見出し画像

原恵一監督の映画「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」レビュー「「負け犬の唄」に無性に泣けるのです」。

僕がうつ病で休職中だった頃,東京都・上野で本作を観て,オイオイ泣きながら帰ったのだが「泣いた理由」を少々解説したい。
本作に於ける敵組織はケン(津嘉山正種)とチャコ(小林愛)をリーダーとする「イエスタデイ・ワンスモア」。
ケンとチャコの「ガワ」のモデルは多分ジョン・レノンとヨーコ・オノだと思う。
ケンは演説する。
そもそも21世紀とは「輝かしい未来」だった筈。
戦争も公害も汚職も無くなりタイヤのないエコカーでチューブの中を移動して…だが実際の21世紀は戦争と燃えないゴミと公害と汚職に塗れている。
こんなものは俺達が待ち望んだ21世紀では断じてないッ!
我々は1970年代に時計の針を戻す事を選択する。
70年代には未だ人々が無邪気に「輝かしい未来」を夢想する心を持っていた。
あの懐かしい70年代からもう一度やり直さなければならないのだ。

本作で描かれてるのは「いいトシして昔の映画,昔の特撮,昔のアニメ,昔の漫画,昔のSF,昔のプロレス,昔のお笑いに血道をあげてる人間は「人生の負け犬」である」という身も蓋も無い真実であって,ケンは「負けるのを承知の上で」イエスタデイ・ワンスモアを立ち上げたのだ。
ケンにはチャコという若い女性の理解者が居て,ふたりがアパート「昭和荘」で同棲生活を送っているのは「ケンの夢」であって本当はチャコは実在してないと僕は見る。
プラトンの著作の多くが対話形式で記述されており,葉隠覚悟が堀江罪子を必要とした様に高邁な理念を披歴するには「理解ある若い聞き手」が絶対に必要なのだ。

昔ある女流作家が「新撰組は時計の針を逆転させようとした愚かな連中」と批判したが件(くだん)の作家女史にとって「戦い」とは
「勝ち目があるから戦う」「勝ち目がないから戦わない」
といったONかOFF,0か1でしかないのだろう。
賢い考えにただひたすらに感服する他ないが,アンタの言葉に感服するし,
アンタが賢いのもよおく分かったし,アンタが「正しい」のも認めるから,
頼むから少し黙ってろボケッと言うのである。

「イエスタデイ・ワンスモア」の戦いは「かつて俺達が生きた,あんなにもキラキラ輝いていた20世紀」を過去の歴史の1頁として無味乾燥に記述され,図書館の奥深くに仕舞われない為の意思表示なのだ。

「イエスタデイ・ワンスモア」は自分に引導を渡す相手に5歳の園児・野原しんのすけに白羽の矢を立てた。
しんのすけには5歳であるが故に「過去」が無く,ただ「未来」を信じて生きている。
しんのすけは「イエスタデイ・ワンスモア」に奪われた未来を奪回する為に彼等の本拠地に乗り込んで来る。
ケンはしんのすけや彼の家族の前に敗れる。
「イエスタデイ・ワンスモア」は「前に進む事」を拒絶するが故に「家族を作る事」をも否定していたのだ。
チャコは永遠に(「エア彼女」的な意味に於ても)「同棲相手」のままであって
「そっから先」にケンが決して進めない同棲生活が慮られて,
彼の為に泣けるのである。
ケンはこの茶番を格好良く「死んで終わらせようとする」がしんのすけは「それ」を許さない。
「生きること」は「みっともないこと」の連続であると知ったケンはチャコと共に何処ともなく去って行き映画は閉じる。

本作は2001年に制作されなければならない映画だったのだ。
2000年で20世紀が閉じたのをケンは決して認めようとせず,
2001年(21世紀)を2000年(20世紀)に時計の針を戻そうとしたケンの行為は,
件の女流作家に言わせれば「愚かな行為・愚かな連中」なのだろうが,
「負け犬の唄」に涙を流す,この僕の真情がオマエなんかに分かってたまるもんか。
本作はね。
今まで一遍も負けた事のない人には未来永劫理解出来ない映画なのだ。

本作は映画雑誌に総スカンされ,
全く取り上げられず皆が皆同年公開の「千と千尋の神隠し」を持ち上げていた。
ただ町山智浩氏が編集長だった頃の映画秘宝誌のみが本作を総力特集し,
のみならず2001年のベスト映画に本作を選んだのだ。
例え何があろうと僕は町山氏から受けた恩を忘れる事はない。

当時の映画秘宝誌を参照すると
「俺の人生は下らなくなんかない!」と叫ぶひろしは全国の父親の魂のだけ美を代弁してくれた。(作家・山本弘)

映画自体が既に卑怯な存在なのでベストからは外したものの,
気絶したひろしが誕生から現在までを回想するシーンは泣きに泣いた。(スティングレイ代表・岩本克也)

クレしん映画のベスト・オブ・ベストにして2001年の全映画のベスト・オブ・ベスト。もうこれさえあれば,他の映画は無くなってもいいや。
泣きました。胸がぎゅうぎゅう痛くなりました。原(恵一)監督,私も文明は70年代で止まっていいと思ってます。(ライター・三留まゆみ)

これ,試写を観終わって,帰りしなにスタッフに声かけられたんですよ。
どう良かったか言おうとしたらもうダメ…それだけで目頭が熱くなってきちゃってさ。
後にも先にもあんなに泣いたのは五代目・中村富十郎が弁慶を演った「勧進帳」の楽日,観客とひとつとなった瞬間以来。(快楽亭ブラック師匠)

と熱い熱い熱いコメントが記録されている。

この記事が参加している募集

アニメ感想文

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?