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「こんだけ書いときゃ」2024年5月16日の日記

・写真がないのでいつ撮ったかわからない猫の写真とかサムネにしちゃう。

・前日に天気予報を見たときは、出勤時間は既に雨が止んでいる予報だったのに、起きてみたらまだ雨が降っていた。退勤時間になっても霧雨がぐずぐず降り続いていて、結局夕方までぐずぐずしていた。


・連絡、連絡、連絡に次ぐ連絡。私のPC仕事ってほぼ連絡だ。依頼を受けるには「作ってよー」というメールに「いくらでいつまでに作るよー」と返さなきゃならないし、できあがったら「できたよー」というメールを打たなきゃいけない。イベントをやったら「いつ何をやるよー」と告知しなきゃいけないし、申込みがあったら「ありがとー、お金払ってね」というメールを出す必要がある。

・せめて、すべての連絡が「作るよー」「できたよー」「ありがとー」くらいのノリで済めばいいのに…。

・世の中にはそれができている人もいるのかもしれない。私は全然できていない。可能な限り丁寧に、可能な限り多くのパターンを掬い取れるように長いメールを打ってしまう。私の主催イベントに参加したことある人はわかると思う。前日に天気のことを書き、服装についてお節介をやる。「ご不明点等ございましたらいつでもご連絡ください。どうぞよろしくお願いいたします。」が私の「Best regards,」だ。あなたの「Best regards,」は何ですか。

申込フォームの「諸注意」が全てを物語っている

・私がやたら丁寧なメールを打つのは、たぶん人間を根本的に信頼していないからだと思う。「こんだけ書いときゃ伝わるだろ」みたいな楽観性がまるでないのだ。

・それでも私のメールはそんなに世間の常識から離れたところにあるわけではないと思う。時々「こんだけ書いときゃ伝わるだろ」という潜在意識に溢れた文が届くことがあり、めちゃくちゃにびびる。おまっ…いい大人がっ…こんなぷわっぷわした連絡を!?!?普段何やってるんだ!?!?と思う。でも本当はそれで済むならそれがいいのだ。伝わらないなーと思ったら聞けばいいし。しかし残念なことにそういうぷわっぷわした連絡をよこす人は、その短い文で全部伝わるかのように考えていることも多い。文で伝わるというより、全部の前提が既に完全に相手と共有されているという思い込みを持っているのかもしれない。だから主語や目的語が欠けていることがままある。

・相手を自分と同質な存在だと思うの、本当はそれが自然な状態なのかもしれない…しかし「自然なままやってきた側の人間」だ…と思う…気持ち…いやもうこの話やめよう。


・次にイベント企画したときは最初から敬語禁止にしようかな。申し込みフォームから「ヤンさんのマーチやるよー」「風邪対策してねー」みたいなノリで行く。でも多分通常版も作って見られるようにすると思う。そうしないと気がすまないのだ。

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