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大沢伸一が「音楽に興味がないなら無理に聴かないで」と語る理由

大沢伸一さんはソロアーティスト、DJ、またMONDO GROSSOの主宰として活動している。CM曲などのクライアントワークを手掛けることもあり、複数のチャンネルを同時並行して音楽と向き合ってきた。

長年の活動から得られた多角的な知見は、音楽家としての技能の洗練だけでなく、現代を生きる上での指針となる発想にも繋がっているという。そんな大沢さんに、音楽の消費のされ方、社会のあり方、また近年心惹かれている"ある音"について伺った。
<文 ヒラギノ游ゴ / 編集 小沢あや(ピース株式会社)>

大沢伸一さんプロフィール>
音楽家、音楽プロデューサー、DJと多彩な肩書を持つ。1967年滋賀県生まれ。1993年にMONDO GROSSOのメンバーとしてメジャーデビュー。現在MONDO GROSSOは大沢のソロプロジェクトとして活動中。

"らしさ"を削ぎ落としても残ったものが本当の個性

現在注目しているアーティストやジャンルについて伺うと、大沢さんは「最近興味を惹かれる音がある」と口を開いた。

「自分がこれまで作ってこなかったもの......端的に言うと"音がよくない"と感じる楽曲です。語弊があるので言い換えると、ある種のチープさがある曲。簡素すぎるほど簡素なのだけれど、聴き込むと音楽的に優れたものを感じる音のあり方なんです。まだうまく言語化ができない部分なんですが」

サブスクリプションサービスでレコメンドされた楽曲から、自分の好みとは少し異なる音楽に触れる機会も増えたという。

「一例を挙げると初期のビリー・アイリッシュなどは、そういった魅力を感じる楽曲が多いかもしれません。パッと聞くとあまりにも音が少ないし、抜けの悪い音を使っている印象なんですね。でも、ものすごく高度な計算のもとに楽曲が成立しているのかもしれないと思うようになっていき、一体、どうやったらこういうものが構築できるんだろう? と、探究心をくすぐられています」

第一印象は「あんまり好きじゃないな」だったそうだ。ただ、次第に自身の好きなアーティストや曲と類似した要素が感じられるようになり、興味を抱いたという。

「再現しようとすると、できないんですよ。単純にローファイということであればそういうプラグインを使えばいいんですが、僕の感じた"ある種のチープさ"はまた違うんです。まだ自分自身解き明かせていなくて、どうにか自分の制作環境で音像を再現しようとするんですが、うまくいかない。そうなると、意地でも出したい気持ちになっちゃうんですよ」

ただ、音作りの方法論が掴めたとしても、商業作品としての発表は考えていないという。純粋な興味から取り組んでいて、アーティストとしての体外的なポートフォリオにも、クライアントワークにも関係のない音楽制作なのだと語った。シーンでの地位を確立した今なお、これまでの自分を脱構築するような探求に挑む姿への敬意を伝えると、大沢さんは謙遜する。

「向上心だとか大それたものじゃないんですよ、ひねくれ者なだけです。自分自身が「自分らしさ」だと感じるものを限りなく排除していって、それでも消えずに残ったものが個性なんじゃないかと考えているんです。

僕は、音楽活動において自分に課したルールや、変えずに守ってきたものというのは特にないので、これまでとまったく違う音作りをしてみたとしても"自分の音楽"にはなるんじゃないかと思うんですね。

作り出したものを、最終的に作品にして残すかどうか決めるのは、結局自分じゃないですか。出口のフィルターが自分である以上、どこまで無茶をしても無茶になりきらないし、自分のものになるんですよね」

Daft Punkの音に惹かれる理由

キャリアを一貫して解像度の高い音作りを志向してきた大沢さんだが、かねて"チープな音"については関心を持ってきた。過去さまざまな場で言及してきたDaft Punkの音作りもそのひとつだ。

「Daft Punkの初期の作品もやはり音像のクオリティが意図的に高くなく、簡素な構成 ですよね。その正体については、彼らが子どもの頃に聞いた、ラジオから流れてくる音の再現を目指したものだと公言されています。つまり、ラジオのコンプレッションを通して、音量の大きいところと小さいところを"ならされた"音ですね。彼らはキャリア初期を通じてずっと同じ、すごくチープなコンプレッサーを使ってそれを実践していました」

ただ、先ほど語った"ある種のチープさ"とDaft Punkの音に感じる印象は違うのだという。

「先ほど申し上げた"ある種のチープさ"はどちらかと言えばコンプをかけていない、調整されていないがゆえのチープさ。『この音をそのままリリースしちゃうんですか』みたいなところに本質があると思います。ドラムもすごくこもっていて全然抜けてこないんですが、それでもちゃんと作品として成立している。本当に不思議なんですよね」

他にも、リスナーとして近年の音楽シーンに注目しているものはあるか聞くと、興味深い指摘が返ってきた。

「まず、ジャンルで区切って音楽を聴かなくなりましたね。今ジャンルは破綻しているか、ものすごく細分化して飽和状態にあるといえると思います。
しいていえば、今の自分のフィルターからすると、UKの音楽には親和性を感じています。UKのベースミュージックだとか、ベースミュージックに影響を受けたヒップホップだと か、R&Bだとかですね。

いっぽうアメリカは、UKに比べるともうちょっとマーケットに帰属したものが多く存在しているような気がしています。観念的なことを言うようですが、別にUKに在住しているアーティストでなくても"UKっぽさ"を感じる人はいるんです。

