見出し画像

満腹な奴らと不運な奴ら

【ロサンゼルス紀行#4】

2日目。

ホテルの近くにあるIHOP(アイホップ)という店で朝食を食べることにした。日本のファミレスみたいな感じで、パンケーキやオムレツが有名らしい。昨日の夜、ホテルのテレビを見ていたらちょうどIHOPのCMが流れていた。それくらい有名なチェーン店らしい。

店に入ってメニューを見る。パンケーキも気になったが、刻んだステーキがのったオムレツの写真を一目見たら最後、もうそれしか見えなくなった。朝食に甘いものを食べる人生を送って来なかったので、どうしてもこうなる。夫は卵で具材を巻いてあるしょっぱい系のクレープらしきものを選んだ。

店員のおばちゃんがテーブルにやってきたので、私は早速ステーキオムレツを注文した。するとおばちゃんが、「これorこれ、どちらか選べ」的なことを言いながらパンケーキとフルーツ盛り合わせの写真を交互に指差した。えっなんでなんで、と焦った私は、「ノーノーonlyこれ!」的な感じでステーキオムレツを再度指さす。しかし、おばちゃんは一歩も引かず、やはり「これorこれ!」と主張する。どうやらオムレツには自動的にパンケーキかフルーツ盛りがセットでつくということらしい。やっと理解はしたものの、焦っていた私は思考が追いつかず、パンケーキが有名だという事前情報から脊髄反射でパンケーキを選んでしまった。これが完全な選択ミス。

運ばれてきたオムレツが、でかい。本当にでかい。昨日もハンバーガーにでかいでかいと言っていたが、でかいハンバーガーというのはなんとなく理解の範疇にあったが、でかいオムレツというのは完全に想像の外側の代物だった。しかもふわふわなオムレツではない。卵を何個使ったらこうなるのだ? というぎっしり感。上にはステーキ、中にもステーキ。さらにポテトも入っている。これにパンケーキがセットでつく意味がわからない。パンケーキもしっかりでかいのが4枚重なっている。夫の方にはパンケーキはつかなかったのでまだセーフ、と思ったが、夫の頼んだクレープとやらも、我々の知るクレープとはまるで別物で、卵の生地をくるっと丸めた中にぎっしりポテトが詰まっており、クレープと呼ぶにはあまりにマッチョな代物、しかもそのぶっといのが二本である。

巨大オムレツ
マッチョクレープ×2

一口目からガツンとくる卵と肉。うまい。実にうまい。しかし、うまいうまいと食べられたのは三分の一までであった。後半は添えられたサルサソースっぽいもので味変を施しながらどうにか食べ進める。同時進行でパンケーキも腹に入れていかねばならない。正直言って、パンケーキに関しては味がどうとかよりも「どのタイミングでどれだけ食べるか」という作業工程の一部としか考えられなかった。夫もクレープの一本目で既にゲフッ状態であり、パンケーキを半分いってもらいたかったがさすがに無理だった。せめてフルーツにすればよかったと心底思った。飯を残さず食うことに関して人並み以上に気合が入っている我々であるが、今回ばかりは完食を諦めた。

さらに我々を驚愕させたのは、ここの会計である。飲み物2つとオムレツとクレープで約50ドル、約7,500円にもなってしまった。確かにボリュームはかなりのものだったが、日本なら普通にディナーできてしまう金額である。気軽なファミレスと思っていたから、ここまでになるとは予定外だった。もちろん、せっかくの旅行なのであまりセコセコせずに好きなものを食べるつもりではいたのだが、この朝食7,500円にはさすがに度肝を抜かれた。

そして昨日のレストランに引き続き、やはり会計システムに慣れない。昨日の学びから、最初に渡されたレシートには何も書かずクレジットカードと一緒に店員に渡す。そしてクレジットカードと共に渡されたさっきとは別のレシートにチップの金額を記入する。で、どうやらこのレシートをテーブルに置いて、そのまま店を出ていいっぽい。が、昨日も疑問だった。最初にクレジットカードを渡した時の金額にチップが加算されるのに、加算されたときにはもうクレジットカードを渡さなくてよいというのが、よくわからない。すでにカードを切ってあっても後からチップ分の金額を追加できるシステムなのかもしれないが、ここでチップの金額を書いたレシートを置いてそのまま帰るとなると、店員が勝手にチップの金額を変えることもできてしまうのではないか。そこは信用で成り立っているということなのか?

