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「僕、音楽家にならなくてもいい?」

どんな小さな夢でも、大きな夢でも、それを口にした瞬間に
誰かに応援してもらえたら嬉しい。
反対に、即座に否定されたら悲しい。
そんなこと当たり前ですよね。

でも、世の中には自分の尺度でしか物事を考えられない人が一定数いる。
まるで自分の考えだけが正しいと言わんばかりに、
「それは無理」とか「出来るわけないでしょ」「何言ってるの」等、
反射的に強い否定形で他の人の夢を打ち砕く人に遭遇することがある。


子どもが発する、何気ない夢や希望

私は、作曲をしながら子どもやピアノの先生に教える仕事をしている。
私が『ピアノランド』という楽譜を出版して数年経ったある日、
お母さんと一緒にレッスンに来た1年生の女の子が言った。

「私、大きくなったらピアノの先生になりたい」
それを聞いた瞬間、私はとても嬉しかった。
先生を好き、と言ってもらえたような気がしたし、
このレッスン、この時間を楽しんでいるんだな、
ピアノを好きになっってくれたんだなぁとじわっと感動した。
ピアノを教えていてよかったなぁと心から思った。

『ピアノランド①』の表紙は、「どどどど どーなつ」のドーナツ坊や



丁度『ピアノランド①』の中の「大きくなったら」という曲を練習していて、
自分の「なりたいもの」を伝えたくなったのだと思う。

『ピアノランド①』 おおきくなったら

これは私の作品の中でも発表会などでよく演奏される曲の一つで、
子ども達は自分のなりたい職業を替え歌にして歌ったり、
この曲がきっかけでバレエを習う子もいるらしい。

「わ〜、嬉しいな、〇〇ちゃん、ピアノが好きなのね〜」
と言おうとした瞬間、
お母さんが間髪を入れず発した言葉に驚いた。

「何言ってるの、なれるわけないでしょ。
 音楽で食べていくなんて無理。
 ピアノの先生になるのは大変だし、
 ピアノの先生になっても大変だよ」


たとえそう思っても、
子どもの前で言っていいことと悪いことがある

いや〜、お母さん、
我が娘が語った小さな夢を、即座に全否定するとは!
それに、ピアノの先生の前でそこまで言いますか……。

今の私なら、そこで返す言葉をいくらでも持っている。
「にっこり、ハッキリ、きっぱり」
言いにくいことはその場で伝えよう、と
ピアノの先生方に提案しているし、著書にも書いている(p.69)。

『教える人も習う人も幸せになる ピアノランドメソッドのすべて』音楽之友社


でも、その頃の私は、まだ若かった。
その場でお母さんに言える言葉を見つけられなかった。

その子は気まずそうに私を見た。
何気なく言った自分の夢を、
一番わかって欲しいお母さんに「無理だ」と言われて
ショックを受けているように見えた。
自分の夢を親に否定され、先生の仕事まで否定されて、
自分が言ったことは良かったのか悪かったのか
どうしたらいいのか分からない、という目だった。
ピアノの先生になりたい、と言っただけなのに。

私は咄嗟に「夢を否定されたままじゃいけない!」と思い、
お母さんの方は見ないで(見たくなかった)、
その子の目を見て言った。

「あのね、大きくなって何になるかは、
 大きくなったときに自分で決めればいいの。
 今はまだ小さいから、
 いろんなものになりたいと思っていいんだよ。
 好きなことも変わっていくし、
 その度になりたいものが変わってもいいし、
 〇〇ちゃんが好きなものに、なればいいんだよ」

とにっこり言って、レッスンに戻った。


そのとき、
お母さんに言えばよかったこと

あれから何年経っても、この日のことは忘れられない。
お母さんにとっては、音楽でプロになるのは厳しい道で、
長年投資した割には見返りが少なく、
食べていけるという保証もない仕事だから
我が子にはさせたくない、と
何気なく思っただけなのだろう。

