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休日は 箱を運んで 銭稼ぎ(前編)

ぼくはコンビニの棚に陳列された数種類の軍手の前で悩んでいた。手のひらの側が全てラバーに覆い尽くされたものがいちばん好ましいように思うが、価格は500円と少し。今日1日しか使わないのに、軍手ひとつに500円も払うのはいかがなものかと、隣にあった150円の軍手を手に取った。その軍手は、街頭アンケートで「あなたの思う軍手とは」という質問をして、返ってくる答えでいちばん多いだろう、よく道端に落ちているような、いかにも軍手的な白い軍手だ。その手のひら側に黄色いラバーのドットが散りばめられた軍手をレジへ持って行った。


この日、ぼくは本業の書店員の仕事が休みだったため、小遣いの銭を稼ごうと、タイミーというアルバイトアプリを使ってとある会社の事務所へやってきたのである。ぼくに与えられた仕事は、段ボールを運ぶという仕事。至極真っ当な肉体労働だ。肉体労働なんていつぶりだろうか。高校2年生の夏休みに人生初めてのバイトとして選んだクロネコヤマトの荷物配送センターでの仕分けのアルバイト以来だ。指定された建物の場所も入り口もよくわからない、アパート然としている建物を見つけ、中へ入ってゆき、事務所であると推測される扉をノックする。すると、中からはデヴィッド・リンチ監督のドラマ「ツイン・ピークス」における、主人公デイル・クーパー捜査官の夢に出てくる不気味な巨人に似た雰囲気を醸し出しながら黒いスーツに身を包んだ大きめの男が出てきて、勤務開始の打刻と準備の指示をしてくれる。

「ツイン・ピークス」の巨人


建物の構造は、千本通りに面した入り口を入ればすぐ右手に15段ほどの階段がある。それを登り切るとすぐに事務所があり、15mほどの廊下を進むと段ボールが整然と積み上げられた広めの作業部屋がある。スタッフはここで荷物の発送などの作業をしており、ぼくは1階にある倉庫から段ボールを作業部屋へ運び込み、そうして楽天やYahooなどの通販で注文が入ったらそれらを発送するというわけだ。中では大学の野球部員が授業に出席するときのような身なりとがっちりした体格をした兄ちゃん(あんちゃん)がアルバイトスタッフに指示を出し、その指示にしたがってぼくも段ボールを運ぶ。


午前9時に集まったタイミーのアルバイトは3人。ぼくと、40代前半の男性・Aさん、そして40代後半の女性Bさん(違ったら申し訳ない)。最後まで誰も名乗ることはなかったので、名前は知らない。ぼく以外の2人は、以前どこかの現場で一緒になったことがあるらしく、集まったタイミングで2人は「この間はどうも」と打ち解けていた。ぼくは適度な挨拶をすませ、新調した軍手を身に着け、1階にある何が入っているかよくわからない、20kgほどの重さのある段ボールを台車に積み始める。格の低い軍手を選んだせいか、ツルツルと滑って段ボールがうまく持てない。数百円の我慢をして手のひらの側が全てラバーで覆われた軍手を買えばよかったと後悔するもそれはもう遅い。あとの2人にも、その軍手はまずいよだなんて言われながら、台車に積んだ段ボールを階段の手前に積み、ひと段落つくと3人の見事な連携によるバケツリレーで2階へと運ぶのだが、運動不足のぼくの身体にはこれがけっこうこたえる。あとの2人もけっこう疲れたらしく、頃合いのいい頃に休憩をしようと階段に座り、炭酸水を飲みながら2人が雑談しているのを聞くことにする。


AさんとBさんは、これまでタイミーで会った人のエピソードを話している。レンタカー屋でアルバイトをした時に一緒になったおじいちゃんが、車を別の場所に移動しようと走らせた5秒後、どこかに車体をぶつけてすぐにクビになった話は少しおもしろかった。京都の某芸術大学の引っ越しアルバイトで書類の入った段ボールを運ぶ仕事にありついたが、エスカレーターもエレベーターもなかったのでキツかったという話もあった。そんなこんなで3時間ほどかけて100箱近い段ボールを1階から2階へと運び、くたびれたぼくは12時になるとお昼休みをもらって近くの公園でおにぎりを食べ、たばこを1本吸い、足元に群がる鳩を追い払おうとしている見知らぬ老人の隣で本を開いた。お昼からはもう1人タイミーのアルバイトさんが来るらしい。元気な若い人が来てくれたらいいなぁと願いながら、トイレを済ませて仕事へ戻った。


つづく。


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