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疎遠になったコミュニティ

みなさんには「疎遠になってしまったコミュニティ」はありますか?私は、いくつもあります。そのことに向き合うのはあまり心地のよいことではないこともあるけど、1つのコミュニティについて思い出したことがありました。長く下書きに残っていた文章ですが、公開します。

ここ数年、Facebookをおろそかにしていた。何となく、居場所ではなくなったような気がして敬遠していた。
しかし、最近イラストレーターの先輩にアドバイスを受けて、Facebookを「絵の活動をシェアするプレス・リリース的な場所」に変化させた。そして今日ふと思い立って、久々に大学時代に所属していたサークルの人たちの近況を回遊してみた。
するとどうでしょう、大学時代に所属していたサークル・コミュニティがまだまだ続いているのだな!ということが判明して驚いた。私からすると疎遠になったコミュニティの一つだ。私が所属していたのは、体育会系で実力主義のアカペラサークルだった。プロの歌手も輩出する本格サークルで、身体ひとつで芸術表現を生み出す姿に憧れて入ったのだけれど、強者が大勢いて、身の程知らずの私みたいな素人に入り込む隙はまったくなかった。そのため私はいわゆる「サークル内カースト」でけっして上位には属さず、どちらかというと亜流の存在だった。みんなどういうわけか優しかったからたまに一風変わった歌を歌う人間として所属し続けることはできたけれど、居場所と言えるほど自分の存在を確かめることはできなかった。卒業後もそこまで所属意識も持てず、徐々に疎遠になってしまっていた。だからFacebookで数年ぶりに見つけたその連綿と続くコミュニティの事実に驚いた。

Facebook上で、当時の先輩・後輩や同期が今も楽しげにツッコミあったり褒め励ましあったりしている様子は、自分じゃ買えないキラキラした夜市の綿菓子みたいに見えた。私のいない間にも夜市は開かれ、美味しそうな綿菓子は作られ続けていたのだった。

あの大学生時点での姿と、15年くらい経った今の姿を変わらず繋いで見せて、関係を保てている人たちはすごいな、と思う。あの頃の私がもう少し身の程をわきまえた人間だったら、と回想する。今でこそ「コミュ力が高い」などと言われることが稀にあるけれど(驚くべきことだ)、あのサークルでの私はコミュ力など皆無だった。どうも上手く人との距離感をはかれなくて、失敗することが多かったように思う。自分の実力がついてゆかず、存在意義もよくわからなくて苦労した。何とか息をしなければと足掻いていたし、当時は恥ずかしいことをたくさんした。お酒を飲み過ぎたり、突拍子もなく舞台で歌やらネタやらを披露したりもした。あの頃を肯定して変わらずコミュニティの中心にいられる人は、随分と当時から自我が完成していたのだろうか。しかし、どうやったらあの場所に素直な自分で馴染めただろう?と何度シミュレーションしても、上手くやれたイメージがわかない。けっきょく音楽の実力次第だった、ということかもしれないし、ちがう何かが必要だったのかもしれないが、あのときの自分の有り様を今の自分と地続きに見ることが難しいなあと感じる。「あの頃」を知られている人たちに、今さら顔を合わせるのは何だか恥ずかしく思ってしまう。

当時、歌の上手い先輩に「あなたは色んな声で歌えるけど、本当の歌声はどんな声?」と聞かれたことがある。あの頃の私は曲に合わせて声をその都度ねつ造していた。自分がすとんと歌った声に魅力が無いと感じていたのだ。今思えば、歌声の揺らぎは自我の揺らぎに一致していたのかもしれない。臆面もなく言えば、私は「表現者としての才能・承認・居場所」が欲しかった。何者かになりたかった。その思いに突き動かされて敗れたのが、あのコミュニティだった。なんとか自分が輝ける方法はないのか…ともがきつつ、いよいよ実力のなさを受け止めて「まあ、音楽はここまでにしておこう」と最終的に決着をつけた。先輩がたずねてくれた「本当の歌声」を見つけられないまま諦め、留学という理由も添えてコミュニティをそっと離れた。そしてここでは詳しく触れないが、フィリピンでの活動もその後上手く続けることができなくて…我ながら私はこの世界の漂流者だ。

「あの頃の君はああだったね」と言われたら「そうだね」と笑って返せるくらいには大人だから大丈夫。そう思えるからこそ、この文章を公開しているわけだけれど、疎遠になってしまったコミュニティのことを蒸し返すというのはわりあい辛い行為だ。ただ同時に、当時のコミュニティ内で蠢いていた自分のぶざまな心の動きを捉えようとするほど、理性で隠せない欲望みたいなものも、くっきりと思い出せるような気がする。何者かになりたい、という欲望を露わにしながら漂流していた自分を、無かったことにするにはもったいない。疎遠になったコミュニティは、今も自分の中に生暖かい体温を持って生き続けている。そう認めることで、今の自分のでこぼことした輪郭にもオーケーを出せる気がするのだ。

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