お母さんにとって
ピアノの先生が魅力的な仕事でなくても、
音楽家全般に対してどう思っていたとしても構わない。
しかし、今、自分がしたことは
「娘の夢を打ち砕こうとする、ひどい仕打ちだ」
ということは知っておいてほしい。

別にその子が口にしたのがピアノの先生でなくても、
例えばバレリーナだったとしても
小説家、科学者、宇宙飛行士、花屋さん、ケーキ屋さん、
どんな職業であったとしても、
同じようにその夢を否定してしまうのでしょうか。
そういう言葉を発したら子どもがどう感じるかを
想像できない人が親であるということが、
本当に残念過ぎる、と思った。

その子は、何かになりたい、あれがやってみたい、という度に
無理だ、できない、大変だ、やめた方がいい、という
無慈悲な言葉のシャワーを浴びて生きていくことになるのだろう。
それでも、小さな夢を諦めないで
自分で夢を育てていくことができるのだろうか。

子どもにとって、夢を否定する人が身近にいるというのは
生きていく上でハンディになると思う。

あのとき、私は言葉にできなかったけれど、
もしちゃんと言えていたら、
お母さんは少しでも考えてくれただろうか。
もちろん、明るい声でにっこりと、
〇〇ちゃんを思う気持ちはお母さんと一緒!という前提で。

「あらあらお母さん、
 子どもの夢をいきなり否定しないでくださいね。
 何かになりたい気持ちを否定されたら
 子どもはそれだけで悲しいし、
 あらゆることに対する向上心がなくなっていくんです。
 今は、何にでもなれる、
 なりたいものになれる、
 と自分を信じる力を育てる時期なんです。
 何にでもチャレンジする心、大事ですよね。
 子どもが夢を持つのはいいことですよね?
 お母さんの気に入った夢しか認めないってことはないでしょう?
 まだ就職には早いですよね?
 〇〇ちゃんの夢が何に変わったとしても、
 今はそうなんだなって、
 ニッコリ受け入れてあげましょうよ」と。

夢を否定される環境で育つ
思考回路

自分にとっての「当たり前」は、
育った環境によって大きく左右される。
「そんなのは無理だ」「できるわけがない」と言われて育ったら、
失敗した場合待っているのは
「それ見たことか」「やっぱりできないだろう」
という言葉なのだろう。
呪いの言葉は、呪いの言葉で締めくくられる。
そうして、「やっぱり自分はダメなんだ」と思うようになる。
自分には才能がない、と思い込むこともある。
頑張れる環境が整っていなかっただけなのに。
時折、それでも頑張れるハガネのような心を持った人もいるけれど
なかなかそうはいかない。


その子は、そう長くレッスンが続かなかった。
親が音楽を愛していない、ピアノに関心がない場合、
頑張ったことを褒めてもらえるとか、
今習ってる曲を弾いて聴かせてね!とか
挫けそうなときに励ましてもらえるということがない。
練習しないのなら月謝がもったいない、と言って
あっさりやめさせるケースもある。
ピアノに限らず、だ。

どんな夢も、誰かが関心を持ってくれたり、
褒めてくれたり、応援してくれることで一回り大きくなる。
大人であっても、困難な仕事に立ち向かうときには
周りの心理的な応援の有無はとても大きい。

ましてや子どもにとって
「やればできる」と自分を信じてくれる人が
周りにいるかどうかはとても大きい。
本当の自分の夢を見つける年頃になったときに
諦めないメンタルを持てるところまで行けるかどうかは、
親の考え方、教育方針でかなり変わると思うのだ。

もちろん、親以外の人がよい影響を与える場合もある。
自分の夢を育てる方法をさりげなく示し、
応援してくれる人が近くにいればいいなと願わずにいられない。

ウルトラマンになる夢

息子が保育園の頃、「ウルトラマン」になるのが夢だった。
もちろん、私は「なれるといいね〜!」と言って育てた。
しかし、しばらくすると自分でもウルトラマンになるのは
少し難しいと感じたのか、
「隊員になる」ことにしたらしい。
もちろん、ウルトラ警備隊の隊員のことだ。

