優生保護法・堕胎罪と反出生主義

反出生主義は女性の権利侵害という議論を目にしました。
女性の『妊娠・中絶』に対して干渉する思想である以上、その指摘は逃れられないものです。

ここでは母体保護法・堕胎罪を用いて、フェミニズムの視点から「反出生主義と女性の権利」について話していきます。自分用の忘備録みたいなものですが、役に立てばと思います。

Twitterで沸き立った議論のひとつに「反出生主義は女性の産む権利を侵害する。」

「産む権利は十分認められているが、産まない権利は認められてない。今、産む権利を主張する必要はない。」
というものがありました。

Twitterの議論を見ていると、産む権利・産まない権利の話をしている人と、子供を作る権利・作らない権利の話をしている人がいます。

どちらも女性の貧困や家父長制という課題は同じですが、詳細な問題点を考えていきたいと思います。

まず、子供を作る権利について考えていきます。本当に子供を作る権利は認められているのでしょうか。

旧優生保護法を巡った裁判を参照すると、輪郭が見えてきます。

・優生保護法

旧優生保護法とは、優生思想に基づいた人工妊娠中絶に関する法律で、1996年に廃止されています。

現在は内容が変わっていますが、当時の旧優生保護法第1条には「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」とありました。

語弊を恐れずに言うと、障害者は不良な子供を産むので、産ませないようにしようという差別的な法律です。(中絶の権利とも関わる法律ですが、ここでは言及しません。)

この旧優生保護法の元、政府は障害を持っていると判断した国民に対し、強制的に不妊手術を行っていました。
10代の時に強制不妊手術を受けたとする女性が、「性と生殖に関する権利」の侵害を理由に国を提訴しています。

・子供を作る権利を求めた裁判

結果、強制不妊手術は「憲法13条(幸福追求権)に違反している」と判決されました。
「子を産み育てる意思を有していた者にとってその幸福の可能性を一方的に奪い去り、個人の尊厳を踏みにじるもの」としています。

障害者に限らず、子供を作る意思のあるものに対し強制的に不妊手術をする事は、子供を持ちたいという幸福追求権の侵害だ、と認めた判決だと思っています。

この事から、この日本において、憲法13条を元に子供を作る権利は認められていると判断します。

そもそも国が少子化対策に税金を投入している時点で、出生主義国家です。子供を作る権利が十分すぎるほど認められていると言えるでしょう。

・子供を作らない権利

子供を作らない生き方を選択したことで罰せられる法律は存在しません。一般人には子供を作らない選択の余地があります。

しかし、天皇制が存在するこの日本において、子供を作らない権利が十分に認められているとは言えないでしょう。

下で詳しく触れますが、戦時下に政府は富国強兵の名のもとに、女性から高等教育を奪う・母性教育を行う・仕事を奪う などをして、子供を作らせるよう誘導しました。生きる術として子供を作らなければならない状態は、自由意志で選択できたとは言えません。

未だ子供を作らない選択をした女性に対する社会的な抑圧は存在します。
(麻生太郎の「子供を産まない女が問題」発言だけで、想像に難くないはずです)

また、パイプカットをするには結婚して子供を作っている必要がある・妊娠が母体の健康を損なう場合に限られている(母体保護法第3条を参照)など、子供を作らないで生きる自由は制限されています。

子供を作らない権利は、フェミニズムが勝ち取ったものですが(優生思想やGHQのおかげでもあります。)、まだ戦う必要のある部分でしょう。特に天皇制と戦う事になります。天皇制は「子供を作らない権利」を強く侵害しています。

反出生主義者がその社会の実現を望むのなら、まず取り組むべきは母体保護法改正・堕胎罪廃止と考えています。堕胎罪の廃止、母体保護法改正はフェミニズムとも対立しにくいです。

・産む権利について

女性が自由意志で、(既に作られた)子供を産むことが出来ているのかどうかについては、インドと中国の中絶問題から読みといていきます。

インドは憲法で中絶を禁止していますが、産まれてくる男女の数が圧倒的に違います。
2011年のインドの国勢調査では、六歳以下の男女の数に700万人も差があるとしています。
当然男児より女児の方が700万人少ないのですが、自然に産んでいればこんな数字にはなりません。危惧した政府は性別検査を違法化しましたが、水面下で中絶が行われています。

また、中国では一人っ子政策(1979〜2015)の中で市民が男児を欲しがり、女児を大量に中絶したため、2016年の人口データでは女性よりも男性が3300万人余り多くなっています。
産んでから殺された可能性も含めると、この結果が全て中絶によるものとは言えませんが、一人っ子政策下の中絶件数はそれまでと比べ大幅に増加しています。そのことから、大部分は中絶によって調整されたものと見ています。(中国も中絶は違法です。)

この現象は、子宮の使用権が女にない事を示しています。自分の子供を自由に出産する権利が女性にはなく、他者によって中絶を迫られています。

日本では、戦時中に「産めよ増やせよ」で有名な人口増加政策を行いました。国立の結婚相談所が設置され、女性から学問や仕事を奪い、避妊や堕胎を禁止する議論がされました。産まざるを得なくなった女たちは大量に出産し、一家に5児が当たり前の社会が作られました。また、高齢であっても出産を強要されたため、死亡率も上がっています。戦時中は高齢出産も多いです。

