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昼間でも夜間でも、レインボーパレード出なくても、恋人がいなくても、あたいはゲイ。


 レインボーパレードってありますやん。

 最近だとニュースや新聞でも取り上げられることが多くなったし、街を凱旋する距離も、開催地も、参加者も協賛企業も増えてきたから、聞き齧っただけじゃなく実際に目にした人もいるだろうと思う。


 それにパレードが行われれば、SNSでも(良くも悪くも)たびたび話題になって「良いか悪いか」を恒例行事のように論われとりますわ。それも見たことある人は多いと思う。

 だから「知っている」だけのほとんど無関心じゃなくて「良い印象を持っている」「悪い印象を持っている」という割合も少なくないと思う。そもそも政治的な意味合いのある集会に対してなんとなく忌避感情を持っている人も多いしね。

 また、これは当たり前のことだけれど、非当事者だけじゃなくLGBT当事者の間でもパレードの対する所感は割れているし、是非の中で揺れ動いてる人もいる。

 あたいもそう。あたいも揺れとる。パレードについて参加者から聞いたり、いろいろ見知った限りでも、運営のあり方や集会する意義については議論にもなるし、パレード自体が世間で話題になることの必要性やその歴史などを考えるといろんな評価ができるなと思う。

 現状、まだまだ課題も残るイベントという印象なのだけれど、個人的には少なくともこれからも開催されるべきことだと思っている。


 だってもしも「はいもう日本はLGBTはブームにもなったし、ドラマや漫画でも一大ジャンルなんだからもういいでしょ。解散、解散」って感じで連綿と続くものを絶ってしまえば、一気に日陰者に逆戻りで、一部の為政者と異性愛者に都合のいいLGBT当事者や表現だけが表に残るような、そういう雰囲気になっちゃうと思う。あたいみたいなゲイエッセイ作家とかはまず出版できねぇだろうな。

 だから最低でも「君たちにはゲイタウンやネットがあるでしょう。わざわざ社会の制度で認めて、大手を振って昼間に歩くんじゃないよ」という声には反発していかなきゃあかんやろな、とあたいは思う。


 そもそも、あたいは誰が認めなくても昼も夜もゲイだし、どこで生きててもゲイで、パレードには出ずに夜の世界でばかり交友し、存在しているけれど、それは自分の意思で選択して「夜のゲイ」として生きているからいいのであって、抑圧や迫害によって夜の世界だけに当事者が押し込められたなら話が変わる

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ここはあなたの宿であり、別荘であり、療養地。 あたいが毎月4本以上の文章を温泉のようにドバドバと湧かせて、かけながす。 内容はさまざまな思…

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