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奈良クラブを100倍楽しむ方法#011 第12節対FC今治 ”Peace, Love And Understanding”

愛と、平和と、理解

 歴史的な勝利となったFC今治戦がロートフィールドで繰り広げられているのに、僕はそこにはいかなった。この日はどうしても「春一番」という関西フォークの野外フェスに行きたかったのだ。チケットを取った時点で、まさかこの日の試合がこんなにも重要になるとは思っていなかった。ごめんよ、奈良クラブ。それほど、かなり重要な一戦だった。
 「春一番」コンサートでは僕の好きなアーティストが続々と登場し、こちらはこちらで熱狂の渦中だったのだが、この日出演したなかでリクオと中川敬(ソウル・フラワー・ユニオン)が演奏した、「(What's So Funny 'Bout) Peace, Love And Understanding」が最高だった。奇しくも帰って試合を見直した時、この一曲にこの日の奈良クラブの全てが詰まっていたというような、そんな気がした。

As I walk through
This wicked world
Searchin' for light in the darkness of insanity.
I ask myself

Is all hope lost?
Is there only pain and hatred, and misery?
And each time I feel like this inside,
There's one thing I want to know:

What's so funny 'bout peace love & understanding?
What's so funny 'bout peace love & understanding?

(What's So Funny 'Bout) Peace, Love And Understanding

 「望みを捨てない」という態度は、なかなかに厳しいものだ。特に自分への厳しさを問われる。無批判に追随するだけでもなく、だからといって見捨ててしまうことでもない。奈良クラブが勝てない間、選手だけでなく、ファンも「どうしたものか」とかなり苦悩したはずだ(僕は結構苦悩した)。「がんばれ」という応援だけでは足りないようにも思うし、選手はすでに十分がんばっているので、さらに「がんばれ」というのは違う気もする。しかし、どうにか勝ってほしい。勝ったところがみたい。いや、勝利を選手やスタジアムに集まった人と分かち合いたいが正確なところか。このナンバーは曲調こそポップだけど、歌詞はとても切実だ。試合終了後、奈良クラブの選手たちはピッチに倒れ込んだが、体全体で喜びを噛み締めていた。スタジアムの雰囲気も最高だったそうだ。「おめでとう」というよりも、「ありがとう」という感情の方が優っているのは、もはや奈良クラブが他人事ではないという存在なのだろう。まだまだこれから。望みは捨ててはならない。


岡田の高いポジショニング

 この試合については、奈良クラブの試合運びに幾つかの変更点、あるいはこれまでで効果的だった場面をより強調するような工夫が見られた。これが今治に対しての対策だったのか、今後これを継続するのかは不明だが、前節で提案していたことがいくつか取り入れられていたので、嬉しくなったので記述する。おそらく、スタジアムで見る際もこういうところを見るともっと面白いのではないかと考えている。

試合開始時のフォーメーション

 試合開始時の予想フォーメーションはこちら。FC今治はスタンダードな4−4−2である。このまま奈良クラブのフォーメーションとばちんと合わせると、今治のDFが4人に対して奈良クラブはFWが3人なので、今治が一人多いことになる。奈良クラブは中盤の真ん中とDFを合わせれば数的優位は作れるので、相手に合わせてこちらの立ち位置を変更するということはあまりしなくて良い噛み合わせだ。それでも、これまで相手がボールを持っている時(以下、非保持と書きます)、奈良クラブは4−4−2に陣形を変更して対応することが多かった。この日も基本は4−4−2で山本が前に出る形は維持したまま、左サイドの岡田も4の列よりも前でプレスをかけるという立ち位置になっている。特に前半に顕著なので、ダゾーンで確認できる人はしてみてほしい。

非保持でも高い位置をキープしてプレスする岡田(前半13分頃)

