20XX年のゴッチャ その102

 

再確認


 
 菜々子がルームサービスで昼食を済ませ、加藤局長宛の大友の様子の報告メールとルーク及び桃子への報告をホテルの自室で準備し始めた頃、中南海の習近平主席の公邸で内線電話が再び鳴った。
 
「主席、極めて残念ながら暫定結果はADE株と出ました。最終的な解析結果が出るまでには数日を要しますが、ADE株でまず間違いないだろうと趙龍雲も申しております。加えて、感染者の多くが集ったレストランの関係者からも新たに陽性者が出ております」
 
 劉正副主席の口調には微かに怯えが感じられた。ADE株の再燃に対する怯えだけではなさそうだった。
 
「そうか…で、どうする?」
 主席の声はこの上なく冷たい。
 
「はい、陽性者と接触者の隔離・治療、そして、一帯の完全封鎖で、一日も早く封じ込める方針を徹底したく存じます。これまで同様、完全封鎖後二週間もすれば収まり始めるものと趙龍雲以下国家衛生健康委員会も見込んでおります。幸い白山は住民もそれ程密集しておりませんので封じ込めは困難ではなかろうと存じます」
 
「必ずだ。油断は決してしてはいけない。感染ルートの見当はついているのか?」
 
「それが生憎…感染者にも接触者にも、その周辺にも、北朝鮮と往来をした人間は見当たりません。北朝鮮での封じ込め作戦に関わった人間もおりません。国家衛生健康委員会にも現時点では全く見当がつかない状況でございます」
「調査を続けろ。徹底的に」
「畏まりました」
 
 丹東郊外で一度発生したクラスターのように明確な感染ルートは今回のケースでは見つかっていないということになる。更なる飛び火を避ける為にも感染ルートの割り出しは必須だ。
 
「対外対応は?」
「はい、やはり矢面にはWHOに立ってもらうのが良いかと存じます。この件で、我が国が批判されるようなことはあってはならないかと存じます」
「それで良い。この件では中国はあくまでもとばっちりを受けた被害者だ。その立場を明確にすべきだろう」
 
「では、白山市にもWHO調査団を入れるということで宜しいでしょうか?彼らの関与を明確にする為にはやはり…」
「当然だ。世界レベルでは彼らが新型コロナ対策の元締めで、我々は善意の協力者、そして被害者だ。徹底してくれ。東北部の解放軍も総動員し、直ちに白山市のADE株封じ込めに当たらせよ」
「承知しました。直ちにそのように」
「総力を挙げよ」
「畏まりました」
 
 万が一、失敗したら、その影響は計り知れない。全てが水の泡になる恐れもある。北朝鮮になお残る封じ込め作戦の要員も場合によっては白山市周辺に投入することになるかもしれない。
 
 しかし、同時に、これを口実に解放軍の機甲部隊を中朝国境地帯に増強することも出来る。また支援物資の北への搬入をもっと絞り込めるし、交易の再開も先送りすることが出来る。あれやこれやで金王朝の兄弟がこれ以上好き勝手をやらないよう無言の圧力を更に強めることが可能になるのだ。
 
 そして、北朝鮮の核の削減と朝鮮半島緊張緩和は米朝の直接交渉ではなく、中米が主導するフォーマットで話し合い、それを中米関係改善の糸口にする…これが習主席の狙いであった。万が一、北朝鮮が言う事を聞かなければとことん締め上げる。生かすも殺すも中国次第ということを改めて知らしめるのだ。
 
 だが、その前に白山市のADE株を封じ込めるのが先決だった。
 
 

 日本時間のその日夜遅く、ルークのスマホに着信音が鳴った。菜々子からだ。既に寝床に就いていたが、ルークは起き上がり、目を通し始める。同じメッセージが桃子にも同時に送られている。
 
 大友が倒れ、菜々子がパリに向かったことも、その前後の詳しい経緯も聞くのはこれが初めてだ。
 
 ルークは考えた。
 
 パリの患者が金正恩総書記であることはもう間違いない。しかし、仮に、今、そう放送した場合、起こる波紋は極めて大きい。
 
 北朝鮮は最高尊厳に対する侮辱と反発し、核凍結方針を撤回する恐れさえある。面子丸潰れになる中国もメトロポリタン放送を虚偽報道の咎で非難する可能性が高い。
 
 パリの病院周辺は大騒ぎになり、窮地に陥るフランス政府もきっと白を切るだろう。アメリカや韓国、そして、日本政府も現在の状況では助け船までは出してくれない。結局、世紀の大誤報扱いされる可能性が高いのは変わらない。
 
 真実はいずれ明らかになるとは言え、それがいつになるか見当もつかない。それまでの間、虚偽報道機関の誹りを受け続けるのは耐え難い。そして、その間にメトロポリタン放送が受ける打撃は計り知れない。やはり、決め手がもう一つ必要なのだ。
 
 だが、これ以上、何が決め手としてあり得るのか?
 
 指紋の照合なぞ望むべくもない。医者が喋る筈もない。関係国が追認してくれればそれに越したことはない。しかし、今、それを期待するのは甘い。せめて西側の政府が揃って否定しないような状況を待つしかないのか…、妙案は見付からなかった。
 
 
***

これは近未来空想小説と言うべき作品である。
当然、全てフィクションと御承知願いたい。 
 
©新野司郎
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