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『インスタグラム』著者によるアップデート

インスタグラム:野望の果ての真実の著者、サラ・フライヤー記者による、刊行後のアップデートをお届けします。アメリカでは2021年9月発売のペーパーバック版に収録予定の本稿は、日本語版の校了後に届いたもので、本国に先駆けての公開となります。シストロムが去ったインスタグラムはどこへ向かおうとしているのか? その行く末はわれわれとどう関わるのか? 迫真の6000字論考。NewsPicks記者による日本語版解説もあわせてどうぞ。――NewsPicksパブリッシング編集部

米国議会に現れたザッカーバーグ

2020年7月。米国議会での喚問が始まって3時間近く経ったころ、マーク・ザッカーバーグは目に見えてそわそわしていた。

新型コロナウイルスの感染拡大下であったため、その日召喚された他の巨大テック企業CEOたちと同様、ザッカーバーグはスーツにネクタイ姿でモニター画面ごしに証言した。だが画面ごしであっても、彼とFacebook社に浴びせられる批判が和らぐことはなかった。ザッカーバーグがいかにして「帝国」を築いたかに焦点を当てた質問は、これまでになく鋭いものだった。

「Facebook社は、類似製品をつくるぞと脅して他社を買収しようとしたことがありますか?」

シアトル州選出の下院議員、プラミラ・ジャヤパルが尋ねた。

「私が記憶している限り、ありません」とザッカーバーグ。

「宣誓していることをお忘れなく」

議員はクギを指す。議員はすでに答えを知っていたのだ。

刊行直後に判明した、ザッカーバーグの「企み」

米国で出版されてから数か月後、本書『インスタグラム:野望の果ての真実』は議員の間でも話題を呼んだ。米国下院司法委員会は、証拠となる内部文書やチャットログ、メールを入手し、公開した。これらの資料は、あなたがいま読み終えた本書の物語を裏付けるものであり、ザッカーバーグがFacebookの優位を確立するために競合他社を模倣したり、買収したり、あるいは抹殺したりしてきた手口をつまびらかにするものだった。

一連の文書によって、ザッカーバーグはInstagramを買収する前から同社を脅威とみていたことが裏付けられた。買収前、彼はFacebook経営陣にこう書き送っている。

「Instagramはぼくらにとって大きな痛手になるぞ」

またこの買収が、SnapchatやWhatsAppに対する同様の働きかけの引き金になっていたことも明らかになった。ザッカーバーグはInstagramの買収契約にサインした後、こうメールに書いている。

「競合スタートアップはいつでも買収できる」「競合するより買ってしまうほうがいい」

司法委員会はまた、Instagramの共同創業者ケビン・シストロムが同社の投資家マット・コーラーと交わしたテキストメッセージも入手している。

「ぼくが断ったら、彼、攻撃モードに入っちゃいますかね?」
「だろうね」

「御社は『独占』の見本のような企業です」

ジャヤパル議員は、FacebookがInstagramを買収する前にカメラアプリを開発していたことや、Snapchatを買収しようとする前に「消えるメッセージ」アプリを開発していたことも指摘し、こう締めくくった。

「私の考えでは、御社は『独占』の見本のような企業です。あなたは小さな競争相手を脅し、思いのままの環境を確保するために自社の力を使っている。そうしたやり口はFacebookの優位性を強化し、あなたはその優位性をますます破壊的なやりかたで利用しているのです」

34億5000万人を超すユーザーを抱えるFacebookの巨大ネットワークを、規制当局はいまや「独占」という言葉で表現するようになっている。2020年10月、米国議会はFacebook、Google、Amazon、Appleの4社が私たちの経済や生活を支配するようになった経緯をまとめた450ページの文書を公開した。報告書はこう告発する。

「かつてはエスタブリッシュメントに挑んでいた血気盛んな弱小スタートアップは、いまや、石油王や鉄道王の時代以来の独占企業になり果てたのだ」

「いかなる企業もこれほどの力を持つべきではありません」

同年12月、米連邦取引委員会(FTC)は、46の州の司法長官と連携し、さらに一歩踏み込んだ。FTCはFacebookが違法に独占状態を維持しているとして提訴。同社が傘下に置いているInstagramとWhatsAppを分社化するよう、Facebookに迫ったのだ。

