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てるてるひめ物語2024

あらすじ
現象界(物質界)にいるA子は霊界の話とシンクロする不思議な夢を見る。霊界では、てるてるひめが宇宙創造神てるてるかかさまの御杖代(みつえしろ)となり、縁ある人々や精霊たちと協力し合って地球上にフトマニ・クシロを築き、地球の危機を救おうとしていた。



第一話 ニルヴァーナ



「死に切れた人とはどんな人かしら、死んでも生まれ変わり六道輪廻の内で踊り続けなければならないなら」
 
 所詮この世は虚仮、太く短く生きてやろうと思っているA子。ある寺の一人娘で東洋哲学専攻の十九歳の大学生である。世界で最も不幸な者は死に切れない者だとの趣旨の一節を読んでから気になっていたので、ある研究室で教員のB男に尋ねてみた。
 A子の質問に目を輝かせたB男。大学院生の時、突然休学して放浪の旅に出てしまったが、今では大学の教員に収まっていた。
 
「ただ死んでも涅槃には至れない。その涅槃のサンスクリット語『ニルヴァーナ』の語源を分析すると、風の止む状態がその意味になる。すなわち生命の風が全く吹かなくなった真空状態が涅槃ということ」
 
 ニルヴァーナという言葉が不意に出てきたので、反射的に切り返すA子。
 
「じゃあ、死に切れた者とはニルヴァーナに至った者と考えていいのかしら」

「この宇宙は百三十八億年ほど前のインフレーション期とその後のビックバンによって生じ、物質の相互作用によって生成・膨張してきたと考えられてきたけど、その認識は人間の知覚や思考のフィルターを通してのもの。感覚を材料としてこの現象世界は描き出されているということを我々は自覚する必要があるね」
 
 B男はしばらく考えてからこのように説明し出したが、あまり的を得ていないように思われたので、A子は知り合いからの話を持ち出してみた。
 
「最近宇宙物理学では、説明できない現象を謎のダークエネルギーという概念を持ち出して説明しようとしている。知り合いの夢想家M君の話では、私たちが描き出しているこの物質的宇宙は、波動の海に漂う無数の浮島の世界だと言っているわ。そしてこの宇宙を球体の表面上に展開する二次元的な世界に置き換えるなら、そのダークエネルギーは球体の中心部から湧き上がり、この物質的宇宙の至る所に働きかけているはずだ、と言うの」
 
「ダークエネルギーについては、謎が多くて、その存在に対して疑問符をつけている学者もまだいるようだね」

「宇宙そのものを三次元以上の多次元空間としてとらえる必要があるのは、ダークエネルギーを柱とした宇宙エネルギーによって生じた場の捩れ・歪みを三次元空間では表現しきれないからだとも言っていたわ。でも、彼の言うその中心部とはどこにあるのかしらね。高次元空間ということかしら」

「確かに多次元空間が存在しているとしても、それらは三次元のものも含め、宇宙エネルギーの実体に則したそれぞれの次元からの一面的な影なんだろうと僕は考えるけどね。そしてそれらの影を生じさせるマトリクスはその中心部にあるんじゃないか。でも、三次元世界に繫がれている僕たちには、その中心がどこにあるのか空間的には全く特定できないはずだよ。飛躍しているかもしれないけど、この宇宙全体を被統一面とするなら、宇宙エネルギーの産物である多次元なり高次元なりの空間からは超越した、すべてを統一する場所こそがその中心だとも考えられるね」
 
 A子は真意を訪ねるようにB男の瞳を凝視した。
 
「その超越した場所がニルヴァーナということかしら」

「古代インド哲学のある学派では、この全宇宙は統一的一者の吐く息で支えられていると理解した。すなわち全宇宙は風である。そして、その生命の風は今も泉のごとくこの全宇宙の至る所から吹き上がりつつあり森羅万象を支えているのだと。とすれば、生命の風となって統一され踊らされつつある以上我々は、たとえ全宇宙を彷徨うたとしても、決してニルヴァーナに至ることはできないことになる」

「でも、統一された宇宙から統一するものの内奥を辿ってニルヴァーナに至ることはできないのかしら。颱風の目のように真空地帯はあるかもしれない」
 
 A子の聡明さに感心しながらB男は続けた。
 
「我々個々の内奥にこそ、そのものへ至る道は開かれているはずだから、そのような真空地帯に分け入ることができるかもしれない。仏陀の悟りとは、内的体験によってそのような真空地帯から全宇宙の実相を俯瞰したものかもしれないね」
 
 そう聞くとA子は、すべては己の内にある、ニルヴァーナは己の内にあると呟きながら研究室を後にしたのであった。
 その夜、A子はなかなか寝付けなかったが、今まで抱いていた漠とした霧のような虚しさの感情に何らかの光が差し込んでくるのを覚えていた。
 
 翌早朝A子は不思議な夢を見た。
 A子は一本の樹の上に立っていた。周りを見渡すと一面が田んぼで、早苗が分げつし出して葉を天に向けて伸ばしていた。その姿は地中から這い出してきた地蜘蛛のようにも、また人間のようにも見えた。しばらくするとその樹は大樹となり、その上に立つA子はあまりにも高いところにいたので恐怖さえ感じるようになった。すると、突然甲高い女性の声が聞こえてきたのである。
 
「それらはあなたを慕う者たちです。あなたたちにはこの地球を立て直すための大切なお役目が授けられているのです」

 その音声の反響が消え去るかどうかの間合いで、一首歌が詠まれていた。
 
     「すゑのよにひととあれますうつくしの
        なれはかぐのみくにのみはしら」
 
 早朝目覚めても、はっきりと、というより現実以上に、その夢のことがA子の心の内に刻み込まれていた。寝室の窓のカーテンを開けると、白山連峰の山の端にかかる雲からは、うっすらと白光が滲んでいた。
 
 



第二話 マトリクス(子宮)


 宇宙の根底、すなわち太母の子宮から精霊たちが青い地球を覗き込んでいる。アルビノーニのアダージョの曲が静かに流れている。 すると男の子の声がする。
 
「人間は何処から来て、何処に行こうとしているのでしょう」
 
  古代の繁栄した街のイメージが浮かび上がる。
  高く積み上げられた塔が街の中央に聳えている。
  すると、天から光が放たれ塔を粉々に打ち崩す。
  更に、洪水が街全体を呑み尽くす。
  一艘の箱舟が波に翻弄されている。
  しばらくすると、諸帝国の繁栄と滅亡が繰り返されていく。
  やがて現代の繁栄した街のイメージが浮かび上がってくる。
  大量破壊兵器の開発によって戦争の惨禍も凄まじいものとなる。
  大量生産と大量消費による環境破壊も進み、
  北極の氷山の一角が静かに海の中に崩れ落ちていく。
  摩天楼が何本も街の中心に聳えていたが、
  その内の一本が何の前触れもなく崩れ落ちていく。
 
