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やっと抜け出せた。

そんな心境である。
思い返せばこの5ヶ月、自由などほとんどないに等しかった。
いや、予定していた旅行などは強行したのだが、
それでも毎日朝まで作業のしどおしだった。

しかし、ようやくこの毎日から解放されるときがきたのだ。
やっと抜け出せる。

introduction

暦のうえではとっくに秋なのに、連日暑くて日も長い、
そんなある日のこと。

――今日こそ、旅行の用意をしないと!明日発つのに間に合わない!!

と思っていたのだが。

「ちょっ、これ頼むわ~」
のんきに声をかけてくる上司。

「企画書できた。明日っから、例のプロジェクトも始めるからよ。
間に合うように段取りよろしく」
そう言いながら、企画書を置いていく。

中には、うちの会社が仕事を依頼している中小企業名や
フリーランスたちの名前がビッシリ書かれている。

「そこに書かれた全員にコンタクトとって、仕事頼んどけよ」
「はぁ!?明日まで!?これ全部!?」

イスから立ち上がって凝視するわたしを避けるように、
用件を伝えた上司はサッと消えた。
わたしが思わず声をあげたのも無理はない。
なぜなら、そのプロジェクトを開始するのは
わたしが旅行から戻ってからだと、この上司自身が言っていたのだ。

この男は、人の話を何も聞いていないのだろうか。
あるいは、自分の言葉すら忘れる鳥頭なのか。
おそらく両方なのだろう。
こちらにしてみれば完全に「嫌がらせ」としか思えない。

――こっちは明日、飛行機に乗るんだぞ。あんだけ言っといただろうが。

他人と話すときはそれなりの言葉を使うが、
腹が立つと男言葉になってしまう。

『すみませんけど、〇月の✕日から4日間は旅行でいませんから。
休みですから!』

わたしは中途入社なのだが、
旅行は以前から決まっていたことで、
採用された当初からずっと念を押していた。

そのため、旅行前日までにさまざまな業務を片づけ、
休日明けに多少仕事が溜まってもいいように
していたというのに!
何のために毎日徹夜までしたと思っているのか。

しかも今はもう17時。
つまり、残業してでもひととおりの段取りを済ませておけと
いっているようなものなのだ。

とはいえ、今日ばかりはある程度の時間になったら帰らなければならない。
連日異常な量の仕事を押しつけられていたので、
今の今まで旅行の準備が一切できなかったのだから。

――えっと?明日、何時の便だったっけ?何時に出たらいいんだっけ?

この職場に入ってからというもの、
あまりに仕事環境が変わりすぎて猛烈に忙しくなり、
プライベートの予定を確認するヒマもないほどだった。

ない頭を絞って帰宅時間を逆算して、
とりあえず大慌てで優先事項を片づける。
そして一応最低限の、求められたことだけは終わらせた。

この作業の救いは、テレアポでなくメールで済ませられることだ。
相手にしたって、ゆったりした夜を
クライアントとの電話で壊されたくないだろう。

――なんとか、0時前には帰れそうだな、よかった。

家に帰ると、旅行中に趣味のサイトを更新するつもりで
スーツケースにノートパソコンもしまい込んだ。
もしかしたら、会社から急を要するメールが来るかもしれないし。

航空券やホテルの予約事項をプリントアウトした紙など、
必要なものが入っているかチェックして眠りについた。

しかし、今にして思えば、ヘンに気を回してパソコンなんぞを
持っていかなければよかったのだった……

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※これはフィクションです。たぶん。

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