FTCの主張によれば、FacebookがInstagramを傘下に置いている現状では、ユーザー体験の改善や誤情報の拡散といった問題を解決しようとするインセンティブが働かず、「2社が競争することで生まれるメリットがユーザーから奪われ」、結果として「製品の品質低下」といった消費者不利益が生じているという。

FTCとの共同訴訟を発表した声明で、ニューヨーク州司法長官のレティシア・ジェームズはこう述べる。

「過去10年、Facebookは優位性と独占力を利用し、ユーザーを犠牲にして小さなライバルを潰してきました。いかなる企業も、私たちの個人情報や人づきあいに対してこれほどまでに抑制の効かない力を持つべきではありません」

この調査の結果が出るまでには、数年にわたる法的応酬が必要になるかもしれない。その間も、Facebookの進撃は止まらない。Facebookは、自社とInstagramの間の垣根をさらに取り払い、Instagramのアプリに頼って競争上の脅威を排除しようとしている。

コロナ下で激変したインスタ投稿

本書のハードカバー版が米国で刊行されたのは、米国でのコロナウイルス感染拡大によるロックダウン――インスタ映えするライフスタイルが中断を余儀なくされる期間――が始まった直後のタイミングだった。

そもそもInstagramは、私たちが自宅を出て体験するあれこれを、ビジュアルに記録しキュレーションして他人と共有するためのツールのはずだった。創業者2人にとって、ユーザーがこのアプリに費やす時間が増えるかどうかは、このアプリがうながすクリエイティビティに比べれば重要ではなかった。

だが旅行やファッション、外食など、Instagramによって過熱した体験経済がコロナ下で停滞を余儀なくされると、ユーザーはこのアプリを見捨てるどころか、それまで以上に使い込むようになり、Instagramのカルチャーを変質させていった。

結局のところ、パンデミックの間、私たちは画面をスクロールする以外にやることがほぼなかったのだ。

いいねやフォローを何年も繰り返すうちに、ユーザーは自分の投稿が他人にどう思われるかが気になってたまらなくなるものだ。そして現在は、自慢げな投稿をするのにふさわしい時期ではない。

その結果、以前はブランチや休暇の写真が流れていたInstagramのフィードは、いい感じの写真と情報を添えた、テキスト主体のコンテンツで埋め尽くされるようになった。ニュースや政治、社会正義についての議論が、日常の変化や思い出と一緒に流れてくるようになり、InstagramのフィードはTwitterやFacebookのそれに近いものになってきた。

そして、多くのユーザーにとってInstagramは、平時ならたまにばったり会う程度のゆるい関係の人たちと繋がり続けられる唯一のチャンネルとして、なくてはならないアプリになった。

「ビジネス用途」に賭けろ

この変化を目のあたりにしたInstagramの幹部たちは、Instagramがハングアウト空間へと変化したことをどうビジネスに利用すべきかを検討し、Facebook経営陣に提案。コロナ下で営業休止を余儀なくされている企業に対し、Instagram上にオンライン店舗を開きませんかと勧めることにした。

Instagramの新機能である「ショップ」と「チェックアウト」は、アプリ上のインフルエンサーや企業の公式アカウントから直接商品を購入できるようになったことで、一気に便利になった。

Instagramは今、「いいね」数表示などのプロジェクトを廃止して、クリエイターや企業がより簡単に、しっかり稼げる手だてを提供することに注力している。このアプリの未来を、世界中の小売や起業家に懸けようとしているのだ(そしてビジネス用のFacebookページを作れと彼らに求めている。Instagram上ではFacebookと連携せずにできることはほぼない)。 

要するに、規制当局はFacebookの力に調査のメスを入れたものの、同社が世界経済においてますます大きな力を持つのを止めることはできなかったのだ。2020年のFacebookの収益は860億ドル。前年の707億ドルからさらに増加したが、その増加を牽引したのはInstagram広告である。

「AIによる投稿チェック」がはらむ問題

Instagramの目標が拡大したことで、よくも悪くもInstagramの影響力も拡大した。目下のパンデミックで、その影響力が明らかになった。莫大なフォロワー数を獲得したユーザーの中には、医療の専門家を自任し、行政サービスの告知から危険な陰謀論まで、多種多様な情報を拡散する人も多かった。