我々は昨日と同様、おそるおそる店を出た。そして、ガラス張りの店の外から自分たちのいたテーブルをそっと見守った。これで合っているのか、店員の様子を見届けたかった。店の中をじっと見つめる怪しい二人。しかし、いつまでたっても店員がテーブルを片付けに来ない。我々は痺れを切らし、仕方なく店を後にした。謎は謎のままであるが、たぶん大丈夫ということにした。


さて、本日の予定だが、まずは博物館に行く。古生物研究者という夫の仕事柄、ロサンゼルスに来たからには是非とも見ておかねばならない博物館が二つあるそうで、その内の一つに向かう。

博物館には、バスで行くことにした。ロサンゼルスは公共交通機関の治安が悪く、移動にはUberなどの乗り合いタクシーがおすすめだと旅行代理店のギャルに再三教わったわけだが、昨日の空港からホテルまでのUber代金は30分の移動距離で約7,000円だった。つくづく円安が憎い。これでもタクシーよりは安いわけだが、全ての移動にUberを使うとなると、移動だけでとんでもない額になること必至である。

一方、バスと地下鉄の運賃だが、こちらなんと1.75ドル。日本円にして約263円である。どこまで乗っても運賃は変わらない。この安さゆえに貧困層の乗車率が高く治安が悪いということなのだが、朝食7,500円にチビりそうになった我々は、この安さをどうしても無視できなかった。どうやらバスの治安は地下鉄よりマシらしいので、思い切ってバスに乗ってみることにした次第である。

バス停で待つ。時間通りにはなかなか来ないものらしい。そして日本と違って「乗るよアピール」をしないと停まらないらしいので、バスがきたタイミングで運転手から見える位置に立ってみたところ、ちゃんと止まってくれた。運賃はTAPというスマホアプリをクレジットと連携させて支払う。日本のICカードと同じで、乗車するときに運転席横にある機械にかざすだけなので簡単だった。

治安が悪いと聞いていたので走る地下牢みたいのを想像していたが、思ったより普通にバスだった。日本のバスと同様、横向きの長い席と前向きの二人掛けの席があり、優先席も用意されていた。シートはプラスチック製で固く、座り心地はイマイチである。運転は少々荒い。スピードも結構出ていた気がする。

特に危なそうな人はおらず若干拍子抜けしたが、ひとつ気づいたことがある。嗅いだことのない、独特の匂いがする。かなり苦手な匂いだ。もしやこれがマリファナ? と思ったが、吸ったことがないのでわからないし今後も確かめようがない。

何事もなく無事にバスを降りた。リスクをとって節約を成功させた我々の喜びたるや、大きな投資に成功した者の如しである。

少し歩いて、ラ・ブレア・タールピッツ博物館に到着した。

旅行前にガイドブックや【ロサンゼルスで行くべき名所20選!】的なネット記事はある程度目を通したつもりだが、この博物館はどこにも載っていなかった。ロサンゼルス観光の一発目に行く場所としてはだいぶマイナーだが、化石界隈では有名な博物館らしく、夫は終始興奮気味であった。

ラ・ブレア・タールピッツ博物館

夫曰く、ここはタールの沼に沈んだ動物の化石を展示している大変珍しい博物館らしい。タールというのは地底から湧き出るドロドロの天然アスファルトで、その深い深い沼に沈んだ動物の化石は普通の土に埋まって出来た化石よりも保存状態が良いらしい。つまり、タールの沼にハマった不運な奴らが展示されている博物館というわけだ。そう思って展示を見ると可哀想なような愛おしいような妙な親近感が湧いた。タール沼が残っている場所がそのまま博物館になっているので、敷地内で今も発掘作業が行われているらしい。沼の近くは道路工事の匂いがした。

