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中国深層理解のために..

『レッド・ルーレット』 



中国でビッグプロジェクトを如何に展開し、成功を勝ち取るか……上海の貧しい教師の家に生まれ、香港に脱出した後、米ウィスコンシン大学に進み、金融と会計学を学び、香港の「チャイナベスト」の株式仲買人として中国ビジネスに挑んだ「海亀族」(海外留学組)、沈棟(Desmond Shum)が著したのが《Red Roulette:An Insider's Story of Wealth, Power, Corruption, and Vengeance in Today's China》(Scribner、2021)だ。

沈棟(Desmond Shum、1968.11ー)
沈棟(Desmond Shum)著《Red Roulette:An Insider's Story of Wealth, Power, Corruption, and Vengeance in Today's China》(Scribner、2021)

 英 Economist 誌が同年最優秀書籍に選び、「中国が絶対に読んで欲しくない本」とCNNが評するように、同書は中国の富と権力、腐敗の内幕を生々しい筆致で活写している。

 元妻のホイットニー・デュアン(段偉紅)が権力者との“関係”(コネ)こそビジネス成功の唯一の途と信じ、温家宝の妻、張培莉の信頼を糧に、ルーレットのような中国の政治環境下、紅い貴族と結びついて想像を絶する成功を収める。そのビジネスパートナーとして、また夫として共に高みに上り詰める物語である。

張培莉                                 段偉紅  

 世界最大級の北京首都国際空港物流ハブの建設、平安保険の株売買等で、数十億ドルの純資産を築く。高級幹部を酒席や旅行でもてなすことで許認可を獲得する、同時に現場の処長級幹部ともしっかりコネを作っておく…中国ビジネスの裏面が臨場感たっぷりに描写されている。張培莉・温家宝夫人のみならず、孫政才、王岐山、賈慶林、令計画、薄熙来といった大物も次々と登場する。
 これだけの衝撃的な内容だけに、原著出版の翌22年には『私が陥った中国バブルの罠 レッド・ルーレット』と題して邦語訳が草思社から出版されるなど既に14ヶ国語に翻訳されているが、中国語訳は、台湾出版社が22年に版権を獲得していたものの、北京への忖度ゆえかこれまで存在していなかった。

デズモンド・シャム『私が陥った中国バブルの罠 レッド・ルーレット』
(神月謙一訳、草思社、2022)

 そうした中、ようやく2023年3月『紅色賭盤』(Zhou Jian訳、今周刊、2023)として台湾で出版された。大陸を含む漢字圏読者の眼に触れる機会がようやく巡ってきたことになる。

沈棟『紅色賭盤』(Zhou Jian訳、今周刊、2023)

『後中共的中國』


 この漢語訳に熱い解説稿を寄せているのが、その著作『後中共的中國:當中共政權解體,所有台灣人不可不知的天下大勢全推演』(今周刊、2022)で知られる范疇で、彼は沈棟を招いて今週刊主催の新書発表会に沈棟とのブックトークを行うなどこの漢語訳実現には大きな役割を果たした立役者だ。范疇は作家、社会評論家で、台湾大学で哲学を学んだ後、コロンビア大学で哲学修士を経て、デジタル教育分野等で米国、シンガポール、台湾、中国等で創業した企業家でもある。

『後中共的中國:當中共政權解體,所有台灣人不可不知的天下大勢全推演』
(今周刊、2022)


 同書は中国共産党は解体するのだろうか?その契機とは?解体後の中国はどうなってしまうのか……「何時」(when)ではなく、「如何」(how)を予測したとして、中国の集権的財政が解体した後の「状況分析報告」により台湾の「準戦」を訴えている。
 “後中共”、すなわち,中国共産党が解体した後の中国を誰が統治するのか、誰がその混乱を収拾するのか、未来の中国とは、全く異なるものに生まれ変わるのか、それともウォーキングデッドとなるのか。本書は多くの可能性をミクロの変化から極端ケースまで列挙しているが、范疇のいう「ポスト共産党」情況とは、行政単位の財政部門が赤字となり、中央財政からの補填も得られず、その状態が24四半期続くことがその起点と定義されている。近年多くの公務員、教師、とりわけ公安、軍隊、武警等の「強力部門」の給料未払いが顕在化しつつあり、その定義に近づきつつあるともいえる。
 その上で、范疇は、台湾は「止戦」を重点とすべきだが、敵に台湾攻撃を思いとどめさせるまでに準備する「備戦」の重要性を説く。台湾は、絶対に占領されることはない、敗れるとしても征服され、奴隷となることはないという自らのボトムラインを明確にすることが重要で、これが中国に対する最も有効な「認知戦」だという。もちろん、学術書ではないが、単なる中国崩壊待望論を超えた本書は注目され、呉国光(スタンフォード大学)が「中国共産党なき中国をイメージする想像力を」といった指摘にも相通じるものがある。
 范疇は李克強の逝去につき、この不可解な死は「陰謀ではなく陽謀」だとして、「天方夜譚」(=アラビアンナイトばりのお伽話)と言いつつも、まさに范疇節全開で、「朝鮮化(先軍主義/万世執政→長女・ジュエ?)を目指す習近平にとって心中の後継者は娘の習明沢ただひとり、その他後継候補なぞあり得ず、習明沢を危うくする要素は一切排除するという決意を世界に示そうとしたのが今回の李克強排除だと喝破している。その意味で「陰謀ではなく陽謀」(毛沢東、1957年7月1日)なのだ」という。秦剛失踪も駐美大使時代に習明沢を“照顧”したが故、とも推理している。

 その范疇が11月6日凌晨1時4分心血管で急死した。生年も享年も李克強と同一(1955-2023年)、何と死亡時間までほぼ同じ!範疇はプールではなく、自宅でテレビ視聴中に倒れたというが、なんとも不思議な因縁の偶然ではある。
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 とまれ、沈棟『紅色賭盤』は腐敗研究に豊富な資料を提供する恰好のテキストともいうべき衝撃の書であり、范疇『後中共的中國』もポスト中国共産党の中国のありようを構想する際の格好の副教材といえるところから、中国の深層理解のために不可欠の必読書群に加えるべきであろう。    [了[








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