 しばらくして、母親の声がする。

「人間は昔も今も変わっていないらしい。人間として生まれて来ても、支配欲・金銭欲等の物欲のために、自らの身を滅ぼしてしまっている。人間にとって世界とは、単なる収奪の対象としてしか映らないらしい。当然しっぺ返しがくるのが道理というもの」

 男の子の声がする。

「僕たちは一体どうしたらよいのでしょうか、お母さん」

「大丈夫、この宇宙の根底には、そしてあなた達自身の内にも、この全宇宙を生み出し支え続けている私がいつもいるわ。地上の誘惑に惑わされることなく、私が呼びかけている声を耳を澄ましてお聞きなさい。私が導きます」

 そう言って詠まれた歌。
 
     「われがみのきはまりしらずひろごりて
        なれがゆくてをさしみちびかむ」
 
 更に続けて言う。

「この地球上でも、一人でも多くの人間たちが自らの耳で私の声を聞き取ってくれるようになれば、やがて人間は、自らが作り出してきた悪夢から解き放たれるようになるはずです。そのような悪夢は、生命宇宙という大河の表面上に結ばれた、いっときの泡ぶくでしかないもの」

 そう言って詠まれた歌。
 
     「るるてんのいのちのかはでむすびあふ
        はてなきよくぞあぶくのごとき」
 
「さあ、勇気と希望を持って行きなさい。あなた達には尊い役目が与えられているのだから」

 すると、その呼びかけに応えるかのように、大虚空中に懸かる無数の星々の内、幾つもの星たちがその輝きを一斉に強め出した。
 それを見定めて詠まれた歌。
 
     「だいうちゅうはてなきそらにかぎりなく
        またたくあこよすめらびのほし」
 
 しばらくすると、その輝きを増した幾つもの光が、尾を引いて地球に流れ込んでゆく。  
 明け方の海と波の音。天空を臨むと、星が一つ大きく輝く。
 
 
 
 

第三話 ときじくの樹


 エコビジネスを立ち上げた女の子が雑踏の中でミミズを売っている。まるで弁当売りの様相である。かなり疲労の様子が滲んでいる。
 
「弁当~~、弁当、じゃなかった、みみず~~、みみず、いらんかえー。とっても働き者のミミちゃんよー。大地を耕し豊かにするミミちゃんだよー。みみず、みみず~~、いらんかえー」

 そう大声で周りの通行人に呼びかけてから、そのままその重そうなトレイを肩から下ろして地面に置き、近くのベンチに腰を下ろしながらブツブツと独り言を漏らした。

「あたいたち、エコビジネス起こして早三年。現実って厳しいよね、まだ一匹も売れていないんだものね……」
 
 そこに突然天使マヤが現れて女の子に声をかけた。

「ミミちゃんちょうだいな」

 女の子の表情がパッと明るくなり、元気な声で答える。

「やったー。はい、百円頂きます。ところでお姉さん、どこの人。あんまり見かけないけど…。ミミちゃん働き者といっても、手も足もないもんで、あまりこき使わんで下さいましよ、お姉さん」
 
 女の子、ミミちゃんを渡して退場する。
 天使マヤ、ミミちゃんを大地に戻す。
 
「さあミミちゃん、私と一緒に働いてちょうだいな。お母さまの言いつけで、この地上を再生させなければならないの」

 ミミちゃん、天使マヤの正体を知り丁寧に頭を下げて「ハイ、ワカリマシタマヤサマ」と伝える。 
 ミミちゃん、大地に入り込みその中で一所懸命に大地を耕し土を豊かにしてゆく。 労働歌ヨイトマケの歌を歌う。

「カアチャンノタメナラエーンヤコーラ、マヤチャンノタメナラエーンヤコーラ、モヒトツオマケニエーンヤコーラ、ト」


 ボロディンの曲が流れる中、天使マヤ、ミミちゃんを指揮するように腕を振りながらお母さまの無上の恵みをこの地上に現そうとしている。
 その時天使マヤの詠まれた歌。
 
     「やまかはもくさきもむしもとりうをも
        けものもさきはふあい(水火)のちからに」

 やがて、大地から双葉の芽が出、成長して大きな樹となり、鳥や獣の番が集まり、遂には男女一組の人間が裸で現れその樹の真下に佇む。樹には美味しそうな蜜柑の実がたわわに実っている。
 それを見て天使マヤの詠まれた歌。
 
     「そそりたついきとほしのきときじくの
        かぐのこのみとなりいでにけり」
 
 しばらくして、天使マヤが声を上げる。

「さあ、これで私の役目は終わったわ。人間たちがこの地上の果実を、他の生き物たちすべてと分かち合ってくれるとうれしいんだけど」

 ミミちゃんが言葉を挟む。

「デモニンゲントイウイキモノハ、ドウモフカンゼンデヨクブカイヨウデス。ドウカスルト、カジツシカメニハイラナイヨウデスヨ。シバラクシタラマタ、ホカノモノヲオシノケ、ソノカジツヲウバイアウヨウニナッテシマウンジャナインデスカ」

 そう言ってミミちゃんの詠んだ歌。
 
     「メジセバクコノミバカリゾミエラルルハ
        トラハレヨクノミセサスルナリ」
 
 天使マヤの返された歌。
 
     「けいあいのまことなければひとのよは
        すべてのものをやみにすつべし」
 
 更に天使マヤが続けて言う。

「地上の世界が堕落して混沌とした状態になり、人間から敬愛のまことが失われるような時に備えて、お母さまの声を伝える役目を担った星たちが既に数多くこの地上に降ろされています。お母さまはそれらの星たちの助けを借りて人間たちを本来の道に導くはずなんだけど……、いけない、もう時間だわ。ではミミちゃん、さようなら。本当にご苦労さまでした」

 ミミちゃん心配そうな様子で答える。

「マヤサマコソ、オツカレサマデシタ。サヨウナラ……」
 
 


 
 

第四話 てるてるひめ物語


 

第一幕 宇宙病院 銀河第三病棟で


 テラがベッドに横たわっている。氷の袋が天井から吊るされて、テラの頭に当てられている。その頭からは湯気が立ち上がっている。 病室の観音開きの窓からは、お月さんと星たちが心配そうに覗き込んでいる。 星形の検診器を頭に付けた禿げ頭で度の強い丸いメガネをかけた医師と、同じく太った看護婦さんとがテラに付き添っている。
 テラが苦しそうにしてその担当医に話しかける。

