕層の長期投資なら総合証券」このブランドとその理由を広く伝え、「金持ちは総合証券に預けたほうが良いことを知っている」という知る人ぞ知る世界の確立を目指すべきだろう。

サポートいただいた場合は全額クリエイターとしての活動費に利用させていただきます。