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ネットからリアルへ

薄暗いアパートの一室で、トモヤはパソコンの画面に釘付けになっていた。指がキーボードの上を高速で動き、彼は必死にコメント欄の一番上を目指していた。

「くそっ、また負けた・・・」と彼はつぶやいた。

何ヶ月も前から、トモヤはオンライン掲示板で1コメを取ることに執着していた。現実世界では冴えないサラリーマンとして日々を過ごし、会社では目立たない存在だった。しかし、ネット上では「一番」になることで、彼は自分の存在意義を感じることができた。

だが、最近になって1コメを取ることもままならなくなっていた。ライバルたちが次々と現れ、トモヤの優位性は揺らいでいた。焦りと苛立ちが募る日々が続いていた。

そんなある日、トモヤはいつも通り掲示板を眺めていると、見知らぬユーザーからのメッセージが目に入った。

「1コメを取ることにそこまでこだわるのはなぜですか?」

トモヤはためらったが、自分の気持ちを打ち明けた。

「現実では自分は取るに足らない存在です。でも、ネットで1コメを取れば、自分は誰よりも優れていると思えます」

「でも、それは一時的な優越感にすぎませんよ」とユーザーは言った。「本当の自己価値は、他者との比較ではなく、自分の努力に基づいて築かれるものです」

トモヤはユーザーの言葉に衝撃を受けた。彼はいつも1コメを取ることにしか目が向いておらず、自分の本当の姿を見失っていたことに気づいた。

それからトモヤは、1コメを取ることに固執することをやめた。代わりに、自分の強みや興味を伸ばすことに力を注ぐことにした。最初は戸惑いもあったが、次第に充実感を感じるようになっていった。

会社では、これまで発言する機会が少なかったトモヤが、積極的に意見を言うようになった。最初は緊張したが、回を重ねるごとに慣れていった。ある日、重要なプレゼンの機会が巡ってきた。最初は不安だったが、これまで積み重ねてきた経験が支えとなり、堂々とプレゼンを行うことができた。プレゼンは成功し、トモヤは周囲から称賛を浴びた。

また、趣味のギターにも熱中するようになった。彼はギター教室に通い、練習を重ねた。ある日、ギターコンテストに出場した。結果は入賞には至らなかったものの、自分の演奏に手応えを感じることができた。さらに、練習を積み重ねることで、着実に上達している実感があった。

さらに、新しい友人を作るために、趣味のコミュニティに参加したり、ボランティア活動を始めたりした。最初はぎこちなかったが、次第に周囲の人たちと打ち解けることができるようになった。

そんなある日、トモヤは偶然にも掲示板で1コメを取ることができた。しかし、以前のような喜びはなかった。彼は自分の価値が1コメを取ったことではなく、自分の努力と成長にあることを悟っていた。

それ以来、トモヤはネット上の「一番」ではなく、現実世界での「自分」に自信を持つようになった。1コメを取ることに執着していた日々は遠い過去のものとなった。彼は、たとえネット上では「一番」になれなくても、現実世界で自分らしく生きることが本当の自己価値につながることを知ったのだった。

トモヤは、パソコンの電源を落として窓辺に立った。薄暗い部屋に差し込むわずかな光が、彼の穏やかな表情を照らしていた。

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