「先生、地球時間でちょうど二百年程前から、微熱が出始め、最近ではとても体がほてって死にそうです。原因は何なんですか」

「どうも体の中の悪玉微生物が急に繁殖し出し、たくさんの悪性ガスを出すようになったようですね。その排出された悪性ガスが熱を体内に徐々に溜め込んできているのです」

「先生、わたしはどうなっちゃうんですか。何とか助けてください」

「かなりの重症ですが、この宇宙病院の威信にかけて、また銀河系宇宙のためにも何とか対策を立ててみましょう」

 そう言って医師は棚にあった幾つかの箱を持ってきて薬らしきものを取り出した。

「まず、これらのお薬を、ここの銀河時間で一日に一回約一週間ほど呑み続けてみてください。これは、体の中の善玉微生物を助け活性化させる宇宙の精霊達です。善玉微生物が活性化して悪玉微生物を抑え込むことができれば、体のバランスは立て直され、宇宙の気は再び全身にスムースに行き渡るようになるはずですよ」

 そう先生が言い終えると、後ろに控えていた看護婦さんは星のようなコンペイトウのような突起のある粒状の個体を幾つか先生から受け取り、それらを小さなビンに入れてテラの枕元に置いた。

「次に、しばらくの間療養のために、てるてる村に滞在されることをお勧めします。新鮮な気が行き渡ったてるてる村でリフレッシュというところですな」

「分かりました。先生、ありがとうございました」
 
 
 
 

第二幕 テラの体の中で


第一場 歴史

 全宇宙時間では数刹那前から、地球時間では数万年前から人間という微生物がテラの体内で繁殖し始め、様々な文明を築き上げてきていた。
 まず、スメラ族が高度な文明を築き栄えるに至ったが、その多くの民がてるてるかかさまが示す宇宙の理法に反するようになったため大洪水と大火を呼び、そのほとんどが死滅するに至った。
 その後、生き残った人たちは、てるほ族とつきよ族とに分かれ、てるほ族は東の地へ、つきよ族は西の地へと、それぞれ流浪の旅を重ねていった。
 つきよ族は西の地の果てに辿り着き、そこでつきよ国を立て一時栄えたが、周辺の地域に興ってきた巨大国家群によって滅ぼされ、つきよ国の王家の血統は絶たれてしまった。
 国と王を失ったつきよ族の民は、そのため、西の地で様々な迫害を受け続けることになったが、宗教的共同体を維持することでつきよ族の民の同一性と団結を図ってきたのであった。
 また、長い間、不安定な流浪生活を強いられ迫害を受け続けてきたため、つきよ族の民は黄金や財宝などを唯一の拠り所とするようになり、後に金が金を生むシステムをこの地球上に蔓延させることになったのである。
 ここにおいて、太祖スメラ族の持っていた宇宙観は封印されて、利潤・利息という網の中で黄金の力によって地球上のすべてのいのちを支配し収奪しようとする動きが、地球時間でここ数百年前から急速に頭を持ち上げてきたのである。そしてこの動きの背後には、尻尾が百八あるボス狐がいたのであった。
 この狐は、全宇宙を生み出し支え続けている宇宙太母神、すなわちてるてるかかさまに仕える宇宙の精霊ではあったのである。しかしその能力の高さゆえに傲慢となり、かかさまに反逆するに至ったため、銀河系のとある宇宙空間の片隅に封じ込められておったのであったが、つきよ族の民のある者たちの発する念がその銀河宇宙空間にまで届いたため、このボス狐を地球に迎え入れてしまったのであった。
 一方、てるほ族は東の果ての地に至り、そこで太祖スメラ族の宇宙観を堅く守り、貪ることなく自然と調和して暮らしていたが、その後、つきよ族から分かれたある支族を伴って中原の民がこの極東の地に押し寄せてきたため、てるほ族はやむなく、山中にひっそりと隠れ住むようになっていた。
 しかし、この東の地においても、百八尾が発するドス黒い毒気が数百年程前から徐々に広まり、そのため、この地の民も貪欲病に侵され、自然を収奪しながら本来必要でないものを大量生産・大量消費したり、また詐欺まがいのマネーゲームに熱中したりして、己らの低位な欲を限りなく満たそうとする輩がこの地でも姿を現すようになってしまっていたのである。
 
 
 
 
第二場 山里の寺子屋で

 てるほ族の長老で、あごに立派な白く長いひげを生やしているてるジィが、てるてるひめを初めとした子供たちに、てるほ族に代々伝えられてきた掟を教えている。

「我らてるほ族ではな、ずっと昔から、自然に存在するものはすべていのちを持っていると教えられてきたんじゃ。草、木、けものたちだけでなく、一筋の川、一個の石でさえ、いのちを持っておってな、それ自身の神格も持っておるんじゃ。だから、何の必要もないのに、けものを狩ったり、木を切り倒したり、川をせき止めたり、大地を掘り返したりしちゃあ駄目じゃよ、いいね。我々は、回りのけものたちや、山、森、川などの自然によって生かされているんじゃから、自然に対して謙虚であらねばね。それから、我らに自然の恵みを与えて下さっているてるてるかかさまにも、お礼のお祈りをいつも捧げなければ駄目なんじゃよ。分かったね」

 そう言って詠んだ歌。
 
     「てるてるのおほかかさまのみいきより
        すべてのものはあれましつつあり」
 
 すると突然後ろの方に座っていた坊主頭の男の子が立ち上がった。

「先生、質問いいですか」

「何かね」

「先生はいつも、この世界はかかさまの御水火(いき)より生まれつつあるとおっしゃっていますけど、本当なんですか。」

「たとえて表現すればじゃ、この宇宙全体がとてつもなく大きなクラゲで、その表面が海のように波立っている生命体だと考えてごらんね。そしてその波の一つ一つが物質的な出来事であり、我々自身であるとしたらどうじゃね。その波として表現される物質的世界が独立して存在するはずもなく、その背後に巨大な海のようなクラゲの本体が当然なくちゃあならんじゃろうて。因みに、そう考えられるんじゃったら、エネルギーや質量の保存の法則というものも、その表面上で一定のエネルギーを得て波が立ち上がり物質として結実してくることから成立する、表層的なものに過ぎないはずなんじゃがね」

「じゃあ、そのクラゲの本体がかかさまなんですか」

「いいや、クラゲの本体も、またその表面に波立つ物質的世界も、宇宙を創り出すエネルギーのそれぞれのあり方にしかすぎんじゃろうて。かかさまはそのクラゲの内奥でその宇宙エネルギーを生み出し、すべてを生成化育しておられると考えられているんじゃ。クラゲの表面上に展開する物質的宇宙も、当然至るところでかかさまの御水火(いき)の働きかけを受けているはずなんじゃがね」

「クラゲの内奥ですか」

「誰にも何処にあるかは分からない。ここではただ、それぞれ我々を含めた個々のいのちの内奥にこそ、かかさまはおられるとしか言えないんじゃよ。かかさまは常にその内奥から我々にメッセージを送り続けているはずなんじゃ」
 
 少し間をおいて、前の方に座っていた村の女の子が手を挙げた。

「あの~、私はおおばあさまから、てるほ族の創世神話を聞かされたことがあるんだけど、すべてのものは、てるてるかかさまが鳴らす一弦琴によって形を与えられ、いのちを吹き込まれるのだと言っていたわ」