 ちなみに、完全には確認できていないのだが、この立ち位置はこの日の2点目の布石になっている。岡田がより前でプレスにいくというのは、非保持から保持に変わる時(トランジションといいます)、岡田はより相手ゴールに近いところがスタート地点になるということだ。これまで百田だけが前線に残り孤立している場面があったが、岡田がここに残り、パスコースを作ること、そしてドリブルでボールを運べるようになったことで、相手DFは前に出てくることができない。百田と岡田の2人で相手DF4の4人を釘付けにできたことが前半の試合運びで優位に立ったポイントの一つだ。
 おそらく、これは今治のメンタルも影響している。今治は前節に4失点での敗戦を喫している。できれば点は取られたくないという気持ちになるのは普通だ。そのせいでラインを思い切ってあげられなかったのではないか。これが岡田と対峙するサイドバックがお構いなしに高いポジションを取られると、なかなか厄介なことになった。特に後ろの下川は流石のプレーを披露しているが、まだ万全ではない。となると、岡田が守備に戻る必要が増えてしまう。まずは左サイドの攻防で優位に立てたことが大きい。
 この今治の悪循環には逆サイドまで影響が出る。どうしても左の岡田が気になる今治は、やや右寄りの展開になる。すると加藤もそれに引っ張られるのでサイドに張り出すことができない。本来加藤がマークするのは対面の嫁阪だ。嫁阪は岡田が前に出る分中盤を助けるために一列下がるのだが、これについていくことができないので、嫁阪が浮くことになる。フラフラと右サイドを移動する嫁阪はほとんどフリーだった。しかも、岡田からのクロスの際には、嫁阪はゴールのファーサイドにかなりの勢いで突っ込んでくる。狙い澄ましたまま死角から突っ込んでくる嫁阪と、岡田の鋭いクロスを加藤は同時に対応しなければならないのだが、そんなことができるDFはJ3にはいない。(広島の佐々木あたりならなんとかしそうだが)先制点のシーンはこうした全体のミスマッチのずれから生まれた。加藤のプレーは精一杯だったが、噛み合わせのところからきつかった。加藤は元奈良クラブの選手だから、おそらくどんな選手かはチームもよく知っているはずだ。そこを間接的に押さえにかかった戦術なのだとしたら、なかなにえげつない作戦である。
 加藤は加藤なりに、保持のときは前に出て攻撃の起点になろうとしていた。しかし、奈良クラブの守備の立ち位置がボールから加藤が一番遠いようにプレスをかけるので、そこまで到達することは少なかった。今治は途中から加藤を前に出して加藤抜きで4バックを作る対応も始めるのだが、噛み合わせでうまくいってないので、打開策にはならなかった印象だ。
 前半の同点打のあたりで、今治が陣形を変えて4−3−3のような布陣となり、DFへのプレス強度を上げてきた。これはこれで前半はうまくいっているように見えたがもちろんリスクもある。これも2点目の布石となる。

攻撃と守備のトリガーとなった山本

 嫁阪が浮くと、ここにボールを通されるのはまずいので別のMFがケアしないといけなくなる。しかし、こうなると山本のポジションが生きてくる。彼は非保持のときは前線まで出ていくのだが、彼はパスコースを作ることがうまい。パスコースを作るのが上手い選手は消すことも上手い。また、控えにパトリックが復帰したことで百田にも体力をセーブする必要がなくなる。面白いことに、体力をセーブする必要がなくなると、ポジショニングが良くなるので、より効果的なポジションを取ることができるようになる。この二人の連動は非常に素晴らしいものがあった。
 2点目もそうなのだが、1点目で振り返ろう。左サイドからチャンスをつくるとき、山本はかならず近い方のゴールサイド(ニアサイドといいます)にポジションをとる。山本は足元がうまいだけでなくサイズもあるので、彼がニアサイドに入ってくることは相手にとっては非常に嫌なことだ。あとで詳しく説明するが、岡田や下川は左サイドにいるが右利きなので、クロスはゴールキーパーに向かってくる軌道でなることが多い。この軌道のクロスはゴールキーパーのまでシュートが打てなくても、ボールの軌道を変えるだけで点が決まるかもしれないなかなか厄介なボールだ。特に大きなFWがいない奈良クラブの攻撃の生命線のひとつである。ここに山本が入ってくると、先に触られると1点というシーンになる。フットボールがよくわかっている人ほど、こういう山本の動きには反射的に釣られてしまうものだ。

山本が相手DFを惹きつけるので、数的優位を活かせない今治

 先制点のシーン、岡田のドリブルに気を取られた今治は3人がそこに引きつけられている。裏を下川が抜け、ほぼフリーでクロス。そのときニアサイドに猛然と走り込む山本。手を挙げてボールを要求する百田。この時、ボールサイドには今治のDFは3人いるのだが、誰も守備に参加できていない。山本にボールが入ったら、加藤は中央をケアしないといけないので、ボールサイドに目をやる。その隙に嫁阪が一旦中央に走り込むフェイクの動きを入れる。一度加藤の前に出て加藤を動かしたあとに、バックステップでポジションを修正して頭で合わせる嫁阪。ゴール。何度見ても完璧なゴールだ。そして、つぶやいた。

