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好きなものに好きと言おう

「好き」と言うことを躊躇いたくない。ずっとそう思っている。

昔から感想を伝えるのが好きだった。感想や反応が嬉しいと言ってくれる人には、好きな作家さんやイラストレーターさんなどプロアマ問わずいろいろな人に好きだと伝えてきた。

好きなものに好きだと言うのは、私の中では自然なことだったけれど、どうやら世間はそうでもないと気が付いたのはここ数年だ。

「好き」と素直に言えない人は案外多い。それが悪いことだとは微塵も思わない。遠くでその人の幸せをそっと願ったり、心の中で応援したりするのも、立派な「好き」だと思う。

けれども、インターネット上の繋がりは儚い。インターネット上で活動する大好きな人が引退してその後の動向を全く追えなくなってしまったこと、感想や反応が貰えずに自信を無くして筆を折ってしまった人を何人も見てきたこと。アカウントを消してしまえば、あっけなくぷつりと繋がりは切れてしまう。

そして、命も儚い。私自身が持病があり、死について考えることや死の淵に立つことが増えた。いってきますと言ったっきり帰ってこなかった人、元気そうだったのにある日突然急逝してしまった人。生きているのは、普通ではなく奇跡だ。陳腐な言葉かもしれないが、心からそう思う。

だから、言葉にして伝えてほしい。「好き」の一言で救われることは、確実にある。紛れもない私がそうだったから。今日まで続く辛い闘病生活をなんとか送ることができているのは、間違いなくフォロワーさんが贈ってくださった言葉のおかげだ。今は消してしまったアカウントのDM、マシュマロに送ってもらったメッセージ、動画についたコメント。そのひとつひとつを保管しては眺める。そうすると、前を向こうと思える。

文章の巧拙、そんなことは気にしなくていい。「好きです」の一言で良い。その言葉で救われる人がいる。頑張れる人がいる。繋がりは切れたって、貰った言葉は決して消えない。

だからどうか、言葉にすることを、「好き」と言うことを躊躇わないでほしい。「好き」は何回言っても、誰に言ってもいい。何度も「好き」を伝えたからと言って、一つ一つの「好き」が薄まることはない。すべて色鮮やかに、鮮明に輝くぴかぴかの「好き」だ。

一歩を踏み出すのは勇気がいる。けれども、一歩踏み込んだ先には素敵な景色が待っている。歩いた足跡は、必ず貴方の糧になる。

この文章を読んでくださったあなたが、勇気ある一歩を踏み出せますように。


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