「そうなんじゃよ。その多様に変わる弦の音色、すなわち言霊によってな、様々な物質が生成・消滅し、様々ないのちの形が作られ、生と死を繰り返しながら、われわれは歌い踊り続けているというふうに語られて来ているんじゃ」

 そう聞いて、てるてるかかさまを讃え女の子の詠んだ歌。
 
     「もろもろのなりなりなりてなり※やまず
        てるてるかかあのいさをかしこし」
  ※成ると鳴るの掛詞。
 
 いつもは居眠りしている村のガキ大将が突然話に割って入った。

「ところで先生、先日都から帰ってきたおっ母から聞いた話じゃあ、都には、おそろしくでっかくてたけえ建物が幾つもおったってて、その中で動き回っている人間はちゅうと、お金というものをいかに多く集めるかということに取り憑かれておって、そのため自然を破壊したり、汚染物質やガスを多量に出していても平気だっちゅうけんど、ほんとうけ」

「残念じゃが本当じゃ。そのような憑かれた人間どもの欲望のためにな、我々の仲間は母なる大地を追われて強制居住区に隔離されたり、惨い場合には滅んだりしているんじゃよ。彼らの話ではな、自然は人間が生きて行くために彼らの神さまから与えられたものなんじゃから、彼らの神さまに一番似せて作られた人間はその神の御名においてな、自然を開発し利用し収奪できるそうなんじゃよ。まして神も仏もないエコノミックアニマル人間にはな、目先の金しか頭になくなっちまってな、自らが何をしでかしているのかさえ全く分からなくなってしまっているありさまなんじゃ」

「どうしてそうなっちまったんですか」

「貪欲病とでも云えるものに罹り、取り憑かれてしまったんじゃな。人間というもんはな、頭の中で欲望の対象を無限に描き出すことができるから、それに憑かれてしまうとな、きりがなくなってしまうんじゃよ。その上、お金というあらゆる欲望を満たす手段が発明されるようになるとじゃ、それを貯めておくことができるようになるためにな、人間はそのお金そのものを交換手段としてではなく目的として、貪欲に求め出すようになったというわけなんじゃよ」

 そのように聞かされて、坊主頭の男の子の詠んだ歌。
 
     「まがことのおほくよにづることわりは
        とらはれびとのよくにありけり」
 
「そうなると、このお金というものによって現世を支配しようとする輩が現れてくるのも当然じゃで。お金がお金を生むシステムは高度に発達してマネーゲーム化しおって、今では地球上の富はな、ごく一部の者たちの手元に集中しちまっておるんじゃが、なんとその者たちの背後にはな、百八尾のボス狐がどうもいるらしいとの噂なんじゃよ。我らが住むこのてるほ族の地でも、その百八尾が放ったドス黒い毒気に中てられて、お金が神であると公言しながら、父母である自然や、てるほ族の仲間であり兄弟姉妹である先住民族を、お金のために売り渡そうとする輩も出て来ている始末なんじゃ。このままでは、てるほ族も近い内に滅んでしまうじゃろう。何とかせねばならんのじゃが……」

 そう言い終えて、てるジィの詠んだ歌。
 
     「はりのたま※くもりくもりてまがかみの
        いきほひつよくやみよとはなる」
  ※水晶の珠。ここでは地球を指す。
 
 その時、てるジィの真ん前に座っていたてるてるひめが手を挙げ立ち上がって話し出す。てるてるひめはてるほ族の長の一人娘である。

「先生、わたし先日不思議な夢を見たの。森の中に祀られている産土(ウブスナ)神社の近くの空き地で遊んでいたら、優しそうな女神さまが現れて、わたしにお星さまみたいなコンペイトウを幾つか下さったの。わたし嬉しくて、それを大切に家に持ち帰ったんだけど、その時女神さまはわたしにこうおっしゃっていたわ。『地球上の各地には、てるほ族の大本となるスメラ族の末裔がおります。それらの民も、ここと同じく貪欲病に憑かれた社会の中で滅びつつあるのです。そしてやがては百八尾が放つ毒気のため、この地球も荒廃した星になってしまうでしょう。それではあまりにも忍びないと、てるてるかかさまがこの地球を癒す薬を私に託されたのです。この精霊たちの働きに助けられ、地球上の兄弟姉妹たちと手を取り合い、もう一度、このみくまりの玉、地球を立て直さねばなりません。その大切なお役をそなたにも授けるのです』って。夢の中では、女神さまのおっしゃろうとする意味がわたしには何のことやら全く分からなかったんだけど、今の先生のおはなしと重なり合うようなので本当にもうびっくりだわ」

 そのように話すてるてるひめの姿には、蕾の開きかけた白梅の花のような気品が漂っている。
 
 夢で女神さまの詠まれた歌。
 
     「みすまる※のきよくたふときてるてひめ
        まことのしぐみになれはつかへよ」
  ※縁ある者たちを一つに束ねるお役目を授けられたという意味。
 
 目覚めて、てるてるひめの詠んだ歌。
 
     [ゆめまくらひめがみたちてのたまふは
        あによせられしたふときやくめ」
 
 てるジィは、てるてるひめの話を聞き、てるほ族は昔この白雪山の麓の深い森の中に封じ込められ不遇な扱いを現在に至るまで受け続けてきたが、今てるてるひめさまが話されたことが本当であれば、暖かい日差しを受けて蕾をふくらませ一輪ごとに花を開いて春を呼ぶ梅の木のように、この地にもてるてるひめさまのお働きによって、春が訪れることになるのだなあと感じ入ったのである。
 そこで、てるジィの詠んだ歌。
 
     「しらやまのねのねのそこににほふうめ
        いちりんごとにはるくくるかも」
 



 
第三場 森の中の聖なる場所で

 太い株から何本も株立ちしている大きな杉の木の傍らにある空き地で、てるてるひめとその友達数人、そして森の動物たちが一緒になって相撲をとって遊んでいる。へび、蛙、鳥、狸、狐、鹿、猿、犬、猪、熊等の姿がみえる。てるてるひめは、一番大きな熊と相撲をとるが、熊が襲い掛かるや否や、「エイ!」とばかりに熊を投げ飛ばしてしまった。

「参りましたー。それにしても、ひめさまは強いなー。どうしてそんなに強いのですか」

「これは神法返し業の一つ。相手の力を利用して、そのままその力の流れを相手に向けるのよ。白雪山の天狗さんから教わったの」
 
 白雪山とは、てるほ族の間では聖なる山として崇拝されているその地での不二の山である。
 ところで、てるてるひめが男まさりであることは、ひめご出産の時に母堂さまが詠まれた歌からも窺える。
 その時の母堂さまの詠まれた歌。
 
