主人公の視点によってありがちな物語が新鮮に変わる「アリスとテレスのまぼろし工房」

こんにちは。映画好きのImoだ。週一で映画館に行って感想を書いている俺だが、どうも最近見た映画で筆が進まない。ネトフリで前から気になっていたアニメ映画があるので、今回はそっちをレビューすることにする。

最近ネトフリで「すずめの戸締り」が配信されたがもう見ただろうか?俺はすでに公開当時見ているし、絶賛している。おそらく世間の多くは配信されてすぐの話題性から「すずめの戸締り」を見るのだろうが、その一方俺は「アリスとテレスのまぼろし工房」を見ることにしたのだった。

この映画は去年やっていて、当時見ようとぼんやり考えていたが、いつの間にか見逃してしまっていた。個人的な体感としては、あんまり話題になっている様子はなかったし、周りでこの映画が語られることはなかった。

ここ最近のアニメ映画、特にボーイミーツガールの雰囲気を感じさせる映画は軒並み「新海誠」のパクリと揶揄されがちで気の毒に思う。また「打ち上げ花火上から見るか下からみるか(タイトル自信ない)」の失敗も認知されている。なのでCMでボーイミーツガールを感じた瞬間、アニメ映画好きのたいていの人から「新海誠見ればいいしちょっと冒険しないでおこ…」と忌避されてしまうことは多いと思う。

そんな風評被害もあってなのか、少なくとも俺の知る限りではひっそりとしていた今作だが、個人的にかなり満足できる作品だった。ありがちなボーイミーツガール作品にうんざりしている人にこそ「アリスとテレスのまぼろし工房」はおすすめ出来る。今回はこの映画を前半はネタバレなしにプレゼンし、後半はネタバレ含め自由に語っていこうと思う。

プレゼン

この映画は或る一人の人間が不思議な世界に迷い込み、そこから脱出するまでの物語だ。シンプルでよくある話だよね。「ブレイブストーリー」なり「千と千尋の神隠し」なり多くのアニメ映画がやってきたことだ。ありがちなボーイミーツガールじゃないか!って思っただろう?

あなたは誰を主人公と想像してそう判断しただろうか?
この映画の中で起こっている状況自体は多くのアニメ映画で扱った「異世界」の出来事だ。だがこの映画はその状況を別の形で演出することで、あなたが想像したであろう「異世界に迷い込んだ主人公が異性と出会ってラブストーリーを繰り広げる新海誠作品の下位互換」に収まらないオリジナリティ溢れる作品に仕上がっている。

その具体的な解説は控えさせてもらう。なぜならこれ以上ストーリーの魅力を語ってしまうとネタバレになってしまうからだ。とはいえ、「ありがちな作品ではないから見ろ!」なんて言い方では不十分だ。だからもう少し解像度を上げるために、あらすじとともに世界観やキャラクターを共有してから、プレゼンを終わろう。

この映画の胆となる、不思議な世界とは、「時間が止まってしまい、変わることを許されなくなってしまったある町」のことだ。主人公の菊入正宗はいつも通り友達と過ごしていたところ突如製鉄所が爆発し、空に不思議なひび割れができるのを目撃する。その事件から自分たち住人も町も、時間が止まってしまい、さらに町の外に出ることができなくなってしまったのだ。そして永遠に感じられるほど中学生活が続いていくことになる。そんなある日クラスのミステリアスな女子佐上睦実に連れられ製鉄所に赴くと、なぞの少女が閉じ込められていた。そして正宗はなぜか睦実と一緒に少女の世話をさせられることになってしまう。少女の正体とは、この不思議な街の真実とは、永遠に続く冬を終わらせるための、正宗たちの物語が今始まる。

あなたがもし、自分の住んでいる町に閉じ込められたらと想像したらどう考えるだろう。そして老いるでもなく死ぬでもなくただ生き続けるはめになったとしたら。

永遠に続く時間の中でやることもなくなって、なりたいものにもなれずに、新しいことを知ることも出会うこともなかったとしたら、気が狂うに違いない。映画のなかでもずっと同じラジオ番組が流れ続けている。そんな状況で住人たちが正気でいるために取った行動が「ずっと同じでい続けること」だった。彼らは定期的に集まり、自分が何者であるかのプロフィールを確認していた。それは長い時間の中で自分という人間が何かを忘れないためのあがきだった。

そしてこの町は「変わること」を許さなくなったのだ。主人公たち中学生も卒業したり、なりたいものを目指したりできなくなった。そのくせ、学校では変わらずに将来の進路を書かせ続ける。そんな毎日に彼らはくすぶり続け、度胸試しをしたりして、わずかな恐怖や痛みによって生を実感していた。

