高校の文芸合宿で深夜に正座させられた話

 昔話をしよう。ぼくが通っていた某私立高校では、様々な分野で秀でた才能がありそうな生徒を各支部校から選抜して、毎年夏に強化合宿をするという文化があった。対象となる分野は、文学、理科、数学、スポーツなどで、選考基準はよくわからないが、化学部などからもときたま選ばれていたようだ。2年生の夏、その年の冬休み明けに国語の自由課題として提出した短編小説で優秀賞を獲ったぼくは、半ば強制的にその「文芸合宿」に参加することになった。

 千葉に生まれて半年で札幌に来てからそれまで一度も北海道から出ずに育ったけれど、物心がついて初めて乗った飛行機の記憶はもうない。どちらかというと、目的地に行く途中で降りた上野駅の尋常じゃない熱気と湿度のほうが記憶に焼き付いている。北国育ちに37℃のプラットフォームは堪えた。そこから特急やら上越線やらを乗り継いでたどり着いた群馬県の山奥はとてものどかで綺麗だった。山だけどすごく日差しが強くて暑い。これもまた冷涼な北国の丘陵で育ったぼくには未知の経験だった。

 さて、4泊5日の合同合宿だが、特に明確な目標を言い渡された訳ではない。その期間を通じて各々が感じたことから何らかの作品を仕上げるという贅沢な企画だ。合宿には各校の引率の教諭が帯同する他、プロの文筆家や国語の教科書に載っているような俳人がゲストとしてやってきた。どんだけ金を持っているんだろう。

 合宿の内容はそんなに覚えていないけれど、句会の作法を教わったり、山間を歩いていくつか句を詠んで実際に句会をしたり、チームを組んで文学観について語り合ったり、普段の授業ではとても体験できない内容という意味では良い機会だったと思う。部活に所属せずに漫研部の部室で駄弁っていた自分にはそこそこいつもの風景だったけれど。

 ところで、4泊5日の宿舎は当然だが各姉妹校から集められたメンバーによる相部屋である。ぼくの部屋は5人部屋で、ヤンキーみたいなガタイのいい男子と、いかにも文芸少年といった感じの口下手な男子、朴訥な九州男児、そして大阪支部の中等部のやんちゃ小僧の5人だった。10畳ほどの畳部屋で雑魚寝をする生活で、まるで修学旅行だ。
 ぼくは北海道出身だったのであだ名がそのまま「北海道」だった。やんちゃ小僧にも北海道と連呼された。生意気だぞクソガキめ。ヤンキーの名前は知っている地方姓だったので、出身地を言い当てたら驚いて一目置かれるようになった。九州男児は「auばいKDDばい」とイジられていた。やんちゃ小僧はヤンキーと馬が合うようで、携帯でエロ動画を見せてもらっていたようだ。iモードで頑張るこった。

 相部屋勢もディスカッションチームもとくに人間的なトラブルもなく過ごしていたと思われていた合宿の3日目の夜、事件は起こった。やんちゃ小僧が消灯後に部屋を抜け出して引率の教諭に見つかったのだ。なにやってやがるんだクソガキ。
 大阪支部、つまりやんちゃ小僧の引率の教諭が我々の部屋に殴り込んできた。そのとき寝ていたぼくは何がなんだかわからないまま、寝ぼけまなこで廊下に引きずり出され、気がついたら廊下の硬い床で正座させられていた。
 5人は運命共同体、一人の失態は全体の責任、連帯責任だとか言われた気がする。土下座しろまで言われたかもしれない。やんちゃ小僧は引率の教諭に腹を蹴られていた。議論の余地もない体罰じゃねえか。
 はぁ何言ってんだこいつ頭おかしいんかと思ったけど、中二病にありがちな脳内でテロリストを倒すとか論破するようなシミュレートは実際こういう場面になると何の役にも立たないことを実感した。めんどくせぇ。反論してもこいつは絶対逆上する。最悪今後の学校生活に影響する。そういった確信から黙らざるをえないことを学んだ。世の中にハラスメントが横行するわけである。

 その場をどうやって切り抜けたかもう覚えていない。ヤンキーが「連帯責任なら俺はもう山を降りる」と言って男気を見せたような気がするが、翌朝に引率責任者の部屋に全員呼び出されてそのまま合宿参加していいよと言われ、よくわからないまま有耶無耶に終わった。自分は寝ていただけなんだけどなんでこんなことになったんだろうなという思いだけが残った。

 さて、文芸合宿は何事もなかったかのように続き、ぼくは残り時間少ない中で見てもいないことを捏造した俳句でかの有名な俳人に激賞された。そんなんでいいのか、文芸。

 それにしても、学校教育ってなんであんなに連帯責任が好きなんだろうね。五人組制度は良くなかったって歴史の授業で言ってたじゃん。あと権力を持った狂人に立ち向かってもいいことないよね。それを実感できただけでもいい経験だったかな。あと群馬の牛乳とキャベツめっちゃ美味しかった。風景もきれいだったし、またいつか行きたいな。

 ところで、なんでこんなことを急に思い出したかって、ぼくが応援している北海道コンサドーレ札幌がオファーをかけているザスパクサツ群馬の岡村大八選手がゴールを決めたからなんですね。来年札幌で見られるといいな。

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