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小島きよ「醉語蹣跚󠄁」

小島きよ「醉語蹣跚󠄁」

 豐葦原のみづ穗の國に生まれきて
 めしが食へぬとは嘘のよなはなし。
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 饑餓の前には、「高尚」な思想も藝術も理想もヘチマもあるものか。食物がなければ精神もない。
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 女の醉つぱらひは見苦しい、なんて云ふ奴は誰だい。殿方の醉つぱらひは見苦しくねえのか。醉つぱらひに限らず、まあこの世の中に見苦しくねえなんてものが一つでもあるのか。
 何も物好きや醉興でマズイ酒を高いオ錢を出して呑んで醉つぱらつてゐるわけぢやあねえんだ。醉つぱらひが氣に食はなきやあ、醉つぱらわなくても生きて行ける樣な世界に俺を連れて行つてくれ。
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 人の顏さへ見れば、君は今何を硏究してゐます。僕は印度哲學の××に就いてしらべてゐますが、――てなことを云つたり、オイラのわからねえやうな六ヶ敷い論文を書いたり、紅毛異人の言葉を喋つたりして自分の博學多識を鼻の尖にブラ下げる事がお上品なことで、今日食ふ米を友人の處へ行つて一升ぶらさげて歸つたり、味噌ばかりナメてゐたり、電車賃を人から貰つたりすることが大變下品なことだと云ふのか、おいとくれ、ヘン、それこそ、ぺ ぷ せう さ。
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山田某なるご婦人が、ご自分の尊い(?)藝術の爲に目醒められて、陳套な因襲をつきぬけて、良人と二人の愛兒をすて、人形の家を飛び出され、和製ノラと言ふ有難い(?)尊稱(?)を頂戴されたとか云ふ話を聞いたが――その上竹久某との御結構なお話も――倂し和製ノラさん、なまじつかな、自己の過まれる(?)生活に對する自覺なんか御持ちにならなかつた方が貴女の爲に御幸福ではなかつたでせうか? この世に生きてゐる限り、そんな自覺は何の甲斐もない餘計な苦しみにすぎないことなのですから。
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 私の容貌は非常に氣品に乏しく醜で、それに身體が肥滿してゐるので肉感的に見え、外觀上娼婦型に屬するので、――その上酒精愛溺のドランカーなので……時々呆けた痴漢どもから不快な侮辱をうけることがあるが、私の精神は、外貌とは全く反對で、非常に淸廉な貞節家であり戀愛に於てはプラトニツク、ラブの提唱者なのである。
 私自身も私の樣な氣品のない野鄙な肉塊の樣な外貌を持つた女は好きではない。併し先天的なもので、オヤヂやオフクロに文句を云つた處でどうにもならないので、ヤハリどうにも仕方がない。この身の不德と諦らめて精々注意し自誡するより仕方ない。
 たゞ時々、鈍馬なバカヤローからくだらない侮辱をうけることが不愉快なので、かくの如く大方の既知未知の諸君に廣く告ぐる次第なのである。

虚無思想研究 第壹巻・第貳號 (大正14年8月)

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