そんな退廃的で不思議な世界でキャラクターたちが物語を紡ぐわけだが、個人的に特に魅力的だったキャラクターを紹介してプレゼンを終了しよう。

ヒロインの睦実はとても挑発的ないいキャラクターだと思う。この手の映画ではヒロインは純朴でまっすぐな女の子になりがちだが、睦実は少しひねくれている。基本的に小馬鹿にしたような笑い顔を浮かべ真面目な正宗の問いかけをかわしたりする。小悪魔的というのが正しいのだろうか、こういうキャラは好みだ。アニメ全体では少ないわけでもないがメインヒロインの性格としては最近の中では珍しい。

物語のキャラは後半でどれだけ初対面の印象とのギャップが出るかが大事だと思う。特に睦実のようなつかみどころのないタイプは、物語が進むにつれ、主人公とともに彼女のことがわかってくるとそれなりに愛着や共感が生まれたりする。ギャップとして提示される身近さや人間臭さは、初めから見せられるより強く印象に残る。

主人公はあくまで正宗だが、正直一番キャラが立っているのは睦実だと思う。正宗との交流を通して変化する彼女と、彼女の反応をメインに俺は楽しんでいた。もし興味があれば、同じように睦実に注目して観てもらいたい。

では、プレゼンはここまでにしてネタバレ含め感想に入っていこう。


感想

はじめに、触れておきたいのが、この映画めちゃくちゃこけてるんだよな。当時の感想やレビューなんかを見てても興行収入は10億もいってなかったらしく、あの「バブル」を引き合いに出されて比較されるぐらいには振るわなかったらしい。

俺はその原因の一つが、世界の設定の小難しさにあると考えている。今回語る前にこの映画の不思議な世界について、自分なりにかみ砕いて説明しておこう。そのほうが感想も伝わるような気がする。

つまるところ、正宗たちは何者で、製鉄所が爆発したことで何が起こったのか?映画を見てピンとこなかった人もいると思う。おそらく原因としては、自分たちを死んだと言ったやつがいたり、一方で大人になった正宗と睦実が生きていたりで混乱するからだと思う。

まず、正宗たちの正体について。劇中では、まぼろしと呼んでいた。ぴったりな表現だと思うが、上記の混乱を解決するためにイメージしやすい例を出したい。

言わば、正宗たちとあの町は「制限時間付きのコピーされた存在」というのがわかりやすい。SFなんかで人格をコピーするとかそういうシチュエーションがあるだろう。メジャータイトルの「クレヨンしんちゃん」でも、「ロボとーちゃん」でやっていたことだ。それが町全体の規模で起きたのが今作だ。コピーなので彼らは現実世界で死んだ人間の幽霊なんかではなく、劇中でも言っていた通り全く別の存在だ。なのでまぼろしの正宗と睦実とは別に子どもがいる結婚した二人という人間が存在することになる。加えて言うなら、正宗たち以外も別の存在として現実世界に存在している可能性は高いということだ。とはいえ町の住人たちは全員がこんなこと理解しているわけではないので、自分たちが幽霊だと思い込んでも仕方ないだろう。

そして次に、この「町を別の時空にコピーする」という現象を起こしたのがあの「製鉄所の爆発」だ。あれは単なる、死傷者が出るような大事故ではなく、超常的な力を持ったイベントだったということだ。

正直爆発がなぜ起こったとか、神機楼がなんなのかとか、劇中ではあまり説明されないし、俺もうまくは言えない。が、それは見終わった後に妄想することで楽しむ部分でもあると思う。なにより「正宗たちとあの町は現実とは別の次元に存在するコピーである」ということだけわかれば、話の理解として問題はないと言える。

以上を踏まえ、私の語りに移ろう。

この映画の特徴は、主人公の立ち位置である。そして、その立ち位置によってありがちなシチュエーションを新しい形で切りぬいている。その結果として新鮮かつビターで深みのある作品になっていると考えている。

この映画は状況だけで言えばよくあるファンタジー系ボーイミーツガール作品だ。それは五実の視点に立ってみるとわかりやすい。

五実視点で物語の時系列を追えば状況としては、「とある女の子が不思議な町に迷い込んでそこで出会った男の子に恋をし、失恋と共に脱出する冒険譚」ということになる。いわば「千と千尋の神隠し」みたいなものだ。五実の場合は少し長いこといすぎてしまったが。

ところが、この映画の主役は正宗である。正宗視点でこの状況を、つまりこの映画の物語をまとめるとだ…。

町も正宗たちも製鉄所が爆発した時から現実とは異なる時空に存在していた。そしてそれらはいつなくなってもおかしくない不安定なものだった。そこへ現実世界から五実が迷い込んできた。五実の真実に迫るうちに彼らは自分たちがいずれ消えてしまう側の存在であることを自覚することになる。残りの時間を精一杯生きようとする同級生、なんとかして五実を返そうとする正宗と睦実、世界を保たんとする大人たち。世界の終末のなかで各々が今この瞬間にあがき、一生懸命に生きる。最終的に正宗は絵というアイデンティティと睦実への想い、睦実は五実には決して手に入らない正宗の心を獲得し、それらに呼応する自身の感情に確かな生の実感を得る。そして可能性に満ちた五実を送り出し、滅びゆく世界であろうと生きる喜びを享受し続ける覚悟を決めたのだった…。

