実生活での指導(7)現実に立つ指導(1)「現代人物論 池田大作」小林正巳著(昭和44年9月25日)第33回

会員とのふれあい
 「池田会長は雲の上の存在で、一般会員などと会わないのではないか」こんな質問をうけることがある。七百万世帯の会員たちの池田に対する熱烈な支持ぶりだけから、池田が神格化された存在だと思っている人は意外に多い。
だが、実のところこのぐらい幅広く一般の会員たちと会い,対話をかわしている指導者はいないだろう。国内は、北は北海道の僻地から、南は沖縄まで、何度かにわたってくまなく指導に歩き、その間、会った会員の数はちょっと見当もつかない。
 四十年からはじまった会員との記念撮影だけでも、四十四年までのまる四年間に百五十回以上にのぼる。多いときは一回数千人、学会本部の試算では計百万人近いという。
 こうした記念撮影会が学会員を勇気づけ、また指導会などにおける池田の指導を通じて、一人一人の心の中に信仰のくさびが打ちこまれてきた。そして池田のいくところどこでも学会員の感動が渦巻くのである。
 池田が出席する創価学会の大きな会合を初めてみる外部の人たちは、例外なく、その爆発的な雰囲気に圧倒されるものだが、池田をもっと身近に感じられる地方指導の雰囲気は、さらに熱っぼい。

老婆とほおずり
 四十四年はじめ、池田の訪問に沸いた沖縄の模様を同行幹部は、こもごもつぎのように伝えている。
 A幹部「記念撮影は六台の壇を使って三十回も(一回 、二 、三百人ぐらい)続いたのです。八十歳になろうかと思われるしわくちゃの老婆に対して、やさしくほおずりしていたわる会長、その会長の手を握ったまま離そうとしない老婆の姿は、この不幸な島に一生を生きつづけた、女性の苦しみを全部取り去っていくようでした。
 一コマ 一コマが大変なシーンの連続でした。八重山や宮古島など、ずいぶん遠くから会長に会うために三日も四日もかけてやってきているのです。会長は名護町やコザ市にも行きました。途中船のカジが故障してしまい、このままでは目的地まで行くのが危ぶまれる状態でした。何とかして目的地まで行こうとする周囲の人たちに、会長は、
『 学会は、決して冒険をしてはいけない。もしものことがあった時は、一千万人の人が不幸になってしまう。いかなることをなす場合も確実に、安全に積み重ねていかなければならない』と話しました。
 急遽、船は付近の名護湾の港に着いたのです。ところが全然会長が寄られる予定でないのに,浜辺には数百人におよぶ学会員が結集していました。白布にくっきり書かれた“先生ようこそ”ののぼりをみた時は、こみあげる感動を抑えることができませんでした」

桜と少女と涙と
 B幹部(沖縄最北端から、十九人の学会員がトラックで三時間もかかって池田を慕って会いにきた話に関連して)「その時、一人の少女が大きな桜の枝をしっかり握って会長の前にでてきました。そして“先生”と声をあげて桜の枝をあげたのです。会長は“ありがとう。ありがとう。あなたの真心がとても嬉しい"と喜んで、その少女を抱きかかえるようにして話を聞きました 。
私たちは胸につきささるような思いでした。少女の名は、ゆかりちゃんといい、母一人の手で育てられているのです。それを知った会長は『大きくなったら東京にいらっしゃい。また結婚するときは、私がお父さんの代わりになってあげますよ。他のみんなが忘れても、ゆかりちゃんのことは決して忘れないよ。未来は誰よりも幸せになりなさい』と激励すると、少女は涙を流し、懸命に嗚咽をこらえているのです。みなもらい泣きしました」
 もちろん、沖縄だけではない。池田の地方指導の都度、機関紙(誌)には、 池田を迎えた現地の歓喜の模様、池田が陰で地味に戦いを進めてきた一般会員を激励し、指導した話などが感激的に綴られている。世間一般の人はかなりオーバーに 感じることだろうが,実際 、どこでも学会員たちの尊敬と感動的な喜びが池田を包むのである。これまで私自身、何度か自分の目でそのような場面をみてきているのだ。 
 いわば、ひざづめの地方指導では学会員から池田に対して、信仰上や実生活上の真剣な質問が出される。池田もその一人一人の相談にのって懇切に答え、励ます。
九州地方で私がみた指導会の実際
会員「折伏の心がまえについてお願いします」
池田 ( 力づけるように )「 折伏は最高の仏道修行です。慈悲の行為で    す。相手が入信するしないは別として、たくましく、ほがらかな気持でやっていきなさい。信心は悲壮感があってはいけない。歓喜の中の大歓喜です」

女性( 申しわけなさそうに)「 活動の目標が達成できそうにありません」
池田 「 小学校の教員ですか 。(と聞いて,ハイと答えると)学校の先生には私は弱いんです。小学校のときあまり勉強しなかったものですから。(と笑わせ)はじめの目標の立て方がずさんだったのではないですか。それなら目標を下げればよい。(やさしく)できなくてもよいですよ」
女性( 困ったように)「 職場はキリスト教の人たちが多いのですが」
池田(ニコニコ聞いていたが)「 キリスト教を研究していると思えばいいでしょ。(しょうがないという表情で)うちの人は敏感すぎて“いやだ,いやだ” という感情が先に立ってしまう。(きっぱりした口調で)堂々たる信念でいきなさい。職場はキリスト教であるとか、学会であるとかいって反目すべき場所ではありません。職場は職場です」