     「ねぎらひのことのはうけてみそめしは
        うぶごゑたけきしらたまのみこ」
 
 すると、何処からともなく、その動物たちの輪の中に、白狐、白カラス、白蛇、白蜘蛛が入ってきていた。
 それに気付いたてるてるひめは問うて言う。

「おまえたちはここでは見かけない顔だけど、何処から来たの」

 白蛇答えて言う。

「私たちはそれぞれ蛇、蜘蛛、カラス、狐、といった姿をとっておりますが、てるてるかかさまのお言いつけで、このみくまりの玉、地球へ降ろされた宇宙の精霊です。私たちは、てるてるひめさま、あなたさまの尊いお役目を助けるためにやって参りました」
 
 そう言い終えると、白蜘蛛のお尻から半透明の糸が吐き出されて布状の空間が編まれ、その空間に映像が映し出された。
 その映像には、百八尾の放った毒気に抑え込まれ、今や滅びの淵に投げ込まれそうになっている地球上の多くの兄弟姉妹や動植物たちの姿が映し出されており、そしてそれらは、根の根の底から助けを求めていたのである。
 男まさりで義侠心に富んでいたてるてるひめは、それら精霊たちに、その根の根の底に封じ込められているものたちを助け出すためにはどうしたらよいかと尋ねた。
 白蜘蛛答えて言う。

「まず、それらの者たちが居る各地のイワサカにも我ら一族が降ろされていますから、我らが出す糸(霊線)でそれらのイワサカを十重二十重にカナギ・スガソにククリ結び付け、地球上に霊的な結界を築きます」
 
 するとどうだろう、地球上の至る所から無数の地蜘蛛が地から湧き出るように這い出してきて、それぞれのイワサカに降ろされていた白蜘蛛を取り囲み、白蜘蛛による巣(ローカルなフトマニ・クシロ)作りを助け出した。そして、巣が出来上がると白蜘蛛は、そこを拠点として、それぞれの聖なる山の上を吹く風に乗って、他のイワサカまで糸を吐きながら次々と移動し始めた。
 同じことを地球上の全白蜘蛛がやり出したので、程なくして地球上の表面には蜘蛛の糸でククられ編まれた鏡のような霊力のある結界(グローバルなフトマニ・クシロ)が張られたのである。そして、この結界によって地球を被っていた百八尾の毒気も地表にいる人間には届きにくくなり、人間が罹っていた貪欲病の熱も徐々に冷まされるようになったのである。
 そこで白蜘蛛の詠んだ歌。
 
     「しらいとのかなぎすがそにくくりおく
        ひのかがみもてまがをはらはす」
 
 次ぎに、白カラス答えて言う。

「百八尾殿も元々はてるてるかかさまに仕えていた身ではあったが、慢心が高じて自らの太母とも言えるてるてるかかさまに反逆するに至ったものである。その存在そのものを消すことは、てるてるかかさまの御心にかなわぬものであるのなら、せめて宇宙空間の片隅に封じ込め、その力を削ぐことぐらいはできようぞ」
 
 そう言うや否や、大空に飛び立ちながら白カラスはたちまち大きくなり、地球を被っていた百八尾をくちばしで捕らえ、そのまま太陽の片隅に封じ込めてしまった。すなわち、太陽の発する強い気で百八尾の毒気を封印したのである。
 すると、どうだろう、毒気の醜雲は徐々に消え失せ、霊(ヒ)の光が差し込んできたのである。
 そこで白カラスの詠んだ歌。
 
     「ひさかたのみそらつつみししこぐもも
        うすらぎきえてひのひかりさす」
 
 次ぎに、白狐答えて言う。

「百八尾によってギャンブル化した人間たちの経済を立て直しましょう」
 
 そう言って、白狐は自らの毛を抜き、それを地球上全体に満遍なく振り落とした。すると、その毛から実体経済の根が張り出し、各地にその地域に根差した市場経済が再び育っていった。
 そこで白狐の詠んだ歌。
 
     「ちのうへであをひとくさのつきたまふ
        なりはひたすけてくにさかえゆく」
 
 最後に、白蛇答えて言う。

「地球上の各地域に市場経済が育っているが、特にイワサカを中心として産土共同体を形成すべき土地には、竜宮経済を敷きましょう」
 
 そう言って、白蛇は、自らのウロコから水の雫を幾滴か地球の上に垂らした。
 するとその周りには、水・大地・大気が清められ、すべてのいのちが活かし活かされ合う血の循環した自給圏が形づくられていった。
 そこで白蛇の詠んだ歌二首。
 
     「ぬくもりをあたへられしみむすひ※の
        いのちのしずくうぶすなのたま」
  ※むすぶ(むすび)の神、即ち産霊の神。(「ムス」は産・生の意、「ヒ」は霊力の意で、御産霊とは、天地万物を産(ム)し成す霊妙な神霊のことである。)
 
     「とこしへにうぶすなかみにいだかれて
        いのちむすばしたまちはひませ」
 
 以上のように地球立直しの大経綸を示し終えると、その精霊四体は、てるてるひめを囲みひめの決断を仰いだのであった。
 かかさまの深い御心に感じ入っていたてるてるひめは、迷うことなく彼らの申出を受け入れ彼らの力を借りることにしたのであったが、そこで先ず、その白蜘蛛の指示と、てるほ族の人々の協力を得て、てるほ族の地に結界を張り、次に、その白蜘蛛の背に乗って白雪山から兄弟姉妹たちの救出に向かったのである。  
 その時てるてるひめの詠んだ歌。
 
     「ほしかげのたふときみたまにみちびかれ
        ははのみわざにわれはつかへむ」
 
 
 

 
第四場 荒野にて
 

 荒野にて、てるてるひめの詠んだ歌二首。
 
     「かむながらまことのみちをおしたてて
        われはこのちをかけめぐりをり」
 
     「のざらし※のまぼろしみつつゆくあらの
        さぎりのさきにきみはおはすや」
  ※野垂れ死に、しゃれこうべになること。
 
 気高い生まれであればあるほど、そしてお役目が重大なものであればあるほど、てるてるかかさまの試練は過酷なものとなり、人間社会での境遇は悲惨であるということは巷間伝えられていることである。すなわち生活苦に沈んだり、精神病として葬り去られたり、時には自ら命を絶つといった事例も見受けられるのである。しかしかかさまからすれば、あるお役目に対して数多いる候補者のうちから誰かが自らの使命を自覚し御杖代(みつえしろ)になってくれることを待ち望んでいるのであって、それらの苦難はそのための試練とも言えるのである。特に厳しく悲惨な状況が地球全体に広がっている試練の時代においては、そのような者の誕生は急務であり、また必然的でもあった。
 てるてるひめも人の子。神心・仏心一辺倒ではありえず、惑い・疑い等々の人心を抱くことによりいつも苛まれていたものと推測される。しかし様々な試練を乗り越えて、今てるてるひめもかかさまの御杖代として立たれていたのである。
 
