2019有馬記念振り返り


アーモンドアイの敗因をメインに、2019有馬記念を振り返ってみましょう。リスグラシューとアーモンドアイは実に好対照の結果となりましたが、この2頭の個別ラップを見れば勝者・敗者の違いが端的に浮かび上がってきます。リスグラシューとアーモンドアイの着差は約1.85秒。先日Tweetしたアーモンドアイのラスト1Fは13.3としましたが、実際のところ13.25程度であり、アーモンドアイの公式入線タイムに合わすため今回はラスト1Fを13.2としました。

有馬記念1

1周目のホームストレッチでアーモンドアイはグングン上がっていきましたが、ペースが緩んだところを押し上げたわけではなく、自ら飛ばして位置取りを前にしたのがわかるかと思います。残り2000m地点は4コーナーを回り切る直前。ここからガツンとペースアップしたことにより、余力を大きく削ってしまったのが大敗の主要因になりますが、このペースアップがどの程度の物なのかを考えるため、アーモンドアイが勝った2018ジャパンカップをベースに、馬場差で補正した前半1000mの値を見ていただきましょう。今回の有馬記念での前半1000m実測値はアーモンドアイで60.6、リスグラシューで60.8となります。また、今年の宝塚記念におけるリスグラシューの補正値も合せてご覧ください。

有馬記念2

中山内回り2500m戦は前半200~500mがコーナー区間。スタートダッシュ後のスピードがピークを迎えそうな頃にコーナーを走る形になるため、リスグラシューのように序盤からペースが上がらずに推移するのが通常スタイル。また、直線となる前半500mから若干ペースが上がるケースもしばしばありますが、それにしてもアーモンドアイのラップ推移は異常とも言える内容。いかにも掛かって行ってしまったという形になりました。その異常さは完歩ピッチの推移を見れば一目瞭然となります。

有馬記念3

大レコード勝ちとなった2018ジャパンカップにおけるアーモンドアイの前半800mまでの完歩ピッチの推移は実に滑らか。2コーナーを回り切るまで見事なほどのロスのない前半の入りとなり、その後の1600mを1:32.1という猛ラップで走り切る原動力となったわけですが、一方、今回の有馬記念はギクシャク感が極まっているかのような走りのリズムとなりました。前半600~700m区間の平均完歩ピッチは0.421秒/完歩。この値は通常アーモンドアイが初動スパート時に見せるほどのピッチであり、2018ジャパンカップでのラストスパートのピーク時となった残り300~200m区間と同等の値。レース途中でここまでピッチを上げる展開になってしまうと、余力の削られ方は甚大だったかと思われます。また、1コーナー、前半900m辺りから1F12秒3~4程度にペースが落ち着いた後も、馬群の外を回ったせいか行きたがっている様子で、きっちり折り合っているとはいえない状態。脚が溜まる余地もほとんどなかったように思われます。

2番手から完勝した2018ジャパンカップ以降、1F11秒台で追走するレースばかりを経験していたアーモンドアイ。中盤で1F12秒台までペースを落としたところで余力を溜め込めるタイプではないのは、末脚が今一つの印象となったオークスでもある意味実証済みでした。ちなみにこの有馬記念の勝ちタイムは1F平均12.04。このラップをベースにするとマイル戦での1F平均は11.50程度。2500m戦とマイル戦は1Fで0.5秒ほどペースが異なるカテゴリーの違いがあり、どの辺りのペースで能力を発揮しやすいかの違いが距離適性とも考えられるわけです。アーモンドアイはスタート時のアクシデントで後方からの競馬となった安田記念で、超高速馬場とはいえ遅くとも1F11.5で楽に追走しており、ドンピシャかどうかはさておきマイル戦への適性力は十分あるはずで、この手のタイプの馬は長距離を主戦場としている馬たちに比べ、ペースを緩めた際における余力の保ち方のマージンが少ない傾向にあります。ラップ推移の観点からしても、今回は非常によろしくないペース配分となったのは間違いないところでしょう。

リスグラシューは宝塚記念とは違い位置を取りに行かない序盤の走り。1周目のホームストレッチでは若干ペースが上がり気味になったところがありましたが、ペースの上げ下げは少なく前半1000mを補正値で宝塚記念より0.3秒遅いペースで走破。アーモンドアイとは段違いにスムーズな追走状態を築けたのが伺えます。また、末脚の驚異的な爆発力は、上位4頭およびアーモンドアイの後半1000mにおける平均完歩ピッチの比較でも明らかに示されます。

有馬記念4

リスグラシュー1頭だけ、ラストスパート時のピッチのピークがゴール寄りに大きくズレています。最後方で脚を溜めていたワールドプレミアでさえピッチのピークは残り400~300m区間であり、リスグラシュー以外の馬たちは4コーナー回り切る前の段階で、既に全開走行に入っていました。そんな中、4コーナーを回ってからピッチをグンと引き上げたリスグラシューがラスト1Fだけで後続に5馬身も差を付けてしまうのは当然の事象。馬の能力もさることながら、ラストスパートまでに余力をきっちり溜め込む走りをさせた鞍上レーン騎手の技量も見事なモノでした。

