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和船を作る道具の話

和船を作るのには電動工具から手工具まで色々使う。
大工さんが使う道具と大差ないが、特徴のあるものもいくつかある。

この記事はそういった道具の紹介。


珍しい道具

①アイバズリノコ

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漢字で書くと「合い刃摺り鋸」だと思う。

船は水が漏れないというのが大事。しかし、数枚の板を剥ぎ合わせて幅広い板を作ったり、曲げた板と板を接合するなど、隙間が出来ないほうが不思議なくらいだ。

この鋸は、そんな突き合わせ面の隙間をなくす為に使う。
片刃の鼻丸鋸なのだが、縦挽きの刃が付いてるのがポイント。
下の写真が「アイバズリ」という作業をしているところで、木材と木材の合わせ目を擦って(小口の突き合わせ面を削って)、隙間を鋸の刃の厚み一枚分に調整するという作業だ。結果、合わせ面が曲面であっても隙間はなく、水は入って来ないという訳だ。

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一般的な大工さんが使う手鋸は両刃。しかし両刃の鋸を使う大工さんも少なくなってるのかな。替え刃式の縦横斜め、木の繊維に対して全方位で使える鋸が一般的になってきた。


②ツバノミ

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「鍔鑿」。鑿とはいうが、鑿のような鋭利な刃は付いていない。
舟釘の下穴を開けるための道具。
名前の通り鍔が付いていて、木に叩き込んで下穴を開け、鍔を叩いてツバノミを抜く。
両鍔鑿はまっすぐな穴を開ける時に使い、片鍔鑿は反った穴を開ける時に使う。

下は、舟釘を打つための「カシラ」を掘ったところで、この彫り込みの左側から左小口に向かって片鍔鑿で下穴を開ける。

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造船では板と板を剥ぎ合わせるのを「縫う」と言い、この場合の舟釘を「縫い釘」とも呼ぶ。この縫い釘は片鍔鑿と同じ形に曲げて使う。


③釘締め

舟釘を叩き込む時に使う道具。先端を釘の頭に当て、お尻を玄翁で叩いて釘を打ち込む。
自分が使っているのは釘締めじゃなくて「打ち抜き鑿」だけど、釘締めとしての使い心地は良好。
師匠の番匠さんは、全体が鉄製の物を使っている。
「釘締め」自体は特殊な道具ではないけれど、舟釘の頭を打つのに適したものは珍しい。だから自分は「打ち抜き鑿」を使っている訳。


珍しくはなくけれど、造船に大活躍する古典的な道具

①さしがね

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「指矩」「指金」「差金」「曲尺」。←全部「さしがね」と読む。自分は「曲尺」がしっくりくる。

聖徳太子が広めた「大工の三種の神器」の一つ。

基本的には直角を見たり、長さを測ったりする道具だけど、「裏目」という目盛りが振られたものは計算尺的に使えたり、三角関数を使って任意の角度を求めたりも出来る。
下の写真が裏目の「丸目」(角目もある)。「丸目」は実際の長さをπで割った数字になっている。造船では正方形から八角形を求める時に使う。
下の曲尺の漢字は風水を見るためのものらしいが、自分はそういう目的で使ったことはない。

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自分は梅田度器製のが大好き。薄くて良くしなるのが造船の作業に具合がいい。梅田度器は廃業されたということなので、入手は困難。


②すみつぼ

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「墨壺」。写真のような、綿が露出している従来型のが造船には良い。なぜなら「スミサシ」が使えるから。
基本的には墨を含んだ糸を、弓矢を飛ばすような感じで弾いて長い直線を引くのに使う道具。

これも聖徳太子が広めた「大工の三種の神器」の一つ。
ちなみに残り一つの道具は「ちょうな」。

曲線も引くことがある。船だと、舷側の上端部の形を決定する時など。


③スミサシ

「墨差し」。すみつぼとセットで使う筆記具。片側が平面になっていて、上手く使うとある平面の延長線がどこに来るか、十分な精度で求めることが出来る。
鑿と同じで、これ自体が基準面を持っているとも言える。


まとめ

今回道具について書いたのは、一つには道具の進歩について前々から考えていて、書き留めておこうと思い立ったのが一つ。もう一つは、手に入れるのが難しい道具が多いということを伝えたかったから。

「さしがね」「すみつぼ」「すみさし」などは、使い慣れてくる程に、機能的には改善の余地がない程完成された道具だと実感する。恐らく、飛鳥時代から、大きな変更はないままだろう。
完成されたものは進化しない。その余地がないから。

気取って古い道具や伝統的な工法にこだわっている訳ではなく、実際にやって見ると、実に手っ取り早く実際的な方法や道具だということがわかる。

レーザー墨出しは便利だが、「すみつぼ」や「すみさし」の替わりにはならない。

「アイバズリノコ」や「ツバノミ」は、特に船大工が使う道具で、しかし伝統工法の船大工はもういなくなってきている。使い手がいないので、道具を作る人もいない、という状況だ。鍛冶屋さんの技術からすると別に作れないという訳ではないだろうが、手に入れるのは難しい。自分の片鍔鑿はネットオークションのアンティークのカテゴリーで見つけたものだ。

道具がないと作れないものがあって、その肝心の道具が手に入にくいという状況だ。

船に限ったことではないけれど、木造の和船を作らない、作れない状況というのは、人間が築き上げた「和船の工法」という一つの資産を手放すことだと思う。

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