というものになるわけだが、なんてしんどすぎる世界だ。しかもこの世界、心が折れると存在を消されるというおまけつき。エンジェルビーツでは満足して成仏するのにその逆だからね。正宗に告白してきた女の子にいきなりビキビキって割れ目ができたとき「うわっ」て言ってしまった。

話を戻すと、このようにかなりハードな世界観で切ないストーリーながらもどこかさわやかな余韻を残してくるなんとも面白い作品になっている。普通のアニメ映画なら五実視点でつくってしまい、異世界との切ない別れもあるよくあるファンタジー作品になってしまう。ところが、正宗の視点に立つことで「自分と世界の滅び」という要因が加わり、登場人物の行動や発言に重みが出てくるし、なにより「異世界側に立つ物語」という点がオリジナリティがあって素晴らしかった。

また、アニメの映像としてのクオリティもかなり高い。さすがMAPPA。特に最終盤の滅びゆく世界の冬の夜空と、そのひび割れから覗く現実世界の夏祭りの花火のコントラストが印象深い。

そしてもう一つ個人的にお気に入りポイントが、推しキャラの睦実が別れに五実に言ったセリフだ。

「いいなぁ、どれもこれも私には手に入らないものだ」
「だから、せめて一つくらい私にちょうだい」
「正宗の心は私がもらう」

滅びゆく運命でありながら、そんな自分だけに許された特権を見出している悲しくもあり前向きでもある睦実の姿に胸を打たれた。ただ、ちょっとここ、幼い五実に対し大人げないセリフも多い。
この後に五実にも自分には決して体験できない未来という絶対的な特権を伝え、送り出そうとするところもいいし、五実も別れを受け入れ「大嫌い」と涙ながら睦実を抱擁するところもジーンとくる。

とまぁここまででわかるように様々に魅力のある本作で、俺はすごく好きだし、もっと評価されるべきという言葉を贈りたい。が…

この映画には二つ欠点がある。

まず一つ目に笹倉がきもい。

こいつが序盤に体育着姿の女子を見て興奮してるシーンがあるんだが、やたらと膝裏について語るときの言葉が生々しくてきつい。あのね、性癖は絵だけで語りなさいよ。新海誠だって舐めるような足の描写とかに力を入れている。それもそれでもちろんきもいけど、まだ表現の範疇だ。でもね、言葉として聞く下品さはあまりに直接的過ぎて駄目だ。男子が男子の胸を揉むくらいのギャグならまだしも、女体に関する性癖を具体的に述べるなんてのは男だけの猥談でしか許されないだろう。レビューを書く身としても、友達に映画を語る身としても、変なシーン一つあるだけで薦めようか迷うんだよこっちは。俺が思うにおそらくこの薦めにくさが、この映画が売れてない原因の一つだろう。

そしてもう一つが、先ほども話したが設定が少し難しいところだ。哲学的な内容が多いし、あの町の設定が混乱を招く。俺みたいにスッと受け入れられればいいものの、引っかかってしまうと気になって集中できない人もいるだろう。この辺もやっぱり薦めにくさにつながっている。悲しいことに現代人はどんどん貧しくなっていく一方で、特に大人はごちゃごちゃと小難しいことを考える余裕を持ちにくい。そして時間に余裕のある子どもたちもこの国は減ってきている。やっぱり哲学的な物語は豊かな時ほど繫栄するもので、残念ながらこれからの日本ではますます売れなくなっていく可能性は高いだろう。

以上の二点の原因から、見た人も薦めにくく、見てない人も新海誠作品みたいなものだろうとCMを見て判断してしまい、あまり売れない結果につながってしまったのだろう。今の時代、よほど広告がうまくなければ、ボーイミーツガールのアニメ映画はそういう印象はさけられないので、やはり僅かな観客が自信を持ってお勧めできて、そこからバズっていくように仕向ける必要があるかもしれない。

とまぁ以上が俺の感想や分析だ。最後に欠点を語ってしまったが、俺は普通にこの映画は好きだし、お勧めしたい。俺の推しは睦実だが、正直正宗も五実もそれぞれにドラマがあって感動できる。しかも、小難しいかもしれないが、哲学的な議論のきっかけも含んでいる。扱っている哲学はいわば「もし自分たちの過ごしてきた世界が現実ではなかったら」というものだ。「水槽の脳」とか「快楽機械」というワードにも掠めるトピックだし、映画で言えば「マトリックス」でやったことでもある。そういう意味で考えるのが楽しい映画でもあると思うので、自分が正宗の立場ならどうするか想像したり、誰かと話してみればいいと思う。

それでは今回はこの辺で。
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