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金地金を買った話

 先日、宝飾品店で金を買った。田中貴金属工業製の金地金50gである。価格は537,800円(適用小売単価10,756円)。
 大きさの割にはズシリとした重さ。金色の輝き。すぐに温まる特性。まさしく金である。
 錬金術や大航海時代など歴史を動かしてきた金属である金がこの手にあるのである。

田中貴金属工業製_金地金50g

1. なぜ金を買った?

 金を買った理由は何に投資したら良いか、わからなくなったからである。昨今の世界情勢や経済動向は不安でいっぱいだ。
 ロシアとウクライナの戦争は膠着状態に陥って早期終結は見込めないし、イスラエルとハマスの戦争も絶滅戦争でもやっているような雰囲気だ。  
 東アジアでは、北朝鮮が南北統一路線を諦めるし、中国の軍拡に対抗して日米韓や東南アジア諸国は連携を強めている。その中国では不動産バブルの崩壊し、その資金が日本に流れ込んだとかどうとかで日経平均株価は過去最高価格を突破して39,000円代に突入した。
 「VUCA」だとか「不透明な時代」といった言葉は流行言葉は苦手だが、よくわからないのは確かである。
 自分は2022年辺りから余裕資金を使った投資をしているが、ここにきて何を投資すれば良いか、わからなくなった。

「日経平均株価が上がっているし、4万円も時間はかかるが突破しそうだ。日本株式インデックス投信でも買えば良いじゃん」
 これはは間違いない。今から買っても多少の利益は出るだろう。しかし、"急上昇したものは急降下するもの"とも思うので、売り時を逃がせば大やけどだ。
「現金万歳! 銀行が破綻しても預金保護で1000万円は保証してくれるぞ!」
 それもそう。しかし、突然の出費を踏まえても余るような現金を持っていても仕方ない。それにお金が増えるのは嬉しいから、投資はしたい。

 そのようなこともあって、唯一の無国籍通貨であり、古代から価値を失ったことがない資産「金」、今後も価格上昇が見込める「金」を買ったのである。
 そもそも金は「守りの資産」と言われるように価格が落ちにくいのが特徴だが、2000年代以降、金価格は右肩上がりで2019年以降は急上昇している。現在(2024年2月)の金価格は2018年の倍以上である。*1
 ロシアとウクライナの戦争、パレスチナ・イスラエル戦争が終結する兆しは見えないし、中国が台湾侵攻を起こす可能性もある。そのようなことを考えると資産保全と資産形成の方法として金は有望である。

 というのは表向きの理由で、実際はマンガ「インベスターZ」に影響されただけである。

三田紀房(2017),インベスターZ(18),講談社,p104-105

 このシーンは、主人公らを陰でサポートするゼンさんが婚活がうまくいかない国語教師に対して「金を買えば自信が付くのでは?」とアドバイスしているシーンの一部である。
 「金を持てば、女性にモテる!」というのは、あまりに安直だが、なかなか魅惑的ではないか?
 ゼンさんは金を持つことについて、「自信を付けるための自己暗示……おまじないです」*2と言っているように「金=モテ」ではないのだが、面白いではないか。女の褥にたどり着きたいというのは根源的な欲求なのだから、金取引という大きなことをする動因にはもってこいだ。

2. 想像以上に簡単な金取引

 金取引は貴金属店や銀行、デパート、鉱山会社の窓口など様々あるのだが、自分の地元で長く続いている貴金属店を選んだ。
 ATMで2日に分けて60万円を引き出し、貴金属店に向かった。
「金は高額だし、購入に時間がかかるかな? 1時間くらい見積もった方が良いかな?」などと考えていたのだが、ものの十数分で金地金を買うことができた。拍子抜けである。
 購入グラム数を伝えて、地金を出して貰う。確認したあと現金を渡し、数枚の書類にサイン。一応、電子天秤で地金の重量を測って貰う(50.05gだった)。地金を受け取り、退店。
 重ね重ね言うが、拍子抜けである。
 50万円超えの買い物なのにスーパーの買い物や洋服を買うより短い時間で済んでいる。マクドナルドでハンバーガーを買うより短い時間で済むのではないか?
 インベースターZでは「誰でも店を訪れて代金を払えば買える まさにコンビニでチョコレートを買うように」と書かれていたが、まさにその通りである。

三田紀房(2017),インベスターZ(18),講談社,p64

 「金は特別なもの」みたいなイメージがある。デパートの黄金展なんて厳かに数十、数百万円もする金細工などが展示され、警備員が立ち、取引は幕で隔離された個室で行われる。
 ところがどうだろう? お金を出せば簡単に買えるのだ。価格を抜きにすれば、スーパーに陳列されている食品や100円ショップの雑貨と全く変わらない。この体験は驚きだった。

3. で、自信は付いたの?

 知らん!(まだ自信が問われるようなことをしていない)
 しかし、金地金を手に取って確かめることができるのはとても楽しい。変な笑みが出る。
 株式や債券、投資信託は昔ならいざ知らず、現在においてはネット上の電子的な数値にすぎない。しかし、金は現物だ。その違いは大きい。
 その重みを、その輝きを感じられるのは金の現物だけである。
(金取引の中には金預託もある。試しに証券口座で10gほど買ったが、特に面白くなかった。やはり現物である)

4. でも実際は金に"価値"なんてないよね

 2000字ほどかけて、金地金を買った話をした。金地金を持っていると楽しい。しかし、本当に金に"価値"があるのか、というと微妙な話である。
 昔ならば金は貨幣の素材であり、商品の統一的な価値表現としての立ち位置にあった。マルクスの言うところの「一般的等価物」という奴である。*3そういう意味で金、銀といった金属は特別な地位にあったのは間違いない。しかし、金本位制が廃止された現在では、先に述べたように一介の商品でしかない。金地金で米や野菜を買うことはできない。「金は特別」といった先入観を捨てれば、一般人にとって、スーパーに並ぶ大根や豚肉と変わらないのだ。
 田中貴金属工業の金のパンフレットには「金はそのものに価値がある」、「価値がゼロになることはない」などと書いてある*4が、そんなことはない。ドルやユーロ、円といった通貨との交換性が高い(これが金の商品特性だが!)だけで、商品という性質的には株や債権、投信といった金融商品などと何一つ変わらない。
 世は、どれだけ欺瞞的であることか!
 金地金の購入を通して、そんなことを思った。

参考文献/脚注

*1:田中貴金属 2018年参考小売価格平均4,543円/グラム(税抜き)
  田中貴金属 2024年1月参考小売価格平均9,622円/グラム(税抜き)
  田中貴金属工業株式会社|月次金価格推移 (tanaka.co.jp)
*2:三田紀房(2017),インベスターZ(18),講談社,p91
*3:佐々木隆二(2016),カール・マルクス 「資本主義」と戦った社会思想家,ちくま新書,p129-132
*4:田中貴金属工業,はじめての「金」BOOK,p3-5

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