 さて、てるてるひめが地球上にある破壊された古のイワサカに立ち封印を解く度に、その地中から地蜘蛛が湧き出し、それに続いて根の根の底に封じ込められていたひめたちが、大きな地蜘蛛の背に乗って現れ、てるてるひめに泣きながらお礼を言う。
 そして、てるてるひめが西の地のとあるイワサカに立ったとき、特別気品のあるひめさまが地蜘蛛に囲まれてお出ましになられ、てるてるひめの手をとりお礼を言う。
 
「スメラ族の正統な承継者であられるてるほ族の長の愛娘、てるてるひめさま、我らは、つきよ族十二支族中きさらぎ族のしらゆりひめ並びにその配下のものです。我らつきよ族十二支族の民は、はじめの内はスメラ族の末裔として、てるてるかかさまをお祀り申し上げ、お天道さまから足を踏み外さぬように注意しながら、自然を父・母として生きて来ていたのです。しかし、つきよ国が滅ぼされ、つきよ族十二支族がすべて流浪の民として離れ離れになった時、このイワサカは封印されてしまいました。そしてそれから後、つきよ族の民は悲惨な苦しみを受け続けることになったのです」

 そのように言ってから、しらゆりひめの詠まれた歌。
 
     「にしのちにちよにやちよにうもれつつ
        たみがたどりしどろがはをみつ」
 
 その歌を聞いて回りの地蜘蛛たちは声を押し殺しながら泣き始めた。
しらゆりひめは続けて言う。
 
「国を失ったつきよ族の民は、その同一性の維持を図るために家父長制に基づく宗教共同体を作り上げ、そのため、てるてるかかさまの代わりにあまのおおとうさまを祀るようになりました。そして自然とは、あまのおおとうさまから我らつきよ族の民に与えられた支配し収奪しうる恵みである、というふうに解釈するようになっていったのです。そして我らの民は、自らがあまのおおとうさまから選ばれたものとして宗教共同体を維持してきたのです」
 
 しらゆりひめは眉をひそめながら続ける。
 
「しかし今から五百年ばかり前に、この宗教的共同体に属する一部の者たちに、百八尾のボス狐が憑くようになったのでございます。本来てるてるかかさまをお祀り申し上げ、スメラ族の末裔として誇り高かった我がつきよ族の生き残りも、その毒気に中てられ、己の利得のために我らが父・母ともいえる自然や、己の兄弟姉妹ともいえるスメラ族の末裔さえも、お金のために破壊し売り払うという、まことにもってお天道さまに背いた大罪を犯すようになってしまっていたのです」
 
 そう言い終えると、しらゆりひめの頬に涙が一筋流れた。しばらく間をおいて続ける。
 
「我らは王国の滅亡と同時にこの地に地中深く封印され、今まで百八尾がなすことを苦々しく思いながらも何もできずにいました。我らはスメラ族の正統な承継者であられるお方が、この地に立たれることを長い間お待ち申し上げていたのです。てるてるひめさま、あなたさまがこのイワサカに立たれ、この封印を解いてくださいました。本当にありがたいことです」

 そう言って、しらゆりひめはてるてるひめの手を取りさめざめと泣き始めた。回りの地蜘蛛も同じく大声を上げて泣いているが、よく見ると、それらはしらゆりひめをお守り申し上げていたその土地のつきよ族の人々だったのである。
 
 しばらくすると、その場に、地球上の各地のイワサカから、てるてるひめによって救い出された数多くのひめたちが、地蜘蛛・白蜘蛛の背に乗って集まってきた。そして誰からともなく、「てるてるひめさま、万歳!」、「てるてるかかさま、万歳!!」という掛け声が上がっていたのである。
 その様子を見て、しらゆりひめの詠まれた歌。
 
     「えにしあるみたまひきよすてるてひめ
        なれのみわざぞたふときやくよ」
 
 そこで、まだ泣き腫らした赤い目のまま、しらゆりひめが集まってきたひめたちの前に立ち、呼びかける。

「みなさん、これからはてるてるひめさまと共に手を取り合って、このみくまりの玉、地球の立て直しのために一緒に力を合わせて参りましょうぞ」

 その場でしらゆりひめの詠まれた歌二首。
 
     「りんとしてみたまけだかきてるてひめ
        おんみとともにみわざつかへむ」
 
     「よしあしのむね※のりこえてかむながら
        くになほしば※にたつぞうれしき」
  ※自分に都合が良いか悪いかという判断。
  ※地球立て直しの神劇の舞台。
 
 すると、その呼びかけに応じて、ひめたちや地蜘蛛たちの大きな歓声が上がったのである。
 その時、東北の地から来られたあるひめのてるてるひめを讃えて詠まれた歌。  
 
     「すゑのよにひととあれますうつくしの 
        なれはかぐのみくにのみはしら」
 
 


 
 

第五場 都の巨大な高層ビルの一室で

 つきよ族の血を引く満月家の御曹司、四十代半ばの月左衛門が大きな机の前に座って資料に目を通している。
 月左衛門の家系は大航海時代から急に巨万の富を築き出し、今ではその財力を要に、血縁関係と古からのつきよ族の宗教的共同体、更には百八尾の毒気が掛かった幾つかの秘密結社とのネットワークの力により、世界の政治・経済に強い影響力を与えられるようになっていた。

 男は今日も、世界各地に配置してある番頭から送られてきた重大な情報を分析させたものを側近に報告させ、意見を求めた上で、幾つかの指示を出した。
 しかし男は、最近、以前とは違ってあまり仕事に熱が入らない様子である。以前には、あれほど執着していた金と権力そして名声も、何故か急に憑きものが落ちたように、色あせて見えるようになっていたからである。
 この日は、午前中にこの巨大なビルから抜け出し、何故かいつも滅多に出向かない下町の雑踏の中を、何の目的もなくただフラフラと歩き回り、そして突然ブツブツと独り言を吐き出したのである。

「虚しい。俺は一体何故、何のために生まれ、何をやって来たんだ。俺にはやるべきことが他にあったのではなかったのか…」

 しばらくすると、電車のガードレールの下で、身なりはみすぼらしいが、熱い思いで地球の危機を通行人に訴えている女性たちのグループに出くわした。
 以前であれば、このような光景に出くわしても意に介せず、皮肉な笑みを浮かべてその前を素通りしたものであったが、今回は妙に落ち着きがなくなり、何故か女性たちに一言二言声をかけてみようかとも思ったが、それもできぬままその前を通り過ぎたのであった。
 一日中雑踏の中を歩き回って男が自宅に戻るころには、既に辺りはだいぶ暗くなっており、東の空には満月が赤い顔をして昇ってきていた。
 
 その夜、男は寝付かれず、寝返りばかりしていたのであるが、うとうとした夢の中で、男の枕元に観音さまが立たれた。よく見ると、そのお顔は十数年前に病気で亡くなられた母堂のそれであったのである。
 男は驚いて言った。
 
