見出し画像

アジリティが基礎力:プロダクト開発のチーターとイノシシ

走ることにかけて「世界最速の哺乳類」と呼ばれているチーターは、その圧倒的なスピードよりも、優れたアジリティによって狩りの成功率を高めているそうです。その調査結果をまとめた論文は、2013年6月にニューヨーク・タイムズでも、"Cheetahs’ Secret Weapon: A Tight Turning Radius" という見出しで紹介されました。

日本語では「敏捷性(びんしょうせい)」と訳されることの多いアジリティ(agility)ですが、ここでは、「横に跳び、急に方向を変え、素早く減速する技術」を指しています。「世界最速の哺乳類」と呼ばれる通り、最高速度が時速96km以上にも達するチーターですが、たった1歩で時速14kmまで減速し、柔軟な背骨と大きな爪によるグリップ力を活かした急激なターンで、速くて機敏な獲物に食らいついていきます。

ソフトウェアプロダクト開発において高いパフォーマンスを発揮するためには、組織もチーターのようなアジリティこそ強化すべきではないでしょうか。

いくら開発スピードが速くても、"巨大なフィーチャ" や "数多くのフィーチャ" を数か月かけて開発し、ビッグバンリリースしているようでは、見方によっては機会損失です。リリースまでの期間が短ければ、もっと早くから利益を得られ、もっと早くから価値を提供できていたはずだからです。

それに、このようなやり方をすれば長い開発期間中、開発チームの稼働率が高い状態になります。その期間が長いほど、その間に新たなアイデアや改善要望が数多く生まれるのは目に見えています。結果、それらの着手に向けて仕掛中の開発との調整が頻発し、そのムダな調整コストが開発時間を奪うことになります。最悪のケースでは、調整がつかず、追加の開発をむりやり詰め込み、稼働率が上がりすぎたことで逆に開発効率の悪化を招くこともあり得ます。

多少、開発スピードが落ちたとしても、小さなフィーチャを少しずつリリースしていくやり方ならこのような非効率は発生しにくくなります。2週間ごとにリリースするなら、その間に新たなアイデアや改善要望が発生しても、平均3週間のリードタイムでリリースすることができます。外部環境や内部環境の変化に対し、計画を迅速に適応させやすくなるということです。これこそ、ソフトウェアプロダクト開発におけるアジリティではないでしょうか。

「"巨大なフィーチャ" や "数多くのフィーチャ" を数か月かけて開発し、ビッグバンリリースする」ようなソフトウェアデリバリは、イノシシのようだと思うことがよくあります。

私が暮らす、兵庫県神戸市から東に連なる六甲山系の麓は、イノシシが時折出没します。ゴミを漁りに山から下りてくるようですが、一度だけ、イノシシが突進している場面に遭遇したことがあります。

車通りのほとんど無くなった夜の交差点で、東向きに信号待ちする私の北側左手からジョガーらしき方が2人、南向き下り坂を全速力で走ってくるのが見えました。その速さに驚いていたところ、その後ろからイノシシが走ってくるのが視界に入りました。このイノシシに追いかけられていたのです。

彼らが機転を利かせ、交差点手前で東向きに急に左折したところ、追いかけてきたイノシシはそのターンに付いていけず、交差点を突っ切って、南方向車線左側のガードレールに巨体を激突させ、派手に横転していました。まさに猪突猛進です。ジョガーの2人は無事、逃げ切ることができました。

アジリティの無い、猪突猛進型のソフトウェアデリバリは、このように変化への適応力が鈍くなります。期待した結果を得ることもできないかもしれません。

スポーツの世界では、速さを「スピード」「アジリティ」「クイックネス」の3つに分類します。スピードは重心移動の速さ、つまり速度です。クイックネスは、陸上競技のスタートダッシュのような、静止状態などから刺激に反応して素早く動き出す能力。アジリティは、サッカー選手で必要とされるような、移動しながらの素早い方向転換や切り返しといった運動能力を指します。

ソフトウェアデリバリのパフォーマンスを求めると、スピードのみを追求しがちになりますが、アジリティこそ組織が優先的に備えるべき基礎能力ではないでしょうか。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?