公園に入ってすぐのところにある沼には、ハマってしまったお母さんマンモスと、泣き叫ぶお子様ンモス、呆然と見つめるお父さんマンモスの妙にドラマチックなオブジェが設置されている。お父さんマンモスの悟ったような表情がどうにも切ない。

不運な奴ら
不運な奴らの骨

オオカミの頭蓋骨がこれでもかと並んでいる展示があって度肝を抜かれた。頭蓋骨がここまでオシャレに整列していると、ちょっとした狂気である。

頭蓋骨でインスタ映えできる世界唯一のスポットかもしれない


博物館を満喫し、我々はハリウッド方面に向かって歩き始めた。本当はランチで行きたい店があったのだが、店の場所がちょっと違う方角なのと、朝食を食べ過ぎて全く腹が減っていないこともあり断念した。朝食の選択ミスは後々の食事にも響くと思い知らされる。

途中、フリーマーケットを見つけたので入ってみることにした。服やアクセサリー、雑貨の店が回りきれないほど大きな敷地内に所狭しと並んでいた。こういうところに来ると、何か買ってみたくなる。浅いダンボールに指輪がざくざく入って1個2ドルと書かれたので、その中からシルバーのゴツい指輪をひとつ選び、奥で売る気なさそうにだらけている若い女の子に2ドルを渡した。

そのあと、ハンドメイドの店で見つけたブラックパール(らしい)のネックレスがかなり自分好みだった。しかし、40ドルもした。ハンドメイドのネックレスに6,000円は迷う。商品としても微妙に歪なところがあったりして、ハンドメイド感あるハンドメイドである。ただ、デザインがめちゃくちゃ気に入ったのと、石があまり見たことない好きな色味だった。ここでしか買えないもの、旅行の思い出、あとで後悔するかも、店主のおばちゃんイカしてる、などと買う理由を羅列してめちゃくちゃ迷ったが、結局やめた。夫に「ほんとにいいの?」と心配されながら、後ろ髪引かれる思いでフリーマーケットを後にした。旅行から帰った現在の心境としては、全然いらなかった。買わなくてよかった。自分が恐ろしい。

近くからまたバスに乗って、ハリウッドに向かった。しかし、乗ってしばらくすると夫が急に「あれ、乗るバス間違ったかも」と言った。曲がるはずのない方向に曲がったらしい。私はバスが曲がったことにすら気づいていなかった。異常なまでに察知が早い夫を「よっ、バスマスター!」なとど茶化したが、夫から言わせるとボケッと乗っている私が異常らしい。

自慢じゃないが、私は方向音痴である以上に、方向無関心である。この前も家に帰ろうとして乗ったバスが全く違う方向に曲がったのに、まるで気づかなかった。夫が一緒でなければ、そのまま遥か彼方に運ばれていたことだろう。近所ですらこれなのだから、ロサンゼルスで異常を察知できるわけがない。乗ったらあとは連れて行ってもらえると信じるのみ。乗り物への信頼が厚いとも言える。本当に自慢じゃない。

とりあえず次のバス停で降りた。すると思いがけず、ランチで行くのを断念した店が割と近くなった(と、夫が教えてくれた)。たくさん歩いてやっと小腹が空いたところだったので、どうせならと行くことにした。

ロブスターロールが有名な店。こっちでは日本より手軽にロブスターが食べられるらしいと聞いて気になっていた。朝食での反省を活かし、ロブスターロールのセットをひとつ頼んでシェアすることにした。しかし、運ばれてきたロブスターロールは控えめの一人前くらいであった。手軽に食べられるとはいえ、やはりロブスターはロブスターということらしい。小腹を満たすにはちょうどいい量だった。そしてめちゃくちゃ美味かった。特にソースが絶品。ハーブっぽい何かが入っていることは確信したが、確信は以上であった。


続く。


「あちらのお客様からです」的な感じでサポートお願いします。