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父のためのフェミニズムとインクルージョン

日本でフェミニズムが進み、多様性においてももう少し進んでいたら、救われたのはもちろん母、そしてひょっとしたら母以上に父だ。

私の父は8年前に他界した。嫌いになりきらないうちにいなくなってくれて良かったと思うほど、父は厄介な老人になりつつあった。

小学5年生のころ、男女に関して作文の宿題が出た。私は、その数日前にテレビで見た、アメリカの女性消防士が密着されている番組を思い出していた。

その消防士は、女性も男性と全く同じ働きができることを示さなくてはならない、と言っていた。彼女は実際男性と同じ環境で訓練を受けてそれが実現できていた。父は番組を見て言った。

「男女平等ってこういうことだ。ほしいほしい言ってないで、努力することだ」

私は無知で、そうか、女は男のものを欲しがるだけで、同じになろうとする努力が足りないのか、と思った。

そしてそれを作文に書いた。女も欲しがるばかりではなく自分を変えていかなくてはいけないと。

私の作文はまあまあそれらしかったようで、なんだかのコンクールに出すと担任に言われた。少し舞い上がっていたが、何の賞も得られず落選となった。

返却された作文には、「そう言い切ることはできません。女性がこれまでどういう立場であったか、今どういう立場であるか、これから考えていきましょう」と書かれていた。

落選したことと、うちの家族をリードしている父の意見を否定されたことで非常にショックを受けた。

そのコメントはずっと心から離れなかった。男女やジェンダーを考えるとき、チクチクと思いだした。

そして20年以上経った今、むしろこの言葉に支えられているとすら感じる。そのコメントを書いた人が小5の私に、伝われ伝われと願ってくれたのだろうと感謝している。

父は、自分が男性であることに強烈なアイデンティティがあった。

私の父方の祖母は外国人で、父はいわゆるハーフであった。見た目にも、いわゆるハーフの要素がよく出ていた。あの見た目で戦後の日本に育つのは苦労があっただろう。彼のお姉さんたちはみんなアメリカに行き、向こうで家庭を持ったことからも推測できる。

でも父は日本で就職し、結婚し、家庭を持った。言語に秀でた伯母達と違って、父は日本語しか使えなかったこともあるだろうけれど、日本にいれば、日本語を話す男性は優位な立場でいられたからだと私は思っている。

父はことあるごとに母を見下し、傷つけた。いちゃもんのような父の言動は、自分から男をとったら何もないと恐怖していることをほとんど白状していた。

そして、男だから優れているということはないのが事実だ。可哀想なのは父である。

おそらく日本で差別されて(父も伯母も子ども時代のことは一切語らなかった)、たくさん傷ついたんだろう。それが伯母たちにはいつかここを出て行ってやると決意させ、父には男という性別にすがる選択をさせた。

悪いことに祖父の祖先は武士だった。その土地のサムライの末裔たちが会する場が代々設けられていて、当たり前のように長男が参加権を継承していた。

祖父からその立場を受け継いだ父は、ただ男として生まれたというだけで自分の居場所があるその会に安らぎを得たのか、自分は世が世ならサムライであると真剣に言い、家族を呆れさせた。

「男らしさ」「日本人らしさ」にとらわれて、父は生きづらかったんだと今は思う。

父は本来繊細でやさしく、感受性の強い人だった。子どもが出る番組は何だって泣いたし、動物のことも静かに愛でた。母のことは頑張って見下したが、姉と私を見下すことには難儀していた。姉や私が努力をしたり何かに立ち向かう様子を頼もしく自慢に思っていることは伝わってしまっていた。

女は愛嬌とか、女は勉強なんかできなくていいとは言わなかった。私たち娘の成績が良ければ俺の子なのにすごいなと照れていたし、勉強についていけないと泣いた時は心配だろうけど大丈夫だよと一緒に涙ぐんだ。

料理も掃除も洗濯も、当然のようにしていた。母は芸事をしていて、収入にはならないのに忙しい生活だったが、父は芸事をかっこいいと応援し、そのために自分が家事をすることに一切疑問を持っていなかった。

これも死んでいるから良い点を思い出せるだけで、日本男児の着ぐるみを着た父には晩年信じられないほど傷付けられたことも忘れない。

とはいえ、男たるもの、日本人たるもの、という考えさえなければ、父はむしろ優れた人物だったと思っている。それを認めさせてあげられなかったことが残念だ。

「ほしいほしい言ってないで、努力することだ」というのは、父がハーフであった自分自身に対して言い聞かせたことなのかもしれない。

「そう言い切ることはできません。あなたがこれまでどういう立場であったか、今どういう立場であるか、これから考えていきましょう」と幼い父に誰かが言ってあげられたら良かったと思う。

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