UKの音楽市場はものすごくマニアックなものにも数字がついてくることがあるし、先 ほど申し上げたような"ある種のチープさ"を感じるものが比較的よく見つかるように思います」

ヘッドホンで"耳を塞ぐ"ことで得られるポジティブな影響

iPhoneやBluetooth接続のスピーカーが普及し、サブスクリプションのストリーミングで音楽を聴く時代になったことで、音楽の消費のあり方は大きな変化を迎えた。

音楽が簡素な機器によるごくわずかなレンジの音像で再生され、また自分で探し当てたものではない、サービス側がサジェストするものを耳にする機会が増加したことで、音楽を「聞き流す」ことが多くなった。

音楽が強烈な体験に至りにくくなっていることに、大沢さんは危機感を抱いている。

「反面、今ヘッドホンが非常に有効な手立てになったんじゃないかと思っているんです。

まず単純な話ですが、耳へダイレクトに音楽が届く状況を作り出せば、いい音楽がちゃんと響くんじゃないかと思います。そういう意味では、WA-Z1PNKはニュートラルに徹した音作りで、楽曲をそのままの形で響かせてくれるヘッドホンですね。

もう1つ、ヘッドホンの有用性として今重要だと思うのが、"耳を塞ぐ"ことです」

"耳を塞ぐ"こと。それはさまざまな情報が飛び合う現代の社会において、非常に大きな意味を持つ。大沢さんの指摘は、音楽に留まらず、インターネットや現代社会と向き合う上でも適用できるものだ。

「僕たちはインターネットの発展以降、ある種の中毒的な期待感に晒されていますよね。間欠的不規則報酬の原理というらしいのですが、間欠的(一定の時間をおいて止んだり 起こったりする性質)の、不規則な報酬。つまり”いいね"やメンションなど、いつどんなふうに来るかわからないもの。

それを遮断することで音楽に没入することができるという側面が今、ヘッドホンの付加価値として発生しているんじゃないかと。メタバースやVRでやろうとしていることもこういうことだと思うんですよね」

興味がないなら音楽を聴かないで

"耳を塞ぐ"ことについての考察に繋がる発想は、かねて自分の中にあったという大沢さん。かつて大学で教壇に立っていた頃を振り返り、より生活に根ざした視点で語りを進める。

「特命教授のようなポストをいただいて、この6〜7年間、千葉商科大学で音楽に ついて講義をしていまして。その中で何かひとつ、眠っている学生の目がはっと覚めるような話ができたとするならば、『音楽に興味がないんだったら聴かないでほしい』と言ったのを覚えています。極端な発言だと自覚していますが、今でも思っていることなんです。

何かというと、あまり興味がなく、そこまで感度の高くない人たちの音楽的趣向にマーケットが適応しようとした結果、過剰にドメスティックに、わかりやすさに価値が偏重した音楽ばかりになっていった、というのが過去20年の日本の音楽業界のある側面だと思うんです」

日本は世界と比較するとまだCDが売れる時代が続いている。それによって"どうすればまだCDを買ってもらえるのか"と、市場の延命が目的化し、そこからの逆算でアーティストを育ててきた面があると大沢さんは指摘する。

もちろん全部がそうだという訳じゃないです、と断りを入れつつ、静かに、それでいて熱を帯びた様子で続ける。シーンの担い手の1人として、またキャリアを重ねた年長者としての責任感が伺い知れるような面持ちだ。

「『何を言ってるかわからないから洋楽は聴かない』という感覚に対して、個人的には『自分が理解できるものにしか触れないんだったら、芸術ってなんのためにあるの?』と思ってしまいます。

芸術は自分の理解を超えたものを体験し、視野を広げる、感性を磨く、異世界に連れて行ってくれるものだと僕は信じているんです。

『すぐに理解できる、わかりやすいもの』だらけの状況を甘受していると、音楽に限らず文学も映画もなんでもそうですが、自分の中のフィルター、芸術に対する感度みたいなものって下がる一方だと思うんです。

少なくとも、そういう感度でいるならば、マーケットに無理に介入することはないというか。みんなにとって不幸なんじゃないのかと思うんですね。だから、興味がないなら音楽を聴かないでほしい」

特権的な物言いに聞こえるかもしれないけどそうではなく、いや、そうなのかもしれないと、慎重に次の言葉を探る。たしかに、自分が興味を持って情報収集していない事柄でも、SNSやサブスクリプションからレコメンドされ、強制的に情報を摂取させられることは日常になっている。強く意識していないと、興味のないことから距離を置くこと自体が難しい のかもしれない。

「いい時間を過ごす手段は数えきれないほどあって、音楽だけじゃないですから。必ずしも聴かなければいけないものではないんですよね。それに今、本当に興味がある分野に入っていこうというのであれば、自分で旅を始めるための道具は無数に用意されています。

例えばYouTubeに興味があるなら、動画の編集ソフトも、それを使いこなすためのノウハウも、インターネット中に散らばっている。

反面、興味のない分野の情報が勝手に入ってくる世界でもあります。僕自身、本来自分で意図して収集することがまずないだろう情報に晒されるとき、『興味ないままでいさせて』という気分になります。情報に晒されれば何かしらのそれについて考える時間を持ってしまう。それってとんでもない不条理というか、サイレントな暴力ですよね。なんて時代に生きているんだ、狂ってるなと思いますね。

後編:大沢伸一が語るコラボ相手から受けた刺激、注目の若手との交遊

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