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単純で、鈍感な私に気づきを与えてくれたもの
先日、実写版『君の膵臓をたべたい』を見て、少し思い出したことがあるのでここに綴る。映画とは全く関係の無いものであるが、少年少女の淡い恋につられて思い出した。
メンマが嫌いな私のために、毎回私の分のメンマを食べてくれていた元彼の話だ。
私が食べたことのあるラーメンには、だいたい最初からメンマが入っている。その役割は、装飾だろうか、味のアクセントだろうか。あるいは。
私は、昔からメンマが苦手だ。あの独特の食感がどうしても好きになれなかった。
私が高校生の頃付き合った彼氏は、私が避けておいたメンマを、「食べていい?」と言って、そのままそれを自分の器に移して食べた。高校一年生の冬だった。
あの頃の私は、ものすごく単純で、(メンマが好きなのかな?)と思って「メンマ食べられるんだね。すごいね」なんて呑気に言って、メンマがないラーメンを味わった。
私たちの高校の近くには、ラーメン屋さんがたくさんあったので、放課後デートをする時はラーメン屋さんに行くのがきまりだった。
どのラーメン屋さんに行っても、彼がメンマを食べてくれていた。
そうこうしているうちに二年が経って、高校を卒業した私たちは、進学に伴い、遠距離恋愛をすることになった。
やっと迎えた五月の連休に、夜行バスに乗って、彼の元へ向かった。今までと何も変わらない様子で、安心した。
少し髪が茶色くなっていた。
その日は、彼の家に直行して、軽い夜食を食べ、同じベッドで眠った。
翌日、お昼前に彼を起こして、遅めの朝食をとった。菓子パンにサラダという、健康に気を使っているのかいないのか、分からないような品目だった。
そのあとはアニメを見て、お昼寝をして、夕飯の買い出しに行った。
二人でチーズインハンバーグを作った。少し焦げた。お互い大きなものに魅力を感じるタイプだったので、ハンバーグは、私の手のひらと同じくらいの大きさにした。
大きすぎて、彼はともかく、私は半泣きでハンバーグを食べた。
おいしかった。
そしてまた同じベッドで眠った。
次の日は、水族館に行く約束だったので、早起きをした。大きな水槽の中で泳ぐ魚たちよりも、今にも泣き出しそうな彼の顔が記憶に残っていた。
やっぱり私は、単純で、鈍感だった。泣きそうな彼の手を取って、小さな水槽の前に誘導した。彼が泣きそうになっている理由が、大きな水槽の中で泳ぐ魚が苦手だからだと思った。
水族館を楽しんだ後は、近くの商店街で食べ歩きをした。
夕飯は駅の近くのラーメン屋さんに決まった。私はいつも通りメンマを避けた。彼はどこか上の空のようだった。いつも私の食べるペースに合わせてゆっくり食べてくれる彼が、豪快に麺を掻き込んで席を立った。
「ごめん。ちょっとお手洗いに」
その日、私は二年とちょっとぶりにメンマを残した。
連休が明け、私たちはそれぞれの日常に戻った。毎日一言だけでもメッセージを送り、週に一度は電話をして近況報告した。でも、それも長くは続かなかった。
連絡頻度は、毎日から二日に一回、三日に一回と下がっていった。
蝉が鳴き始めたころ、彼が私の元に会いに来てくれた。二人で花火を見に出かけ、そのままホテルで一泊した。
その時見た花火が、今のところ人生で一番きれいな花火だ。
別の日には、彼の地元に連れていってもらった。潮のにおいがする街だった。私の知らない彼が、そこにいた。
それから少し時が経って彼から連絡があった。
『話したいことがある』
その年の秋はまだ暖かくて、生ぬるい風が妙に心地よかった。
こういう時に限って私の勘が冴えて、ある種のゴールしか思い浮かばなくなっていた。終わるんだろうなと思った。
彼からの電話に出たら、いつも通りの彼がスマホの向こう側にいて、気が緩んだ。少しして彼が心のうちに秘めていたことを告白してくれた。彼が抱えていた問題については、書くのを控えさせていただく。
でも、なぜか彼が抱える問題を解決できると思った。単純で、鈍感な私は、思いつく限り、解決策を出した。
いつも通りの彼を前にして、私たちが別れるという選択肢を無意識に削除していた。
しかし、彼にとって一番の解決策は、私と別れることだった。
長い沈黙の後、嗚咽する彼がいて、私もつられて泣いた。互いに感謝と謝罪をして、二年半の思い出に別れを告げた。
あれからまた少し時が経って、高校時代の友人とラーメン屋さんに行く機会があった。そこでも、メンマが入っていた。なんとなくそれを見つめていると、友人が「食べようか?」と言ってくれた。
でも、その厚意は丁重に断って、私は約十年ぶりにメンマを食べた。
すると友人が驚いた顔をして「メンマ食べられるようになったんだね」と言ったので、詳しく聞くと、元彼はメンマが苦手な私の代わりに自分が食べていることを友人たちに言っていたらしい。
少し恥ずかしいが、事実だし、黙っていると友人が言葉を続けた。そこで初めて知った。
彼もメンマが苦手だった。
まだ学生だし何が正しいかはよくわからないけど、苦手なものを好きな人のために食べることが愛だと思った。私は彼に愛されていた。
彼と出会えてよかった。好きになれてよかった。
単純で、鈍感な私は、少しだけメンマが好きになった。
少し思い出しただけだ。
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