「あっ、おっかあ! 何所にいってとうけ。おらぁ、寂しかったずら」

 ところが観音母さんは上気して、少し赤らんだ怖い顔をして言う。

「月坊、おまんが掴んでいると思っているもんはな、幻ぞ。夢のまた夢ずら。おまんは前世において功徳を積んだことから、阿弥陀仏さまからとても尊いお役目を授けられてこの世に生まれてきたっちゅうに、何じゃこのザマは。早う目を覚ませし」
 
 男は観音母さんの語気に困惑するが、観音母さん続けて言う。
 
「満月家は、スメラ族を祖とする誇り高きつきよ族の末裔ずら。そのつきよ族の末裔に百八尾が憑いてしもうたことこそ口惜しい。おまんは百八尾の毒気に中てられ、己の欲のために兄弟姉妹の母なる大地を奪って囲い込み、川を塞き止め、大地を掘り返し、樹を切り倒し、本当にやりたい放題だったじゃんけ。これじゃあ、おっちんじまってから阿弥陀仏さまの元に行ったときにどう申し開きをするつもりけ。早う目を覚ませし。人生ちゅうもんはほんの一刹那もねえずらに」
 
 観音母さんはそう言うと、ひょいと男を抱きかかえ、うつ伏せにした状態で男を自らの膝に乗せて、男の目を覚まさせるために、男の尻をめくり、それから思い切り叩き出した。
 
「お、お、おっかあ、さま…、ごめんなさい! ごめんなさい!! ごめんなさーい!!! うわ~~ん、うわ~~ん」
 
 男は地球を揺さぶるような大きな声で一晩中泣き通した。
 夜が白むころ、男はふと夢から覚め、それが夢であることを知ったのであるが、その夢が、男にとって全てであると思っていたものが全くの幻でしか過ぎないことを、そして男が見失っていた本来のお役目を、再びこの現世において思い出させたのである。
 その時男の詠んだ歌。
 
     「おほいなるまことのみちをしらなみの
        ただよふあこそゆめのまたゆめ」
   
 男はその後、巨万の富と権力そして名声を、自らの低位の欲のためにではなく、尊いお役目のために捧げ、何十万、何百万ともいえるほどの多くの僕を従えながら、他の聖なる星たちと協力し合い、この地球立て直しのための神劇の一コマを担ったのである。
 後に、てるてるかかさまを讃え聖なる星たちの詠んだ歌。
 
     「いきあはせあめつちをうみひとをうみ
        くにたてなほすみわざかしこし」
 
 ちなみに、この男が現世において、てるほ族のてるてるひめと出会う機会があったのかについては定かではない。
 
 



第三幕 てるてる村で


第一場 てるてる村桃源郷の叙景
 
てるてる村を詠んだ歌十三首。(詠み人知らず)
 
 聖所
 
     「せおりつのしらいとだきにいだかれて
        うきよのけがれながしきよめむ」
 
     「ゐのほとりしろきかがちのもるにはで
        まふみこのかげかみとのまじはり」
 
 人・くらし
 
     「あめつちのめぐみをうけてそだちます
        てるてるびとのいのちすこやか」
 
     「ゑみあふてめをかはすときてるてるの
        ひとひとのまにじあいのきみつ」
 
     「れひせつをまもりてむさるる※ひとのわを
        むすびむすびてみづのよとなる」
  ※蒸す。生す・産すと同じ意味で、生まれること。
 
     「をさなごのやはらかきてにつめらるる
        たいのげんげのあかきはなたば」
 
     「なでしこ※のあかきゑがほにつつまるる
        さちおほきひよこころたのしも」
  ※可愛がっている子供。

 産業
 
     「くるくるとむらのけいざいささえます
        くくりのわざにくるる※たのもし」
  ※てるてる村の通貨単位。
 
     「さとやまにいにしえからのかぜふきて
        あおたのいなばうたいおどるよ」
 
     「こがねぐもたれるいなほのあさつゆに
        ひのかげさしておほそらうつす」
 
     「ろうろうとうたひいづるはよいとまけ
        あおきみそらにをのこゑすがし」
 
 
 
     「へちまかわ※よにそしられししこくさも
        かみのこころのふかきをしりぬ」
  ※値打ちの無いもののたとえ。
 
     「らんるおびみちにあそびてよむうたは
        いのちのたいがうちゅうのこころ」
 
 
 
 

第二場 てるバァの家で

  
 テラがてるてる村のてるバァの家で療養生活をしている。そこにてるバァがやって来て話しかける。
 
「テラさん、具合はどうけ。ほれ、桃くえし。この村の桃はうめえずら。遠慮しちょしよ」

「てるバァ、いつもありがとう。てるてる村の自然と住民とが発している澄んだ気を受けて体調も整ってきたようです。先日、お腹が『うわ~~ん、うわ~~ん』と一晩中鳴ってから、だいぶ悪性ガスの発生はおさまってきたみたいです。きっと宇宙病院で処方してもらったお薬が、今効き出してきたんじゃないかしら。でも、既に発生した悪性ガスはお腹に溜まり熱を伴っているので、体調はまだ充分ではありませんけどね」

「まあ、そう急によくなるわけねえずらよ。ここに来た時には末期症状だったんだから、多少ブラブラ歩けるようになっただけでもええずら。そのうち治るから養生しとけしよ。そうそう、今夜はてるてる神社の境内で村祭りがあるずら。そこで盆踊りがあるから、どうで、隣のきみバァとみかバァとを誘って踊りに行ってみるけ」

「本当ですか。今夜が楽しみですわ」

「ついン十年前までは、このてるバァ、きみバァ、みかバァは、てるてる村三羽ガラスちゅうふうに言われてな、祭りの盆踊りでは、おとこ衆の羨望の的だったずらよ。自慢じゃあねえけんど、特にこのてるバァの発するほんのりとした色の気ときたら。うちの亭主のつきジィも、本当に憑きものがさらりと落ちちまったように、それまでの賭博人生から足を洗って、このてるバァに尽くしてえと、都から足かけ三十年以上もこのてるバァの所に足繁く通ってきてるずら。つきジィも、このてるバァのおかげで、お天道さまに顔向けできるようになったちゅうこんさ。今でもつきジィはこのてるバァにホの字じゃん」

 そう言って、てるバァは顔を赤らめながら大笑いをした。
 
 てるバァがつきジィと交わした歌二対計四首。
 
 つきジィが詠んだ歌。
 
     「きえかへるこころのいとははまちどり
        ちぢにみだれてなれをぞおもふ」
 
     「むすぼるるみいとをとかむすべもなし
        なれのこひしくなりまされれば」

てるバァが返し詠んだ歌。

     「うるはしききみのなさけのつゆうけて
        みずはのはるのにほふここちす」
 
     「つやもなくはなのかもなきわれなれど
        きみがこころのありがたきかな」
 
 


 
 

第四幕 宇宙病院 銀河第三病棟宿直室で


 テラの担当医が花丸型のテーブルを前に、椅子に腰掛けコーヒーを啜っている。度の強いメガネがコーヒーから立ち上がっている水蒸気で曇っている。太った看護婦さんは部屋の片隅で立ちながら書類を整理している。すると担当医が部屋の中を嗅ぎまわり始め、看護婦に言葉をかけた。

