文春オンライン報道への疑問

2021年11月に配信された文春オンライン「『誰にもばれずに出産したいです』そう告げた19歳女性は、なぜ『内密出産』をやめたのか」について、感じた疑問を書かせていただきます。

この文章は、内密出産制度を「導入した」と主張している熊本市の慈恵病院に、「誰にもばれずに出産したい」と言って相談してきた19歳の女性に関するものです。内密出産をしたいと言ったものの、女性に軽度の知的障害があることが分かり、院長が育てる里子を見て翻意し、自分で育てることにした、というものです。

記事によると、「軽度の発達症」を疑われた女性は、救急車で精神科に搬送された、とあります。発達障害を疑われた人は、救急搬送の対象になるのでしょうか。しかも、搬送先は人吉市とあります。熊本市からは100キロ以上離れており、サイレンを鳴らし、高速道路を使っても1時間半はかかります。出産を間近に控えた女性の知能指数を調べるために、遠距離移動させることは医学的に問題はないのでしょうか。熊本県内で最も医療機関の充実した熊本市内から、地方に救急搬送することは、災害時を除いて聞いたことがありません。熊本に限らないと思いますが、精神科の初診は1カ月以上待つことが普通です。熊本市内には発達障害に詳しい精神科医がいますが、2~3カ月待ちです。知的レベルを調べて、本人にとって何かメリットがあるのでしょうか。本人が困っていることがあれば、それが何かを聞き取り、どうすれば困らず生活ができるかを考えることが大切なのではないかと思います。

記事では、診断したという医師がこう話しています。

「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)に預け入れる女性も、安易な預け入れなどではなく、ほとんどがこうした発達症や精神疾患の問題が背景にあり、SOSがうまく出せずに孤立して追い詰められた状態にあるのではないかと私はみています」

赤ちゃんポストに預けた女性を何人診られたのでしょうか。人吉市の医師が、預けた女性に接触する機会はまずないと思います。「想像」「憶測」の域を出ません。SOSがうまく出せず孤立出産した女性の背景に、発達障害や精神疾患があったケースは実際にあります。だからこそ、「ばれずに出産できるから来てください」と呼びかけるのではなく、その人が困った状況にあると周囲の誰かが気づいて、手を差し伸べることが大切だと思います。

私は関係者の協力で、実際に預けた女性に話を聞くことができました。「普通のお母さん」でした。子どもを預ける人たちを「こういう人たち」だとカテゴライズすることなどできないと感じました。100人の女性がいれば100の事情があり、「発達障害の人たち」「成育歴に問題がある人たち」などとひとくくりにすれば、レッテルを貼り、ステレオタイプ化します。それは誤ったものの見方につながりかねません。

女性たちの問題ではなく、困りごとを抱えた人に気づいて支援の手を差し伸べられない社会の問題だと思います。

取材してみて、病院に「相談に来る人」と「子どもを預けて立ち去る人」は別だと感じました。子どもを預ける人たちの行動は冷静です。「母親」だけではなく、父親や祖父母も子どもを連れてきていますし、福祉や医療、教育の仕事をしている人たちもいます。「学校の先生なのに、未婚で出産して世間体が悪い」などの理由もあります。

内密出産には、地元の福祉や医療の人たちも疑問に思っています。困りごとを抱えた人の相談を受ければ、まずはその人が住む地域の保健師や医療機関、相談機関などに連絡し、公的な支援につなぐことが相談対応の「定石」とされています。しかし、「ばれずに出産できますから来てください」という対応では、その人が住む地域で支援につなぐことができません。

記事では「慈恵病院につながらなければ孤立出産したかもしれない」と書かれていますが、その根拠は何でしょうか。彼女は発達障害があったとしても、病院にSOSを出すことができました。もし内密出産ができると聞かなければ、地元で適切な支援につながっていたかもしれません。

私は実際に子どもを預けた女性のほか、預けられた子どもを育てる養親や、預けられた子どもにも取材しましたが、病院に取材先の紹介を頼んだことはありません。もし頼めば、病院に都合のいいことしか言わないでしょう。

この記事で実際に取材したと思われるのは、病院関係者と、搬送先の医師だけです。女性に直接会った様子はありません。この女性が実在するという根拠はどこにあるのでしょうか。わざわざ熊本までいらっしゃったのに、周囲の福祉や医療の人の話に取材されないのは不思議でなりません。

メディアをコントロールし、都合のいいことを伝えてもらおうとするのは、何も政治家ばかりではありません。自戒を込め、相手が誰であっても、相手にとって不都合なことも聞き、伝えなければならないと思います。

なお、私の取材記録は『赤ちゃんポストの真実』(小学館)にまとめました。興味があれば読んでみてください。

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