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吾輩は、ACである。特に問題は無い。㊵

こんばんは、宮坂 澪(みやさか れい)です。
この連載、今日で40回目になりました。noteを始めた頃は毎日投稿していたんですが、近頃では週に一回投稿できれば「まあいいか」といったところ。書き始めた頃は何だかんだ、元気だったんですね。
という事で、よろしくお願いします。

前回に引き続き、霊に関する話をしようかと思っているんですが。
まずは、読者の皆さんに聞いてみたいのです。「あなたは、いわゆる霊感商法をしている人は、人を騙そうと思ってやっていると考えますか」と。
いかがでしょうか。

今からかなり気分の悪い話をするので、霊的なものを語る文章を見たらPTSDの症状等が出る方は、ここで読むのをやめてください。よろしくお願いします。

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私の経験から言えるのは、霊的な存在を「見た」人というのは、自分が霊感商法のカモになっているとか、霊感商法をしていると、思っていないという事です。それはどういう状況なのかといえば、霊や天使を「見た」人というのは、その体験が「本当に見えたものであり、事実である」と思っているうちは、なんというか、(こんな表現をすると怒る人がいるだろうけど)救いようが無いのです。

今からお話するのは、極めて個人的な視点で語る事なのです。読む人にとっては、受け入れがたい内容かもしれないです。ですが、これが当事者としての意見なので、語る事にします。

「霊を本当に信じて」いる人の世界観がいったいどうなっているのか知る事で、霊感商法被害、もしくは加害への対策を講じる一助になれば幸いです。

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私が統一教会の文鮮明氏をメシアだと確信して帰依(信仰)するようになったきっかけは、夢だったのです。

元々は母が立正佼成会の信者で、私もたまに佼成会の道場に行ったり、子供の修練会に参加したりしていたんですが。

いつだったか、所属していた地域の支部長さんがこっそり、別の宗教に勉強しに行っているという噂が聞こえてきてですね。
それで、その宗教の青年たちに関して「佼成会は仏教霊界で(霊的に)低いけど、あの人たちは霊的に高い」という事が言われていたのです。
だけど支部長さんは、その団体がどこなのか、一部の会員にしか教えていなかったのでした。そういう時期に私は、夢を見るようになったのでした。

それは夢と言っても、眠ろうとすると見えるもので、何を言っているのか分からない男性の声が聞こえるし、目を閉じても開けていてもその人が見えるので逃げようが無く、当時小学校の四年生くらいだった私は眠れなくなってしまったのでした。それは一週間近く続きました。

母親から「何が見えるの、何て言ってるの」と聞かれ「冠を被った男の人が見える。白い人で、何を言ってるのかは分からない」「大きな月が話しかけてくる」と答えました。

困った母は、近所に住む佼成会の知人に相談をしました。父は当時、娘は精神病になったんだと思ったのだそうです。
なぜかというと、私の10歳年上の父方のいとこが「幻覚・幻聴」の病気になっていたからです。こういう病気が遺伝するというのは、今ではよく知られている事なのですが、私が子供の頃は、周りの大人たちによれば「あれは因縁(いんねん)病だ」というように言われていたのです。ようはどっちみち、私の症状は父方の血統のせいだという話になったのでした。

なおかつ、父方の祖母の姉はいわゆる霊媒師で、神社の巫女をしながら「失せもの探し占い」でひと財産を築き、家を建てたような人でした。
そんな父方の家系の特徴もあって、両親は私を「病院に連れて行くか」「宗教の人に相談するか」話し合ったそうです。

結局、父は母の意見に折れたのでした。子供を精神病院に連れて行くのはかわいそう、という母の強い意向があったのだと、後で聞きました。

当時の田舎の精神病院は閉鎖病棟で、病人はそこに入ったらずっと、社会から隔離されていた時代でした。(いとこはそこに十代の終わり頃から入ったり出たりしていました)

それで、母の話を聞いた佼成会の知人は驚いて、前述した支部長さんにその事を報告したのだそうです。そしてその後私は母と共に「天地正教(統一教会の関係団体)」に連れていかれ、弥勒菩薩像と、文鮮明氏の写真を見せられたのでした。

弥勒菩薩を見た時、私は衝撃を受けたのです。
それは、冠を被った、白い仏像でした。そして、文鮮明氏もまた王冠を被っていて、白装束を着ていました。文氏はアメリカでは「ムーン」と呼ばれているという事を、しばらく経ってから知りました。それで、夢で月が話しかけてきたのは文氏の事だったんだ、と思ったのでした。

通常、「メシアが明かされる(文鮮明氏が救世主であると教えられる)」のは、修練会だとかセミナーを受けた後だという事でしたが、私の夢の話を聞いた佼成会の知人が驚いて、そういう流れになったのです。

そんなわけで私はその日から「天地正教」のお経を家で唱える事になり、結果、夢を見る事は無くなって、眠れるようになったのでした。

といういきさつがあり、私はいわゆる「統一教会の原理講論(経典)」を知って入信したのではなく、自分が見たものを信じた、という信仰の状況があったのです。それだけに、メシアが言う事は正しいと思い込む態度というのは、そのうち母親すら呆れるような状態になり、19歳になると家を出て、同じ区域の信者の家に下宿人の立場で、居候生活をするに至ったのでした。

小学生の頃の私はなぜ、自分が精神を病んだのではなく、予知夢を見たのだという解釈を選んだのか。それは、いとこのようになるのが怖かったからです。私は恐怖から、霊能者のふりをして娑婆(しゃば)で生活する道を選んだのです。(そうでなければ閉鎖病棟で生きる事になるかもしれないという恐怖があった)

私の「信仰」の根底にあったのは恐怖であったために、後に、脱会する事になったというのはまた次回のお話。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
私の体験を語るにあたっては、元・オウム真理教信者、上祐史浩氏のインタビュー動画を観て色々思う所があり、語る事にしたという事情を記しておきます。動画はこちら↓

https://youtu.be/06aJKk4dXA8(街録ch・【前編】元オウム真理教 上祐史浩/早稲田大学院からJAXA内定も麻原と出会い教団幹部に)
https://youtu.be/OW9eZetsRc0(あわせたい2人_水道橋博士×上祐史浩_街録chスピンオフ)

上祐氏の生々しい体験談(上祐氏の入信の過程、教団が起こした事件・その後の解散・教祖逮捕後、残された信者の身の振り方などの問題)と、統一教会の現状がどうにも、重なるところが多いのではないかと感じたのです。それで、ここに紹介させていただきました。

統一教会問題で苦しんでいる当事者、そしてあらゆる宗教二世問題の当事者が一日も早く、苦しみから解放されるために、私のような失敗者の歩いた道が、何らかの役に立てば幸いです。

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