この原稿を書いている時点では、Instagramがあおる恐怖が勝っているように見える――専門家がワクチン接種率を心配する中、Instagramは誤った情報の拡散に一役買ってしまっているのだ。

にもかかわらず、この問題にかんしてFacebookの対応は後手に回っている。とりわけInstagramでは、画像や動画は同社の人工知能(AI)によるチェックをすり抜けてしまうのだ。これは、ジャヤパル議員のような規制当局をいらだたせる、Facebookの「ますます破壊的になるやりかた」のひとつだ。同社のリソース投入と優先順位づけは、事業の成長に向けられこそすれ、目下の問題解決に向けられることはない。

問題の発見をAIに頼るというのは、一般ユーザーや中小企業が、Facebookによる取り締まり活動のミスの犠牲になることでもある。Instagramのアカウントが誤って、あるいは不当に凍結された場合、問い合わせようにも同社にカスタマー窓口はない。Instagram経由の収入を頼っているユーザーには悲劇だ。

こうした取り締まりの問題は、米国以外の国ではさらに深刻だ。AIが英語以外の言語に対応しきれていないからだ。Facebookが規模を拡大するほど、ユーザーに対する説明責任のレベルは下がっていく。 

現トップ、アダム・モセリの苦悩

経営陣が優先順位を決めないことには、Instagramアプリの問題に対処するのは難しい。共同創業者のケビン・シストロムとマイク・クリーガーが去ってから数年にわたり、このアプリのアイデンティティは揺らいでいたと、今なお「Instagramの長」の地位にあるアダム・モセリは認める。

「創業者を失うと、組織やチームが苦境に置かれるのは確かです。それがぼくらにとって何を意味するのか。ぼくらが果たすべき役割にとって何を意味するのか。とくに悩んだのは、Facebookと対比して自分たちの役割は何なのか、そして会社全体の中で自分たちはどういう存在なのか、ということでした」

こうした問いに対するシストロムとクリーガーの答えはいつも、ユーザーの問題を解決すること、だった。そして今、その答えは、Facebook社の問題を解決することだ。

InstagramはSnapchatの「ストーリー」機能を真似て成功を収めた。自分の投稿はパッとしないんじゃないかという、Instagramのユーザー特有の不安を解消したからだ。だが2020年8月にTikTokを真似て「リールズ」という機能を実装したときは、ほとんど話題にならなかった。だれもTikTokの亜種を必要としていなかったからだ。

Instagramは、人々が求めているものを把握してそれを作るかわりに、Facebookを競合に勝たせることを優先してきた。Facebookは2社が競争することでもたらされるユーザーの利益を奪っている、とFTCが告発するのは、まさにこの点だ。FacebookとInstagramが自社でゼロから開発する機能は少ない。しかしそれでもこの2社ほどの大企業なら、リリースする新機能はどんなものであれ大いに注目を集めるのだ。

Facebookが私たちに信じさせようとしていること

Facebook社内には、将来FTCがInstagramの分社化を命じる可能性に備えようという動きはない。Facebookのゴールは依然、このアプリを統合し、自社の戦略的優先事項のために利用することだ。

Facebookはまた、Instagramの力を公表する必要はないと考えている。シストロムとクリーガーが去る直前の2018年、Instagramのユーザー数は10億人の大台に乗った。だがそれ以降、FacebookはInstagramのユーザー数を公表していない――大台に乗った時ですら、ザッカーバーグは当初、公表を拒んでいた。

またFacebookは、Instagramの収益を一度も公開していない。一方のグーグルは、傘下のYouTubeの数字を公開している。もしInstagramの数字が公開されれば、YouTubeを大きく上回っているだろう。

Facebookは、投資家が同社のすべての資産を「全体の一部」として考えてくれることを望んでいる。そうすれば、Facebookが成長を止めたり縮小したりしても、Instagramの成長によって会社全体の数字は加速することになるからだ。いまやFacebookはこの成功を全面的に認めている。FTCの調査に応じて提出した文書で、Facebookはこう述べている。

