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そみ先輩はともだち - 『サイバーパンク2077:仮初の自由』

嘘をついていてごめんなさいと、死にかけのサイボーグ女はうわごとのようにつぶやいた。大きなため息が出て、すぐに怒りがふつふつと湧いてきた。クソアマ、三枚舌、疫病神。あらゆる悪態が脳裏によぎる。俺には彼女の裏切りが許せなかった。なにしろ、これは俺自身──Vの命がかかったヤマだったのだから。

けれど、怒りはすぐに呆れに変わり、呆れは諦めに変わった。怒るには遅すぎるし、殺すには無益すぎる。愛銃の引き金に指がかかるのを必死に我慢しながら、俺は月面都市行きのシャトルへと向かった。ナイトシティと新合衆国の両方を出し抜いた、最高にしぶとい最悪の女を抱きかかえて。

It's On Again / 再始動

『サイバーパンク2077:仮初の自由』は、元のゲームである『サイバーパンク2077』が発売されてからじつに三年越しに登場した、最初で最後の大型DLCだ。ゲームシステムのオーバーホールにあたる2.0アップデートも同時に行われたことで、本作はかなりゴチャついていた従来とは見違えるほどに楽しく、遊びやすくなった。

とくに素晴らしいのは、再構成されたパークシステムだ。せせこましいパッシブスキルの大半を捨ててアクティブスキル中心に組み直されたことで、2.0では取得したパークが戦闘内容にダイレクトに反映されるようになった。言い換えるなら、これは戦闘がそのままロールプレイとして機能するようになったということだ。

サイバーサムライとして敵の首を刀で次々に刎ねていくもよし、百発百中のガンスリンガーとして一丁のリボルバーに命を賭けてもよし。ふつうは地味になりがちな投げナイフの戦闘ですら、「ナイフを刺した敵に遠くから瞬時に距離を詰めてフィニッシャー」という冗談抜きに強いパークのおかげで、アグレッシブかつ派手に立ち回れるようになっている。保証してもいい。いまのサイバーパンク2077はRPGとしてだけでなく、アクションゲームとしても第一線に立てる代物であると。

そんな『仮初の自由』では、マップの一部をまるごと置き換える形でDLCの舞台が用意されている。ナイトシティの南西、パシフィカにある厳重な検問所の向こう。きらびやかなコーポ・プラザの対義語のような、煤けた治外法権の街。ナイトシティの西成区こと"ドッグタウン"だ。

Stranger In Town / 招かれざる客

────サイバーパンク2077の主人公、Vは生体チップ《Relic》にその身を蝕まれていた。伝説的バンドの一夜限りの復活ライブをしたりAIタクシーの手伝いをしたりとボンクラな傭兵生活を送っているように見えても、いつまでも死神を騙し続けられはしない。

そんな中、《Relic》を取り除くすべを知っているという怪しげな情報でVをドッグタウンに呼び寄せたのは、新合衆国に所属する情報分析官のソン・"ソングバード"・ソミだった。情報分析官とは要するにネットランナー、ハッカーであり、オーパーツのような《Relic》に相乗りしてVと交信する離れ業すらやってのける超A級だ。

ソングバード曰く、もう間もなくドッグタウンに飛行機が落ちてくる。新合衆国の大統領、ロザリンド・マイヤーズを乗せたスペースフォース・ワンが。軍隊を率いてドッグタウンを実効支配するハンセン大佐がそれを黙って見ているはずがないので、致命的な外交問題を避けるために大統領を救う手助けをしてほしい。《Relic》からの解放を見返りに、ソングバードは協力を求めるのだった。

胡散臭いにも程があるけれど、断る選択肢はないようなものだ。頭上スレスレに墜落したスペースフォース・ワンからマイヤーズ大統領を救出し、Vは廃墟同然のセーフハウスにたどり着くのだった。

こうして、『仮初の自由』は始まる。

Cold Hard Bitch / そみ先輩

『仮初の自由』は様々な陣営の思惑が交錯するスパイスリラーだが、まったくスマートな物語ではない。ソングバードの巻き起こすカオスにあらゆる登場人物が引っかき回され、死体の山が築かれるからだ。

虚実入り混じった思考で他者を振り回すという点で、ソングバードはヤングジャンプ連載の漫画『のあ先輩はともだち』を彷彿とさせる。俺がたびたび「そみ先輩」となぞらえているのはそのためで、『エッジランナーズ』のルーシーが穢れなき聖母マリアに思えるくらい、この女たちはロクでもない。どれくらいロクでもないかというと、のあ先輩は仕事で関わる後輩社員の男性の理人くんに次のようなことを吹き込んで、なんらかの関係を迫ろうとする。

やめんかあ!!!!!!(全ギレ)

ソミの場合、理人くんをVに置き換えればだいたい同じだ。たぶん。

のあ先輩にしろソミにしろ、悪意や害意をもって振舞っているわけではないというのがかえってタチが悪い。彼女らはただ自己中心的に、己の快楽原理や生存本能に従って他者の力を利用借りようとしているだけなのだ。当然の結果として、理人くんやVのように素朴な善意を持つ人間はいいように使われ、擦られまくる。ふざけるんじゃあないよ……。