「……ん! 何か臭うね。ガスの元栓はちゃんと閉めたはずなんだけどなあ」

「いやですわ、先生、私ではありませんことよ。銀河時間でちょうど10分程前に太陽系の一角からガスが噴出して、やがてこの銀河第三病棟にも漂って来る旨の警報が入っています。その臭いではないですか」

 担当医はコーヒーをテーブルに置き、窓辺に歩み寄って、しばらくの間外気の臭いを注意深く嗅ぎ取っている。

「やあ、テラの体内から首尾よくガスが発散したようだね。どうやら、てるてる村で悪性ガスも無害化したようだ」

「そうなら本当に良かったですわ。悪性ガスがそのまま宇宙空間に放出されたら、銀河系宇宙にとっても何らかの害が予想されていましたから」

「物欲に囚われた人間という微生物が出す悪性ガスは、テラの体内に溜まり凝り固まり出して歪みが強くなると、そこがブラックホールとも言える病巣となり、テラだけでなく、太陽系延いては銀河系宇宙にまで気の流れに障害が生じて来るところでもあったからね。では、早速そのことをカルテに記入し、帝旺星にある宇宙中央病院資料室に報告書を送ることにしよう」
 
 前々からこの病巣にとても興味を抱いていた太った看護婦は、その詳細を知りたくて担当医に尋ねた。
 
「どのような内容にされるのですか」

「いいかね、この全宇宙は太母さまの夢であり、宇宙エネルギーはその夢を展開するうえで必須のものなんだ。物質的宇宙ではそのエネルギーは、殆どの場合質量として顕れ重力として働くんだが、エネルギーが集中し過ぎて重力が強大になると夢はしぼんでブラックホールの中に落ち込んでしまう。一方、エネルギーが足りないと、重力の働きは薄れ、たちまち夢は拡散し蒸発してしまうことになる。そこで、我々は夢の守役として、この宇宙が太母さまの夢見の良いものとして展開するよう、宇宙エネルギーを微調整するため日夜努力を重ねていることは君も承知のはずだよ」

「ええ、勿論心得ています」

「そこでだね、人間の欲というものもエネルギーの塊とも言え、確かに元始の物質的な欲求がなければ人間の存在自体が蒸発してしまうんだが、後に人間が持つに至る二次的な物質的欲求、すなわちいわゆる物欲の度が過ぎれば、周りのものを巻き込んでブラックホールに似た落とし穴とも言える病巣を作り出してしまうんだ。そのような病巣がテラの身体中に生じたら、気の流れは滞り、テラは機能不全に陥ってしまうだろう。しかし人間には、最低位の物質的欲求だけでなく、生命を維持し、子孫を作り、知的好奇心を満たそうとする諸欲求も持つに至り、更には太母さまの愛に目覚め、努めて太母さまの示す宇宙の理法に沿うよう己を律しようとする者も出てくるほど霊的に高められていることもまた事実なんだよ」

「でも、『霊性』や『神』を金儲けや世俗的な権威・権力を得る手段としている輩も多くいることもまた事実ですわ」

「確かにね。本来の物質的欲求は物質的世界に生成し存在しようとする力なんだが、知性が発達して反省的な能力を備えるようになると、その力は、今度は反省内で描き出される広範囲の対象を貪欲に呑み込み支配しようとする力に転じてしまうんだ。この場合、金銀財宝などの物質的な対象に限らず、名誉・地位・権力・権威などといった観念的・抽象的なものもその対象となってしまうんだよ。だから、物欲が支配的になり貪欲病が蔓延した人間社会では、上位に立つ諸欲求はその影響を強く受けてしまうことになるんだ」
 
 看護婦は担当医の言わんとすることを咀嚼し理解しようと努めたが、少し間をおいて確認するように尋ねた。
 
「本来欲を満たすということはイコール生きるということなんでしょうが、人間の場合物欲が過ぎると、上位に立つはずの諸欲求は重い足枷をはめられ、本来あるべき欲求を充分には満たすことができなくなってしまうのでしょうね。そこで先生がおっしゃりたいことは、太母さまの夢見の良いものとして人間社会を展開させるには、個々の人間が物欲をほどほどに抑え、上位に立つ諸欲求をそれぞれの自性に従い花開かせてゆく必要があるということなんですね」
  
「そうなんだよ。この物質的世界に存在している以上、エネルギー保存の法則から、その盲目的な低位な力を無暗に抑え込むのではなく、その力を上位に立つ諸欲求へ、更には太母さまへの愛へと昇華させてゆく必要があるんだ。そうでなければ、環境破壊や戦争なんかで人類は自滅するしかないだろうからね。今回テラに処方した薬、すなわち宇宙の精霊たちも、貪欲病に罹った人間社会に働きかけ、悪性ガスを生じさせブラックホールとも言える病巣を作り出すその盲目的なエネルギーを調整し、光となって昇華させることを手助けする効果を期待してのものだったんだけど、うまく効いたようだね」
 
 そう言い終えると、担当医は隣の部屋に入り込み、丸一日かけて報告書を作成し、それを送信した。
 しかし、宇宙中央病院資料室では、その送られてきた報告書に次のような記述があることなど誰も気に留めることはなく、将来研究される当てもないまま、そのまま漆黒の情報貯蔵庫に保存されてしまったのである。
 
『……アケルネス期二十一代目の宇宙生成過程において、δ-九九九銀河系の片隅に位置する第三太陽系内の惑星テラに人間という知性を備えた微生物が繁殖するに至ったが、人間たちはまたもや己の低位な欲望につながれ宇宙の理法をなおざりにしたため、テラの環境を破壊し自らの首を絞めることとなった。そのため、当病院で宇宙の精霊AR‐3、UH‐6、X‐801、K‐9をテラの体内に必要量投与し、その効果をしばらくの間観察したところ、前回(ゲネス期六代目の宇宙生成過程においても同じような現象がφ‐19銀河系内にあったが、その時はテラの体は蝕まれ、人間たちを始め多くの生物たちはそれが原因で絶滅した)とは異なり、精霊たちと人間たちとの相性が良かったらしく、人間たちは物欲に囚われ凝り固まってブラックホールに似た病巣によって滅ぶ一歩手前で、太母さまの愛に目覚め宇宙の理法に従うようになったものと推測される。それは、闇の底で働く水平的な力を垂直方向に差し向け、虚空へと昇華し無害化することに成功したからである。しかし、それもいっときのことで、いつまたそのような病巣を生じさせる力が勢力を盛り返してテラの体を再び蝕むことにならないか予断を許さないので、しばらくの間、当病院でテラの様子を定期的に観察し続けることにする……』
 

 てるてるひめ物語2024  おわり


新しい時代を告げる鳥
さて、あなたはどう生きるのか


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