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夢と罪/参加にまる

他人の夢の話ほどつまらぬものはない、とよく聞きますが、ゆうべ私が見た夢についてちょっと話してみたいので、奥田民生が好きな人だけ残ってください。

私は大阪育ちの岡山在住で、どこのPARCOだか知りませんが、とにかくPARCOの近くにある手軽な中華ダイニング、みたいなところで民生と遅い夕飯を食べる約束をしていたのです。民生って呼び捨てにしますよ。

待ち合わせは22:30というラストオーダーが迫る時間帯で、私は遅刻せぬよう急いでPARCOに向かいました。民生は有名人なので、私もなるべく目立たぬよう店に入らねばならぬ。気を使うあまり、入店前に一応いまから行く旨を、こっそりLINEで本人に伝えておこうと思ったのです。

いまPARCO裏にいます。これから向かいます。と文章をしたためて送信すると、すぐに民生から返事がかえってきました。

「いま11人ぐらいで飲んでて、もう食い終わっちゃった。ごめんね」

予期せぬ仕打ちに驚いたものの、殴り込んでも仕方がない。民生は仕事で毎日疲れている身です。私はおとなしく身を引こう。了解です、帰りますね。とLINEしたら、今度は電話がかかってきた。民生かと思いきや、どうやら連れの男らしい。

「やあやあ、ごめんごめん。民生がさ。え、なに? いや民生が今度ね。キャーッ!(と若い女性の笑い声複数)ちょっと君たち、静かにしてよもう。いやね、もしもしごめん。それでさあ。今度民生のライブがあるからさ。え、なんて? 君たち静かに。あのね、ライブがあんの、伊勢崎で。そこの最前列のプレミアシート10席のうち、ひとつこっちでおさえとくからさあ。ぜったい来てよ、ね?」

スマホを耳に当てながら私は、伊勢崎遠いなあと考えて「前向きに検討します」と返事をしてから電話を切り、帰りの電車に乗る寸前で目を覚ましました。夢はここで終わりです。民生1回も出てこなかったけど、気配だけはスマホの向こうに感じていました。

別に私、奥田民生の「推し」とかではないんですよね。ユニコーンやソロの歌の中で好きなやつはいろいろあるけど、夢に見るほどファンではない。

ただ、これまでにたった一度、ナマの民生と話したことがあるんですよ。

あれはもう15年かもっと前。私は鹿児島に住んでいました。再結成したユニコーンがコンサートにやってくるという情報を聞き、瞬時に売り切れ必至のチケットをなんとか気合いで2枚購入。どっかんどっかん爆発する桜島が撒き散らす火山灰を全身に浴びながら、バイク二人乗りでウナさんとコンサート会場に駆けつけたのです。

コンサートは楽しかった。事前に聞き込んでいた再結成アルバムに収録された曲を始め、懐かしいヒット曲もみんなで歌って大盛り上がりでした。その翌日です。大阪の友人宅に遊びに行くため、鹿児島空港に到着したウナさんと私。搭乗口付近をうろうろしていると、ロビーを向こうから歩いてくる4人組に遭遇したのです。

ユニコーンじゃない? あれ、ユニコーンの4人だよね? うそ、マジで!?

4人はどうやら羽田に向かうようでした。それにしても、空港にいるほかの誰もが4人にまったく気づく素振りがない。そばにはなぜかスタッフなどもおらず、メンバーだけが革ジャンにジーンズみたいな姿でみんなぞろぞろ喫煙ルームへ入っていきました。私は当時喫煙者だったウナさんを焚きつけ、中に入って様子を伺ってもらうことにしました。ほどなくして帰ってきたウナさんに、私はあれこれ質問しました。

「ねえ、どうだった? 何の話してた? どんな様子だった?」

「えー、別に。ふつう」

ただぽつぽつと雑談していただけだというのです。その雑談の内容が私は聞きたかったのに!

喫煙ルームから4人がのんびり出てきました。まわりは閑散としています。しかしいくら人が少ないとはいえ、なんで誰ひとり気づかないの? なんでキャーキャー言わないの!?

熱狂的な歓声を一身に浴びていた前夜のコンサートとのギャップがあまりにも激しくて、もしかしたら4人はユニコーンのダミーなのではないかと疑いました。が、ダミーにしてもほっとかれ過ぎ! 天下のユニコーンですよ? 前から3番めを歩いてるの、奥田民生ですよ? ねえみんな、知らないの? 民生だってば、ねえ!!

このまま彼らを飛行機に乗せるのはあんまりだ。鹿児島県民の名折れである。大阪人の私はそのように感じました。誰も声をかけぬのならば仕方がない。その大役、私がしょって立とうではないか。

ほかの3人がトイレへ行くなどして、民生がひとりこちらへ近づいてきました。ひとけのまばらな搭乗口で椅子に腰掛けていた私は、民生が目の前を通りがかった瞬間、軍隊長の号令を受けたかのような素早さでさっとその場に直立しました。

「きのうのコンサート見ました! とても楽しかったです!!」

ひとけのない椅子から突然立ち上がった見知らぬヤツに、いきなり耳元でデカい声を出された民生は、とっさに身をすくめました。驚愕に目を丸くし、聞き取れぬほど小さな声で、

「あ……そうですか。ありがとうございます」

そう言ったあと私に軽く頭を下げて、その場を去っていきました。

握手もなし。サインもなし。そんな余裕ぜんぜんなかった。鹿児島県民を代表して、使命を果たすのに必至でした。

あのときの光景をいまもたまに思い出します。

奥田民生さん、驚かせてすみませんでした。

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