「内密出産」に思う

「内密出産」に関して最近報道されているので、見聞きした方も多いかと思います。「赤ちゃんポスト」を設置している熊本市の慈恵病院が独自に導入した、としています。匿名で妊婦を受け入れ、病院の新生児相談室長だけに身元を明かし、生まれた子どもは赤ちゃんポストに入れられた子どもと同様に一人戸籍を作ってもらいたい、としています。匿名で出産したいとして女性が相談に来て、病院が保護したというニュースがありました。

内密出産はもとはドイツで法制化されたものです。赤ちゃんポストもドイツをモデルにしたものですが、ドイツでは法的にグレーゾーンにある赤ちゃんポストについて国に政策提言する倫理審議会が検討したところ、次のような結論が出されました。

「赤ちゃんポストで新生児遺棄を回避することはできない」「生まれた子どもに出自を知る権利がないのは人格権の侵害に当たる」「匿名でも出産を介助する医療は必要だが、身元を明かしてもらう道義的責任が医師にはある」

赤ちゃんポストは問題が大きいとして廃止を勧告した上で、妊娠を周囲に知られたくない人のために相談機関では身元を明かし、医療機関では匿名で出産する内密出産を制度化しました。生まれた子どもは16歳になれば母親の情報を知ることができます。母親側が知られたくない場合、家庭裁判所に申し立てることができます。ただ、あくまで妊娠についての悩みを相談してもらい、自らの手で育てるための支援をすることを重視しており、あらゆる支援を尽くしてもどうしても育てられない場合、養子に出すことになります。

慈恵病院は独自に内密出産を導入した、と主張しています。しかし、戸籍法では子どもが生まれたら14日以内に出生届を出さなければならないと規定されています。違反すれば5万円の科料という罰則規定もあります。出生届には父母の本籍や名前を記載しなければならないとされています。これらの法律をどうクリアしようとしているのでしょうか。

一方、赤ちゃんポストに準じた形で一人戸籍を熊本市に作ってもらう方法も考えられているようです。ポストに置かれた子どもは「棄児」(いわゆる捨て子)として警察や児童相談所に報告されます。児相では親を捜す社会調査をします。それでも見つからない場合、市長が姓名、本籍地を定め、両親の名前は空欄の戸籍を作ります。

病院で生まれ、母親がそこにいる赤ちゃんについて「捨て子を発見しました」と警察に報告して、受理されるのでしょうか。親が分からない子どもがいたら児相は当然、親を捜します。児相や警察、行政とも協議した形跡はほとんどありません。協議したとしても、法律がからむ問題を一自治体で解決できる問題ではありません。

私は、病院の発表をそのまま記事にするだけの報道に疑問に思っています。出生届をどうするのか、子どもの医療費は誰が負担するのか、警察は「捨て子」として受理するのか、などについて突っ込んで聞いた報道はほとんど目にしていません。それどころか、「困った妊婦に手を差し伸べている病院」といった捉え方で、「美しい話」として紹介されている報道も多いです。結局、病院が保護した女性は、自ら育てることを選択したそうです。「育てられない」と思っていても、実際子どもが生まれてみれば「自分で育てたい」という人は多くいます。こうした話も美しい話として報道されていますが、匿名で誰か分からない人の話を、裏も取れないのに病院の発表だけに基づいて報道するのは、「大本営発表」そのままではないでしょうか。

「困った妊婦に手を差し伸べようとしている」病院に対して、私は心から敬意を持っています。ただ、本当に困った妊婦とそのおなかの子どもにとって、匿名で出産することがいい話なのかどうかは疑問に思うところです。保護された女性が「匿名で出産したい」という理由は「親に知られたくない」だったそうです。母親が「(その)親に妊娠を知られたくない」なら、生まれる子どもにとって出自を知る権利がなくてもいい、という話になるのでしょうか。どんな内容であっても、本人の希望を通すことがいいことなのでしょうか。「これは協力しますが、これはできません」という線を引くことも、相談機関には必要なことではないかと思います。

拙著『赤ちゃんポストの真実』(小学館)では、赤ちゃんポストではありませんが、生後すぐに置き去りにされ、親が誰か今も分からない女性の話を書きました。彼女は「私はどうして生まれてきたのだろう。生まれてきて、よかったのかな」と言いました。実親が分からないことは、子どもにとって大変な重荷を背負わせます。その人にとって一生の問題です。「養親に愛されればいいじゃないか」という話ではありません。熊本市が設置した運用状況を検証するための専門部会は、出自を知る権利は「憲法が保障した幸福追求権に当たり、基本的人権だ」としています。親が妊娠を隠したいならば、生まれてくる子どもには基本的人権がなくてもいいのでしょうか。

赤ちゃんポストや内密出産があることで、「出産は隠したいもの、隠しておけるもの」というメッセージになってしまうのではないかと危惧しています。実際、「生まれたら赤ちゃんポストに行けばいい」と考えて、妊婦健診も受けず、一人で出産しようとする人を生み出しています。とても危険なことです。予期せぬ妊娠に悩む人がいることは承知の上ですが、妊娠・出産は悪いことでも恥ずかしいことでもない、親しい人に打ち明けていい、というメッセージこそ必要ではないかと思います。そして母親にどんな背景があっても、どんな事情があっても、子どもを産もうと決意するなら、新しい命の誕生を無条件で祝福します、たとえシングルでも子育てを全力で支援します、というメッセージを発信したいと思います。

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