「弊社は、マネタイズ計画のないニッチな写真共有アプリだったInstagramを、今日あるサクセスストーリーに育て上げました。この成功は、弊社が時間とリソース、ノウハウを投入しなければ実現しなかったものです」

もう一度Instagramについて話してみませんか

私はザッカーバーグに、もう一度Instagramについて話してみないかと取材を申し込んだ。Instagramを成功させた功績を認められたいのでは?と期待して。だがFacebookは断り、かわりにモセリを差し出してきた。

アダム・モセリは、独占禁止法にかんする調査については話せないと前置きした。しかしInstagramとFacebookの社内的な緊張関係はその後どうなっているのかと訊くと、彼はチャンスとばかりに、ソーシャルメディア業界における競争の現状について持論をとうとうと展開してくれた。つまり、Facebookはいまだに弱小企業だという、ザッカーバーグが私たちに信じさせたい世界観である。モセリは言う。

「YouTubeは世間が過小評価している巨大企業です。TikTokは完全に世界を制しましたね。Clubhouseは新入りですけど、いまや単なるシリコンバレー現象を超える企業です。Snapchatだってしぶとい。Facebookが世界のオンライン交流を牛耳っているなんて話は、バカげてますよ」

Instagramの役割は、若いユーザーをFacebookに取り込むための製品であることと、文化の発展を担うクリエイターのための存在であり続けることだ、とモセリは言う。

Instagramの製品には、彼が名前をあげた競合各社に対する「返答」が含まれている。TikTokに対してはリールズが。Snapchatに対しては名前まで同じのストーリーズが。YouTubeに対してはIGTVが。

その結果どうなったか? Instagramは創業者が思い描いたシンプルさとはかけ離れたアプリになり果てた。

その狙いは、ユーザーにとってよりも、親会社Facebookにとってのほうが明らかかもしれない。Instagramのユーザーは今や、フィードだけでなく、ストーリーズにも、ハイライトにも、ライブ動画にも、リールズにも、IGTVにも投稿できる。自分で何かを創るより消費したいなら、Instagram上でバーチャル店舗をクリックすることもできる。 13歳以下のユーザーのために、Instagramは「Instagramユース」という製品を開発中だが、これはすでに米国の司法や評論家から猛反発を受けている。

私たちは「声」をあげるべきだ

これがFacebook流の「成功」である――ユーザー数の増加を追求した結果であり、私たちの日常のすきま時間を、FacebookとInstagram以外の競合に奪われないようにした結果だ。

これは彼らがユーザーにしてほしいと願っている画面スクロールのように、際限のない欲求である。あるいは私たちが増やしたいと願ってやまないフォロワー数やいいね数、投稿につくコメント数のように。この欲求は表面的にはプラスだが、永遠に満たされることはない。

より多くの注目は、より大きな影響力とイコールなのかもしれない。だが、私たちにとってより多くのメリットや幸福をもたらすこととイコールではないし、現に起きている問題や壊滅的な結果に対する解決策になるわけでもないのだ。

私たちは、声をあげて改善を求めることができる。私たちは目のあたりにしてきた。FacebookとInstagramの仕様上の決定が、私たちの生活やふるまいにどう大きく影響し、そしてそれを受けてアプリがどのように変化していくかを。

私たちは、アプリの中でも外でも、自分の選択によって、そして私たちが何を本当に必要としているのかを伝えることで、Instagramに影響を与えることができる。

Facebookが耳を傾けるか否かが――当局が認めるように、大企業であるFacebookには耳を傾ける義務はない――この企業の力が今後も保たれるかどうかを決めるかもしれないのだ。

(翻訳:富川直泰[NewsPicksパブリッシング])

サラ・フライヤー(Sarah Frier)ブルームバーグ誌シニア記者。サンフランシスコを拠点にフェイスブック、インスタグラム、ツイッター等の創業者らを取材し巻頭記事を多数執筆。彼女のフェイスブック取材記事は同社CEOマーク・ザッカーバーグを召喚した米議会公聴会でも引用され、大きな反響を呼んだ。本書『インスタグラム』は、初の単著ながら英語圏の名だたる報道機関の年間ベストブック賞を受賞し、世界21か国で刊行が決定している。

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