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こんな顔を見せるのは 【群青日和 #34】

【試合結果】
5/11(土) 阪神タイガース
◯11-9
[勝]山﨑
[敗]岩崎
[S]森原

◇ ◇ ◇

大さん橋方面から日本大通りに向かって、被っていたキャップのつばごと持っていかれそうなくらい強い風が吹き抜ける。
雲ひとつない空、なんてよくある表現だけれど今日は風が強くて雲がひとつも留まれない、の方が近いかな。
吹き渡ってくる風は誰の言うことも聞かないし、誰の味方でもない。

海の向こうから吹いてきた風がどこへ向かっていくのか、バットから弾き返されたボールがどこまで飛ぶのか、それは誰も知らない。
そんな不確実なことばかりの『野球』というスポーツで、せめて何か一つでも確かなものがあって欲しいと思うのは、気楽なファンのワガママだろうか。

◇ ◇ ◇

カァン!とよく響く高い音がして、ああこれは絶対にいったなあ、と思ってからたっぷり体感3秒はあった。
午前中に感じた海から渡ってくる風は今もマウンドからバックスクリーン方向に吹いていて、近本が弾き返したボールを高く高く舞い上げてライトスタンドまで軽々と運んでいく。
塁上の梅野、木浪、伊藤将司が次々にゆっくり帰ってくる。
近本はこれがプロ初の満塁弾、とのこと。意外。

ファインダーの向こうに居る中川颯の眉がきゅっと寄っている。
グラブで口元を隠しているので、表情の全てを窺い知ることはできない。

ちょっとおどけた顔をして、牧秀悟がすっと近寄る。
カンフーバットが打ち鳴らされ、お祭り騒ぎの三塁側からは当然何を話しているかなんて聞き取れるはずもなく。
その後二人の打者を相手にし、3つ目のアウトを取り切って中川颯はマウンドを降りた。

3回表が終わった時点で72球、9失点。
4回からは継投に入り、左腕リリーバーの坂本裕哉にマウンドを託した。
炎上といっても差し支えないビハインド展開になってしまったけど、中川颯はすぐにベンチの最前列左端で身を乗り出して声を出し、仲間達を励ます。
その傍らには筒香をはじめとするチームメイトが入れ代わり立ち代わり寄り添っているのが、スタンドに居る私からもよく見えた。

◇ ◇ ◇

8回表。
4番手の山﨑康晃はひとつアウトの赤いランプを灯した後、前川から安打を浴び、その後大山に直球を当ててしまいドゴッと鈍い音がグラウンドに響く。
怒号、叫び、その他諸々がたちまち四方八方から飛ぶと、スタジアム内が一時異様な雰囲気に包まれる。山﨑が心底申し訳なさそうに帽子を脱いで謝罪し一歩二歩近寄ると、大山はそっと手で制して「大丈夫だ」とアピールし一塁へ向かっていく。

そのタイミングで、牧秀悟がセカンドの定位置から歩み寄る。
3回表の時とはまた違った表情で、山﨑に何か語りかけているようだ。

その後5番・佐藤輝明を打席に迎えて3球目、彼の代名詞でもあるツーシームをアウトコースいっぱいに投げ切ると、バッテリーの注文通りに4-6-3のダブルプレー。山崎康晃は一気に3つの赤いランプを灯し、マウンドを降りた。

◇ ◇ ◇

坂本、三嶋、徳山、山﨑が8回表まで無失点リレーを繋いでマウンドを降りた後、リリーバー達は自然と中川颯の近くで声を掛けたり、そっと寄り添ったりしていた。
そして8回裏、蝦名の放ったツーランホームランで同点に追いついた時。
ベンチの端では三嶋が中川颯とグータッチを交わし、優しく笑いかけるのを見た。

息つく間もなく筒香の一打で勝ち越し、牧の一打でさらに追い討ちをかける。
どんな映画よりも劇的な展開の中、三塁側からずっと彼らを見ていて、気付いた。

今のベイスターズは、誰一人として独りにはしないんだ。
グラウンドでも、ベンチの中でも。
スタメンも途中出場も、1年目も10年目も、生え抜きも外様も関係無く、9回裏まで皆が顔を上げて、勝って笑い合うために。

野球は、誰か一人のせいで負けるスポーツじゃない。
誰か一人の力だけで勝てるスポーツでもない。

横浜スタジアムを吹き抜ける風は、いつどの向きに吹いているか、そしてどちらの味方をするのかも分からない。バッターが弾き返したボールの行く先は、誰にも分からない。
野球ってスポーツは、とことん不確実なことばかりで満たされている。

ただ、今日私が見た横浜DeNAベイスターズというチームは、わずかな可能性を手繰り寄せるために、グラウンドに居た全員が誰も置いていかずに同じ方向を向いていた。

それだけは、確かなことだと言いたい。

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