のあ先輩の過去はよくわからないが、そみ先輩の過去はわりかし悲惨だ。ストリートから成りあがるためにネットランナーの腕を磨いてきたが、ツキが落ちて新合衆国に捕まり、大統領の飼い犬になることを余儀なくされる。それからは、ブラックウォールの向こう側のオールドネットから死ぬ気で──ちょっと間違っただけで脳をカリカリに焼かれるので文字通り死ぬ気で──ロストテクノロジーを引き出すような汚れ仕事に従事させられていた。

そして今、ソミにも長年のツケが回り、死神が近づいていた。オールドネットの不良AIに侵食されて自我崩壊を迎えつつあったのだ。だから、同じコインの裏表のような存在であるVを自らの陰謀の道連れにしたのも当然だろう。きっと裏切れない・・・・・とわかっているようなものなのだから。

Hound Dog / 国家の犬

こんな破滅的なソミを気にかけているのが、イドリス・エルバ演じるソロモン・リードだ。リードはナイトシティに潜伏する新合衆国のスパイで、大統領からの命令をずっと待ち続けてきた忠実な男だ。一方で、国に忠実すぎるため自分や部下の犠牲すら厭わないせいで、かつて使い捨てられた元部下には蛇蝎の如く嫌われている。

かといって、リードはただ冷徹一辺倒な鋼の男というわけでもない。どちらかというと彼は中間管理職的で、いい声といい体格、ハキハキとした物言いで関係者をなだめすかし、国のために自我を押し殺すタイプの人間だ。なにしろ自分の上司は大統領でその命令は絶対なのだから、国益の前に道理は引っ込まざるを得ない。

自分の行いが正しくないとわかっていながらもそうせざるを得ないとき、リードは眉間にシワを寄せ、ただ静かに悲しげな顔をする。仲間に情をかける素振りもする。しかし、仕事の手は決して緩めない。国に忠を尽くす以外の生き方は今更選べないことも、誰も忠に報いてくれないこともわかっているからだ。哀れな老犬の姿がそこにはある。

ソミとコンタクトし、身柄を新合衆国に引き渡せ。
それが彼女のためにもなる

『仮初の自由』劇中で、リードは最後の最後までこういった趣旨の発言を繰り返す。当然、欺瞞だ。ドッグタウンで野垂れ死ななくても、遅かれ早かれ新合衆国がソミを使い潰す。彼女を治療できるなどという話も眉唾だ。そんなことはわかりきっているはずなのに、それでも真面目くさってこの台詞を吐かないといけないほどに、リードの心は乾き、古び、錆びきっている。

自分の心すら騙す猟犬ハウンドより、全方位に嘘をついても己の生存本能にだけは正直な雌犬ビッチのほうがロックで、サイバーで、パンクだ。そう思った俺は新合衆国に中指を立て、そみ先輩と友達チューマになる道を選んだ。

Fly Me To The Moon / 月を目指して

薄々わかっていても、裏切られる瞬間というのは嫌なものだ。

ハンセン大佐の軍隊と新合衆国の特殊部隊をあらかた始末してくたくたになりながら乗り込んだトラムの中、限界を超えたハックのせいで半死半生のソングバードが、せめてもの罪滅ぼしのように嘘を自白した。ドッグタウンから盗んだテックで助かるのは自分だけ、《Relic》の侵食からVを救うことはできないと。完全に取り返しのつかないタイミングを完璧に見計らったかのような、最悪の種明かしだった。

そして事態は冒頭へと立ち返る。

俺はもう、すっかり、圧倒されていた。いったい何に圧倒されていた?まったくなりふり構わず生にしがみつこうと全力であがき続ける、ソミの生き汚さにだ。いつだったか、Vの脳に同居するジョニー・シルヴァーハンドが格好つけて言った言葉がリフレインする。

人の真価が問われるのはいつだと思う?
それは、死に直面した時だ

……確かにその通りだ。このハッカーはずっと死神に追われ続け、しかしついに逃げ切ることに成功した。"凡人として平穏な生涯を過ごすか、名を上げて華々しく早死にするか"という究極の二択を容赦なく突き付けるこのナイトシティで、"関わるものみな破滅させてでも静かな生を掴み取る"という第三の答えに至ったのだ。それこそが、この女が世界に見せつけた真価だ。

だったらもう、派手に打ち上げてやるしかないじゃないか。俺は死にかけのソミを抱きかかえ、この期に及んでも虚しい説得を試みるリードに鉛弾を撃ち込んだ。これ以上の野暮は俺が許さない。

苦難を乗り越えペル・アスペラ星々の向こうへアド・アストラ。あの皮肉屋、ジョニー・シルヴァーハンドですら、ソミの生への執着には感心したらしい。轟音とともに月へ飛び去っていくシャトルを見ながら、ジョニーはソングバードへ引き気味の称賛を送っていた。あのジョニーを感服させたんだから、せいぜい月から応援してくれよ、そみ先輩チューマ

こうして『仮初の自由』は終わり、Vの物語は盛大に振り出しへと戻った。たった一人のネットランナーにひとしきり振り回された新合衆国とドッグタウンは災厄のような被害を被ったが、なべて世はこともなし。

ナイトシティは今日も最高だ。

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