さて、前述のようなアーモンドアイの序盤の非効率な走りの背景には何が関係したのか、レース映像のスクリーンショットを見ながらもう少し詳しく考えてみたいと思います。

有馬記念スクショ1

レースラップ19.01地点はリスグラシューとアーモンドアイの前半300m通過時。2列目には5頭分外を通るヴェロックス(オレンジ丸印)の姿が見えます。その後ろにはフィエールマン(赤点線丸印)がいて、その直後にアーモンドアイ(黄丸印)、そしてサートゥルナーリア(黄点線丸印)が更に後ろに構えています。一方、最内にはリスグラシュー(赤丸印)が陣取り、リスグラシューとアーモンドアイの間にはポッカリとスペースが生まれています。前述の前半1000mにおける完歩ピッチの値にように、アーモンドアイはゲートを出てから位置を取りに行っていません。距離を意識してゆっくりダッシュさせていたとは思うものの、それ以上にレース終盤の勝負処で差し切れる位置に持って行かないとマズい、という意識があったとしたら、リスグラシューのように内で脚を溜めるという選択肢はなく、いつでも動けるような外目に意識があるラインを走らせていたように感じます。

有馬記念スクショ2

レースラップ23.99地点は前半400m辺り。ヴェロックスが「このペースのまま、外を通り続けるわけにはいかん」といった感じでスピードを落とし、内に進路を求め始めました。その減速のあおりを受け真後ろにいたフィエールマンが頭を上げるシーンがあり、当然フィエールマンの直後にいるアーモンドアイにも影響が及びます。レース後、アーモンドアイ陣営から「フィエールマンがフラフラして外に出したら・・・」といったコメントがありましたが、それはココを基点とする事象のことでしょう。そのコメントを額面通りに受け取るとフィエールマンが悪者扱いされてしまいますが、そうではなくあくまでも玉突きによる影響に過ぎません。

有馬記念スクショ3

レースラップ26.15地点。フィエールマンは何とか抑え込むことに成功しましたが、アーモンドアイは抑え切れない様子。依然として最内リスグラシューとの間にスペースがありますが、馬の首が外を向いたこの瞬間が、ルメール騎手が外に進路を求めたタイミングとなります。

有馬記念スクショ4

レースラップ30.53地点。アーモンドアイはコーナーで外に膨らんだ分、距離ロスとなり再度フィエールマンの真後ろに位置していますが、スピードは乗り始めている状態。また、先程まであった最内リスグラシューとの間のスペースには、サートゥルナーリアが進出しようとしています。アーモンドアイが外に向かったタイミングに合せて動く光景はさすが抜け目のないスミヨン騎手といったところ。

有馬記念スクショ5

レースラップ32.86地点。この時点で既にアーモンドアイは初動スパートといえるほどピッチを上げていました。ルメール騎手はさすがに「マズい」と感じていたと思います。再度、馬の後ろにいれて何とかなだめられないものか、と考えたのか、アーモンドアイの首を内に向けていますが、すぐ内には既にサートゥルナーリアが居座っています。しかもアーモンドアイに対してあたかも牽制するかのように、スミヨン騎手は馬の首を外に向けています。もうこれで、アーモンドアイは馬群の大外を進むしかありません。この時点でアーモンドアイが好走できるチャンスは潰えてしまったと私は考えます。

アーモンドアイは2018ジャパンカップから、2019安田記念を除いて全て好位からレースを進めて勝ってきたわけで、ルメール騎手のレース戦略におけるプライオリティのトップは、前述したように差し切れる位置取りにあったと私は思うのです。ペースや施行距離はあくまでもその次の要素で、どこかで多少脚を使ったとしても、差し届く範囲内でスパート勝負となれば、きっちり勝てるだろうと。一方、リスグラシュー鞍上のレーン騎手は、前走コックスプレートで溜めれば破壊力抜群の末脚を発揮する手応えを十分に感じ取っており、ペースが速くなったのを見てすかさず最内で息を殺して追走することを選択。6番枠発走ということもあり戦前から描いていたレースプランの一つだったと思われます。上記のレースラップ19.01地点、リスグラシューとアーモンドアイとの間に存在していたスペースが、この有馬記念のハイライトシーンだったと私は感じました。

タラレバを言うなら、その時点でリスグラシューに馬体を併せるような位置取りをルメール騎手が選択していれば、リスグラシューと好レースを演じた可能性は十分あっただろうと思います。結果論としては悪手だったと思うものの、チャンピオンホースとしての自負があったからこその、この戦略だったと受け取って良いんじゃないかとも思います。アーモンドアイは残り600m辺りの、本来なら初動スパートとなり得るところでピッチのピークを迎え、その後は地面を蹴る力がもう失せてしまった状態ながらも、残り200mまで懸命に脚を動かし踏ん張ろうとしていました。きっと復活してくれると私は信じています。

最後になりますが、2019年の競馬シーンは久しぶりに迫力あるグレードレースが多かったと感じました。各々の馬、騎手が自らのカラーを前面に出せば、自然と迫力あるレースに繋がるのだと再確認しました。今年2020年もその流れのまま、競馬界がより盛り上がる形に是非なって欲しいと願いますし、私も何かしらお役に立てればと思っております。みなさま、今年もよろしくお願いいたします。


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