「おいおい、嫁阪選手。それはストライカーの動きだ。」

逆足のサイドアタッカーの魅力

 もうひとつ、岡田選手の動きが良くなってきたので逆足のサイドアタッカーの魅力について書こうと思う。
 逆足というのは利き足とは逆のサイドでプレーすることだ。最近のお馴染みでは三苫選手だろう。彼は右利きだが左サイドでプレーする。あるいはメッシも左利きだが右サイドに置かれていた。中村俊輔もセルティックでは右サイドだったし、古いところではバルセロナ時代のミカエル・ラウドルップも印象に残っている。ジダンやアンリも左サイドに逃げることが多かったし、Jリーグでいけばストイコビッチも右足で半身でキープしながらゲームを作っていた。割とポピュラーな戦術なのだが、どうしてもフットボールのゴールシーンはベッカムのクロスのように、順足で上げたクロスをドカンと合わせるシーンが印象的であまり逆足のサイドアタッカーは一般には馴染みがない。
 フットボールのチームはバランスが大事だが、バランスは左右対称ということではない。むしろ、左右非対称の陣形になる方がバランスが取れている。言ってみれば当たり前だが、クローンで11人を構成しているわけではないから、選手一人一人の個性があるわけで、その最大値を結集した陣形となるとどうしても左右非対称になるのだ。これまでの奈良クラブは、そこへいくと左右対称のバランスにこだわりすぎていたように思う。前述したように、岡田が前に出るおかげで、全体のバランスが良くなった。奈良クラブは左肩上がりの陣形がもっともバランスが良い。左の岡田の役割は、ドリブルからのカットインからのシュート、あるいはクロスである。前節からの傾向で、岡田はカットインからのシュートをふかさなくなってきた。これは調子が上がっている証拠だ。もっと調子があがれば、力一杯振り切ることなく、狙い澄ましたゴロのシュートをニアとファーに打ち分けるようになるだろう。おそらくここからかなり得点やアシストを量産するようになる。クロスも正確、下川選手のコンディションも戻れば左サイドは今まで以上に強力になる。失点はある程度目を瞑っても、こちらから得点が取れていれば大丈夫だ。
 右サイドの嫁阪選手の役割はボールの出口を作ることと展開力である。奈良クラブが左肩上がりの陣形を取る関係で、相手もその裏を狙うことが多く、ボールを奪った後は右サイドに割とスペースがある。嫁阪はここでボールを引き取り、前に進めた上でもう一度岡田にドリブルをさせるよう段取りをする。そして、そのクロスへの飛び込みが役割だ。
 ツエーゲン金沢戦はちょうどペナルティエリアの横から見ていたこともあって、手前の岡田や下川からのクロスが相手にどのように見えているのかを体感できた。B席のカテゴリーであまり高価ではない席なのだが、この席は奈良クラブの攻撃を堪能できるので、かなりおすすめだ。ぜひ、一度ここから見てほしい。相手DFは岡田と下川の連携にかなり手を焼いているので逆サイドの嫁阪までをケアすることができない。金沢戦ではDF全員がこちらを向いているので、「あれ?」と思っていたら嫁阪がピッタリと合わせた。それくらい、岡田&下川の引力はすごいのだ。加えて百田だ。彼はクロスが上がってから動き直すことができる感覚を持っている。反射神経が異常に高い。これもダゾーンよりも生で見てほしい。全員が止まっている中で百田だけが動く瞬間がある。これはかなりゾクゾクするはずだ。
 話がややそれたが、追加点のきっかけになったのも岡田だった。後半開始早々、今治は前半の終わりの勢いのままに前から押し込もうとする。おそらくハーフタイムで「恐れずに前から行きなさい」という檄が飛んだのではないか。惜しいチャンスもあったあと、奈良クラブがボールをキープ。あまり狙い澄ましたという感じではないロングボールを百田が落としたところにいたのは、岡田だった。まさかの完全なフリーである。「前からいけ」からの中盤の枚数を減らし前線の強度を上げたことで、今治は後ろの人数がいつもより足りないのだ。ここにエアポケットができた。また、この日の岡田は前残りしているので、百田の落としに反応することができた。フリーの岡田はひらりと相手を交わし、ペナルティエリアへドリブルを開始する。初速からスピードに乗る岡田。相当迫力があるのだが、ここで注目してほしいのは2点だ。まずは岡田のドリブル。左サイドから右利きのキープで持ち上がるので、ディフェンスから遠いところにボールがある。ゆえにディフェンスは飛び込むことができない。ここで一気にゴール前への押し込まれる。逆足ウィングの真骨頂だ。さらにもう一点の注目ポイントは猛然と逆サイドをゴールへ突進する山本だ。彼はこの試合の出場中、ここへのフリーランニングを繰り返している。影のアシストは山本だ。彼がゴール前のDFを後ろへ後ろへ引っ張るので、岡田と対峙するディフェンスにサポートへいくことができない。岡田はほぼフリーでシュート。このシュートもふかさない。キーパーは弾くのが精一杯で難を逃れたと思ったこぼれ球にいたのは嫁阪だった。今治のDFはここで5人戻ってきているが、岡田、百田、山本に引っ張られたせいで嫁阪はペナルティエリア内で完全にフリーな状態となる。彼だけにスポットライトが当たっていたような、不思議な空間にいた嫁阪が狙い澄ましたシュートは右ポストギリギリに突き刺さる。勝ち越し。そして、またこの言葉が頭をよぎる。

