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快とは?「快感回路」デイヴィッド・J・リンデン著 書評 その1

<概要>

食欲・性欲などの生存に必須の快楽から、生物学的な生存に無関係なギャンブルや薬物、金銭欲、承認欲求や円滑な人間関係、知識欲まで、あらゆる人間の快感は、脳の中の解剖学的にも生化学的にも明確に定義される「快感回路」(報酬系)を興奮させるという現象であることを紹介した、脳神経科学者デイヴィッド・J・リンデンの一般向け著作。

<コメント>

脳神経科学者リンデンの著作は3冊目。

それにしても本書は究極の書。

人はそれぞれ、自分の関心に合わせて世界像を生成しています。言い換えれば人は誰も「見たいものだけを見ている」わけで、関心のない物事には、実際目にしていても全く自分の世界には入ってきません。つまり自分が無関心の物事は自分の世界には存在していないのです。だから「世界は自分が作っている」とも言っていい。

それではその関心ごとの根源ともいうべき自分の欲望(快楽)とは、一体生物学的にはそのような働きなのか?を紹介したのが本書。

残念ながら、特に私自身最も興味のある「知的快楽」「スポーツ観戦的快楽」については研究はまだまだこれからといった印象。ただ知的興奮やスポーツ観戦における興奮は間違いなく自分の快楽回路の働きの結果なのは間違いなく、今後の研究成果を待ちたいと思います。

■快感回路とは何か?

快感回路とは、専門的には「報酬回路」とか「報酬系」と呼ばれています。これは腹側被蓋野、側坐核、内側前脳束、中隔、視床、視床下部など、すべて脳の基部、正中線に沿って分布する構造のこと。

本書第1章

快感回路の中で「ドーパミン」という化学物質が快楽の源泉となっており、GABAという物質が快楽を抑制する方向に働きます。

VTAのニューロンはドーパミンを放出する軸索を脳の他の領域にも伸ばしている。例えば扁桃体と前帯状皮質(情動の中枢)、背側線条体(ある種の習慣の学習形式に関係する)、海馬(事実や出来事の記憶に関係する)、前頭前皮質(判断や計画を司る。ヒトではここがほかの哺乳類よりもとくに大きい)といった領域だ。

本書第1章

情動や知的作業など、さまざまな脳の部位にたいしてドーパミンを放出することで快楽を感じるのが人間(高等動物も)。

ある経験がVTAのドーパミン・ニューロンを活動させ、その結果、投射標的(側坐核、前頭前野皮質、背側線条体、扁桃体)にドーパミンが放出されるとき、その経験は快いものと感じられる。そしてこのような快い体験に先立つ(あるいは伴う)感覚や行動が手がかりとして記憶され、ポジティブな感情に関連づけられる。

同上
同上

ではどのような経験が、生き物の快感回路を興奮させるのでしょう。

■動物の快感回路

動物が生き続け、子孫を残すためには、食べたり飲んだり交尾したりといった経験が快いと感じる必要があります。

生き物はすべて、生存していくために何らかの情報を①感覚器官でインプットし、
②神経系で処理し、
③運動器官を使ってアウトプット

しています。

この「生き物フロー」の中でどうやって②神経系が、①インプット情報を取捨選択しているかといえば「快感回路」によってなのです。つまり快感回路は生物が生きていくための判断のキモとなる最も重要な神経系と言ってもいいかもしれません。

例えば「C・エレガンス」という「線虫」は、体調1mmで神経細胞が302本しかない生物ですが、バクテリアを捕食するために匂いを手がかりにバクテリアの塊を見つけます。バクテリア固有の匂いに対して8本のドーパミンに関わる神経細胞が反応し(快楽を感じ)、ドーパミンを放出して、バクテリアを欲しがる方向で運動器官が働き捕食するというフロー。

ドーパミンという化学物質によって線虫が感じる快楽が、餌を捕食するモチベーションになっているという構造は、人間でもその基本構造は全く同じ。

ところが人間の場合は、生存に不可欠な三大欲求(食欲・性欲・睡眠欲)以外にも、承認欲求や知識欲など、さまざまな欲望を持っています。

とは言ってもこのような欲求があるからこそ(ドラッグ系やギャンブルでさえも)、人間という種をこれだけ繁栄させてきた原因だともいえます。

以上、次回は、それでは生存に(直接は)無関係な快楽の一つ、薬物による快楽について紹介します。

*写真:超歌舞伎2022。新橋演舞場にて(2022年8月撮影)

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