ある日、息子は「僕は結婚しないかもしれない」と言うので
「どうして結婚しないと思うの?」と聞いたら
少し口ごもりながら、
「隊員は、結婚できないと思うんだ」
と言った。
もう、可愛くて可愛くて大笑いした。
「大丈夫、ウルトラ警備隊に入っても、結婚できると思うよ」
と言った。
私は、ウルトラ警備隊の制服を着た
成人した息子の姿を想像して思った。
「地球のために、頑張るのよ!」


息子が中学生のときに言った言葉

中2か中3の頃だったか、
「自分の将来の夢を学校に提出しなくてはならない」そうで、
ちょっと考えているらしい。
もう、隊員になるのはとっくにやめているし、一体何になるのだろう。
楽しみだ。
と思っていたら、

「僕、音楽家にならなくてもいい?」と言うので
びっくりして言った。
「いいよ〜」
と、夫と声を合わせて言ってしまった。
「え、いいの?」
リビングから2階へ上がりかけた彼は心底驚いた顔をしている。

音楽家の家に生まれても将来を強制したことはないのに、
少しプレッシャーに思っていたのだろうか?
「何でも、好きなものになっていいよ!」と言ったら、
「わかった!」と嬉しそうに階段をトントンと上がっていった。

提出した紙に何と書いたのかは知らない。

息子が高校生になったときに言った言葉

「僕がミュージシャンになりたいって言うと、
 そんなの才能がないと無理だよって言う友達がいる。
 なんで、いきなり否定しようとするんだろうね。
 まだ、これからやってみないとわからないのに。
 きっと、そんな風に自分のやりたいことを否定されて育ったから
 友達にもそんな風にしか言えないのかな。
 あれは、よくないと思うよ」

「僕はたまたま親が音楽家だから、
 周りにミュージシャンはいっぱいいるし、
 本気になって頑張ればなれないとは思わないけれど」

「僕は、誰かが何かになりたいと言うとき、
 そうなれたらいいなって思うよ。
 絶対、否定はしない」

いつの間にミュージシャンが選択肢に入ったのかは知らないけれど、
野球部で汗を流し、ギターが大好きな高校生になっていた。

何だか嬉しかった。
ミュージシャンになってもならなくても、
彼を応援するのはもちろんだ。

「自分の夢を大切にしているから、他人の夢も大切にできる人に育ったのだな」
と、私はそのことが嬉しかった。

大人の夢も、大事にした方がいい

大人になってしまうと、「あなたの夢は?」と
質問されることが減るように思う。
でも、仕事や子育てや諸々に明け暮れる毎日であっても
小さな夢はきっと持っているに違いない。
それはまだ、心の中に眠っているかもしれない。
子育てや介護などで大変な時期は、一旦「棚上げ」した夢もあるだろう。

女性は、どうしても家族のために自分のことを後回しにすることが多く、
男性の場合は仕事の大変さでいつの間にか夢を諦めてしまったり。
誰しも健康上の理由や住んでいる場所等、
様々な"できない理由”がある。

でも、誰かの夢を否定しない、懐の深い人生を歩くためには
大人になった自分の夢についても、
自分に質問してみることって大事だと思う。
心に蓋をしていることはない?
もし、やりたいことがあるのなら、
第一に、自分の夢を否定しないことだ。

絵を描いて過ごしたい、その時間が何より好きならば、
絵を描いて幸せになろう。
楽器を弾いて過ごしたいなら、その楽器のことをリサーチして
習い始めたらいい。

「それが何になるの?」
と誰かが言ったなら、こう答えればいい。
「私が、幸せになるんだよ」と。

一番いいのは、「なりたい」と思うことがあれば、
「始めること」一択。
作家になりたいなら書けばいいし、
作曲家になりたければ作曲すればいい。

誰かの夢を否定しない生き方。
それは、誰の夢だって大事にする生き方。
だから、本当は、
自分の夢を大切にすることから始まるんじゃないかな。
     
                       樹原涼子





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