その後、戦争が終わり人口増加を危惧した政府は人口抑制政策に乗り出しました。
しかし、優生思想の根強い政権は避妊方法の普及には保守的でした。(詳しくは古屋芳雄で調べてください。)
1948年に旧優生保護法が制定され、中絶の規制を緩和したため、人口増加は抑制されました。
制定当時の1949年の24万件から徐々に増えていき、手続きを簡略化した1953年には110万件を超えています。
日本は避妊ではなく中絶によって人口抑制を成功させました。中絶の緩和は、癒着していた医師団体の利益になるため制定されたという見方もあります。

以上から、女性に子供を産む権利があるとは言いきれないと感じます。
ベネターは中絶を推奨しており、女性の子宮を外部が制限・緩和してきたという歴史から、フェミニスト内で反発を覚える人が出てくるのも頷けます。

・産まない権利について

結論から言うと、十分に認められているとは言えないと考えます。産まない権利については、現行法の母体保護法、堕胎罪を例に読み解いていきます。

・母体保護法とは

旧優生保護法を元に作られた法律で、現在も続いています。
日本では現在も刑法堕胎罪で中絶が禁止されていて、中絶をすると一年以下の懲役が課せられます。また、堕胎手術をした医師も罪に問われます。尚、妊娠させた男性は罪に問われません。その点で大きく問題視されている法律です。

でも、中絶をしても捕まってない人がいます。そこに出てくるのが「母体保護法」です。

出産をすると母体に危険が及ぶ場合や、経済的に出産が困難など、母体保護法が適用される場合は中絶が罪に問われません。
また、中絶には「相手男性の同意書」が必要です。これがないと中絶はできません。しかし、相手が不明な場合や意思表示が不可能な場合は同意書がなくても中絶できます。

女性が自由に子供を堕ろす権利は、現在の日本にはありません。政府の指定した条件に適用されない中絶は罪に問われます。
これは子宮の使用権が法律に握られていることを意味します。
堕胎罪がある限り、中絶の権利が十分に認められているとは言い難いでしょう。

また、1972年には優生保護法の改正案が出され、中絶を事実上完全に違法化しようという動きもありました。その動きはウーマン・リブによって阻止されています。

海外の話になりますが、2019年上旬、アラバマ州で人工妊娠中絶を禁止する法律が新たに成立しました。
「産まない権利」は、現代でもフェミニストが監視の目を緩めると剥奪される、非常に危うい存在です。

このことから、子供を産まない権利は認められてないとします。

・産む権利・産まない権利を求める人達の見ている場所

冒頭の「産む権利は十分認められているが、産まない権利が認められてない。今、産む権利を主張する必要はない。」について考えていきます。

現状、産む権利が認められているとは言い難いので、産む権利を求めるのはフェミニズムの役割だと感じます。
子宮の使用権を取り戻す考えのひとつです。

しかし、戦時下、日本で工場労働者の女性から仕事が奪われたのは『多産報国』のためです。子供を多く産むことが女の勤めで、女体が兵力を増やす資源として扱われました。
現在、少子高齢社会を危惧した政府は中絶・避妊方法の制限を維持していると感じます。数十年遅れた掻把法を用いて中絶を行っていること、問題点だらけの母体保護法を放置していること、あまりに遅いピルの認可、産婦人科に行かないと貰えないアフターピルなどは、避妊方法・中絶抑制によって多産報国を望んだ戦時中の傾向と似ていて、人口増加政策の一環として見ています。

その中で産む権利を求めてしまうのが家父長制の強化に繋がるという意見には、納得できます。
家父長制の推進に繋がらないような「産む権利の推進」はおそらく存在するので、模索していきたいです。産む権利というよりは、子宮の使用権に重視すべきだと感じています。

「反出生主義は女性の産む権利を侵害する。」

倫理的観点からの反出生主義は子宮の使用権を女性から「まだ産まれていない人間」に与えるものなので、反出生主義のロジック(非対称性など)を使用した「産まない権利」の推進には懐疑的です。主体が女性ではありません。

子宮の使用権を取り戻すという意味での「産む権利」を侵害すると見ています。
しかし、反出生主義(ベネター・ショーペンハウアー由来のもの)は、子宮の使用権を奪うと同時に、男性器の使用権も奪います。

「産む権利」と同様に「作る権利」も認めません。

人類滅亡の結果として家父長制も消えますし、子供が産まれなければ家父長制の再生産は起こりません。これに同意するかはフェミニストかどうかより、個々の出生観によるものです。

以上です。子供を作る・作らない権利の部分がかなり甘いので、補足してくれる方がいるとありがたいです。
そして、素人なので鵜呑みにはしないでください。おそらく間違っている部分があります。

旧優生保護法、人口政策、反出生主義について議論する際は、このブログではなく下記の本を参考にすることをオススメします。

参考にしたもの

科学の女性差別とたたかう(アンジェラ・サイニー)

中絶と避妊の政治学(ティアナ・ノーグレン)

現代思想 2018年7月号 特集 性暴力・セクハラ

現代思想 2019年11月号 特集 反出生主義を考える

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