「おいおい、嫁阪選手。それはストライカーの動きだ。」

もう一人の岡田選手について

 勝ち越してからは奈良は我慢の時間であった。何度もここまできて、何度もここから追いつかれ、逆転された。「望みを捨てない」態度は、辛いのだ。結果を知っていても、後半はハラハラした。ただ、受けるだけでなくしっかりと自分たちのフットボールを出すのだ、という意思を感じた。この辺りは、広島との試合から得た教訓なのかもしれない。後手を踏むのではなく、自分たちの主張を通す。願わくば、ペナルティエリアのなかでのファーストチョイスはシュートで良いと思う。60分のチャンスも、神垣はシュートで終わってよかった。同じコーナーキックになるにしても、攻撃失敗のコーナーは相手がポジティブな気持ちになる。ブロックされても打つ姿勢が今は必要だろう。
 ラスト10分、頼りになるのはもう一人の岡田、いやむしろこちらが本家といべきか、ゴールキーパーの岡田選手だった。もうこの時間になれば戦術どうのこうのではない。やはり彼の佇まいというか、彼がゴール前にいるだけで、何とも言えない安心感がある。マルク・ビト選手にも良さがあり、全く違うタイプのキーパーなので単純な比較はできない。トータルでいうと五分五分というところだろう。岡田選手の安心感は球際のところで体を張ったプレーをこれまで幾度となく見てきたからではないか。試合後のインタビューでも語っていたが、6失点した広島戦であったが、岡田選手でなければ10点取られていてもおかしくなかった。PKも両方ともコースは読んでいた。失点のシーンはGKにはノーチャンスだった。だから、ゴール裏では岡田選手へのねぎらいの言葉が絶えなかった。しかし、そんな岡田選手が一番悔しそうにしていたことをファンは知っている。一番きついところを彼は引き受けてくれたのだ。そして、そのレスポンスをインタビューでちゃんと言ってくれるところに、彼の人徳を感じる。彼はどれだけ点差が広がっても、集中力を切らさずに最後までボールにくらいついていた。奈良クラブに岡田というゴールキーパーがいてよかったと思わせる試合の終わりだった。

自由というのは失うことだ

 渾身の勝利となった今治戦だが、ここで浮かれているわけにはいかない。まだまだ目標となるラインには奈良クラブは届いていない。秋に痺れる試合をするためにも、ここから夏場にかけて巻き返していく必要がある。怪我人などの不安材料もあるが、シーズン序盤の様々な経験をやっと消化できたのではないかという様子もあり、僕はやや楽観的である。もちろん、同じ失敗は繰り返すだろうし、負けることはあるのだろうが、大きな階段をひとつ登ったのではないかと感じる。
 おそらくスタジアムで見ていた人の方がよくわかると思うが、この試合の奈良クラブの選手同士のコミュニケーションの量は非常に多い。場面場面でお互いに話をし、修正するところや自分の意図を伝え合っていた。どちらかというと、物静かな印象の奈良クラブにあって、こうしたシーンが増えたことは一番の変化である。みんなで勝利を掴むんだ!という強い意思を感じるゲームだった。
 「春一番」の初日、トリを務めたのは関西フォークのレジェンド中川五郎だった。最後は残っていた出演者全員で「自由についての歌」を大合唱だった。この歌は1969年の発表だ。時代の不条理に絶え、それでも自由の価値を歌い上げる名曲なのだが、今回はそこにこんな歌詞も付け加えられている。

自由っていうのは、失うことさ。何もないことさ。
いい気持ちになるのは、簡単なことさ。
ボビーなブルースがあれば。それだけで俺たちはご機嫌さ。

「自由についての歌」by中川五郎

 言うなれば、「奈良クラブがあれば俺たちはご機嫌さ」なわけで、勝ったり負けたりすることに一喜一憂することはとても尊いことなのだ。この日は「子どもの日」ということで、キッズも多くスタジアムにきていたそうだ。奈良クラブの選手だけでなく、そこに集う大人たちの見せる姿というのは、「たかがフットボール」に熱狂し、うなだれ、それでも希望を捨てないという態度なのだろう。それはどこのチームでも同じであって、特にJ3というカテゴリーのチーム同士なら尚更のことである。「自分たちのクラブ」があるということは幸せなことだ。もう次の試合が待ち遠しいじゃないか。

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