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ドアノブ


わが家の便所の戸の金物、ドアノブは、昔より用いけるものなれば、いと古びて丸き形をしており、何となく親しみ深し。しかるに近ごろ、その金物に触れたとき、なにかべたべたと汚れ付く感触あり。いかに拭き清めようとも、その汚れはなかなか取り難し。まるで古き物語のように時の流れに埋もれし食物の粒々か、粉々のことか、その正体は定かではなし。

「ああ、もしもこの戸が自動にて開け閉めすれば、どれほどよかろう」と、しばしば思うようになりにけり。それによって、この不快な感触から逃れんと欲するなり。されど、便所の戸が自動にて開け閉めする例は、見たこともなく、思い描くだに、駅の便所にて自動戸が鳴り響く音のうるささを憂う。

また、自動戸を家庭に設けんとすれば、その費用もまた大なるものにて、現実には非ず。ドアノブのカバーを用いるのも一案なり。しかしそのカバーもまた、長く使いては汚れを纏い、さらに滑りやすく、戸を開け閉めするごとに困難を感じること多し。

故に、ドアノブカバーは必要なく、されど、ときおり訪れし小さき店にて手作りのカバーを見ると、心なごむこともあり。それがどれほど清潔にてあらむとも、手をかけて作りし者の心遣いに、ほのぼのとした喜びを感ずるなり。

最終の解決策としては、自動戸の夢を捨てて、戸を僅かに開けておくことにしたり。全く開け放つことは憚られるゆえ、一寸ばかり空けておくのである。かくして、戸の金物に触れることなく済むようになり、これによって何ともなく簡単なる解決を得たり。なぜ早くこのようにし給わぬかと、思い至ること多し。


そして、足許に目をやれば、何時しか入り込みたる猫が、なにやら言いたげに我を見上げておりぬ。

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