暴行死疑いの女児が「赤ちゃんポスト」に預けられていた、というニュースに感じるモヤモヤ

三重県で4歳女児に暴行し死なせたとして、母親が逮捕される事件がありました。この女児は生後間もないころ、熊本市の慈恵病院が運営する親が育てられない子どもを預かる「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)に預けられていた、と報道されています。このニュースについて私が感じる「モヤモヤ」について書いてみたいと思います。

事件は既に警察発表を基に実名で報じられており、この記事の中に実名はなくても、特定することは容易にできます。子どもを赤ちゃんポストに預けた母親が特定可能な状態で報じられることは、ポスト16年の歴史の中でも初めてだと思います。

過去には死産だった子どもをポストに置いたとして、母親が死体遺棄容疑で逮捕され、実名報道されたことがありますが、生きている子どもを置いた母親の情報が、実名に等しい状態で報道されたことはありませんでした。私は『赤ちゃんポストの真実』(小学館、2020年)という本の中で、預けた女性に取材した内容を書きましたが、仮名にして、住んでいる都道府県など特定可能な情報には触れていません。

病院が「あの母親は女児をゆりかごに預けていた」と話したことに、私はびっくりしました。なぜかといえば、赤ちゃんポストは「匿名で預かる」というものです。これまで病院は匿名の重要さを訴えてきました。赤ちゃんポストの入り口には「秘密は守ります」と書かれています。しかし、家庭引き取り後に女児が亡くなってしまったら、匿名どころか、赤ちゃんポストに預けたことが日本中に知れ渡ってしまいました。子どもを死なせてしまって逮捕されたら、秘密は守られなくてもいいのでしょうか。相談機関は通常、相談の内容や相談した人の名前などは、本人の同意なく他人に知らせることはしないはずです。

ネットでは、「赤ちゃんポストに子どもを置いた親に、なぜ児相は子どもを帰したのか」と非難する声があふれています。確かに児相の対応は検証されるべきだと思います。

ただ、私はこの母親が赤ちゃんポストに子どもを置いたことについて、今の段階で広く社会に伝えられるべき情報なのか、疑問に思うところもあります。理由の一つは、病院側からの情報だけであり、児相は個別事案には答えておらず、母親本人に聞くこともできないため、完全に「裏が取れた」とは言い難いことがあります。二つ目は「プライバシーだから」です。逮捕された人ならプライバシーを侵害してもいいということにはなりません。

日本新聞協会がまとめた「実名と報道」で、プライバシーについて過去の判例からこんなことが書かれています。「一般人の感受性を基準にして、当該私人の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められる事柄であること。言い換えれば、一般人の感覚を基準として、公開されることによって心理的な負担、不安を覚えるであろうと認められる事柄であること」

プライバシーの領域にあると考えられる情報として、「前科・前歴・非行歴」などを挙げています。赤ちゃんポストに預けることは前科や前歴、非行歴ではありませんが、過去の情報は慎重に対応する必要があるのではないかと思います。母親にとっては「公開されることによって心理的な負担、不安を覚える」ことなのではないでしょうか。

しかも、まだ逮捕された段階で、起訴もされていません。裁判も始まっていません。推定無罪の原則もあり、この母親が有罪になるかどうかもわかりません。この段階でプライバシーに関する報道をするのは、私だったら躊躇します。4年前に預けたことと今回の事件にどんな因果関係があるのか、わかってもいないのです。

「赤ちゃんポストに預けていたことがわかった」ことによって、母親に帰した児相に対する非難が強くなっているような気がします。「育てられなければ預かります」という赤ちゃんポストも、子どもが預けられれば結局は児相が対応せざるを得ません。児相からすれば、対応を丸投げされた上に何かあれば一方的に責められるのは、たまったものではないでしょう。

この母子に何が必要だったのか。
子どもを匿名で置いて行ける場所だったのか。
別の親と特別養子縁組することだったのか。
母子を引き離すことだったのか。

答えはわかりません。児相を責めて済む話ではないと思います。



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