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「滅び行くアルセッタ」1話「予言」創作大賞2024・漫画原作部門

あらすじ
異能が当たり前の地底王国アルセッタ。
神秘に満ちたアルセッタは地球の中心にあり、地球の核である動力炉を幻獣から守る為存在していた。

ある日「60日後アルセッタが滅びる」と言う予言が下される。
一度も外れた事の無い予言に国は絶望、地上へ逃亡する国民も現れる。
自国を愛する王子シキは聖三家という特別な血筋の家のみの緊急会議に参加し「俺は諦めない、抗えば滅亡は回避出来るかもしれない! だから協力してくれ」と周囲に訴えた。
シキの真っ直ぐな思いに一人一人賛同していき、抗えるだけ抗う事になった。

滅亡になり得る原因を抑えるべく、これから祖国で起きる事を知らないシキは地上へと向かうのだった。

本編
 モブAが、坑道を塞ぐ巨大な地竜にバリバリ食われている。
 美味しそうにモブAを食べている地竜の前、Aの血で濡れているモブBは壁に追い詰められ震えていた。モブBは必死に掌から火の玉を出し攻撃するが、地竜には効かない。

「陽動は退屈だと思ってたんだが、こうじっくり人間を食べられるのは良いな」

 Aを綺麗に平らげた地竜は次に、Bに鋭い視線を向ける。
 次は自分が食べられる番だ。「ヒィッ」と尻もちをつき顔面蒼白のBは後退る。ドスン…ドスン…と地竜が歩み寄り、Bの顔一杯に影が落ちた。

「させるかっ!!」

 しかし突然青年の声がし、地面を濡らしていた血液が生きているように動き出す。直後血液が宙を舞い、無数の赤黒い刃となって地竜を切り裂く。

「ぐあああああっ!?」

 一際大きい刃により頭部が綺麗に飛んだ。血が噴き出し坑道に断末魔が響く。

「大丈夫か!?」

 駆け寄ってきた青年にBの瞳に光が戻り「貴方は」と呟く。

「いた、痛い…血液…クッお前、聖三家の1人か?」

 地面に転がった地竜の頭部が悔しそうな表情で呻く。

「そうだよ、アルセッタ王子シキだ。ドラゴンなんかが俺の国民に手を出すな」

 20歳程の白髪の青年はハッキリと応え地竜とBの間に立ち直す。シキは周囲を見回し、Aが食べられた事を察し眉を顰めた。

「そうかっ、どうせなら最後にお前を食べたかったな…お前の血肉はさぞや美味いだろう!!」

 地竜は最後の力を振り絞り、口を開けてシキへ飛びかかる。頭部だけでもシキより大きく「王子!!」とBが悲鳴を上げる。
 しかしシキは一瞥もくれず「うるさい」と跳んで来た頭部をボールのように叩きつけた。
 これにはBも閉口、地竜は頭部も胴体も動かなくなった。

「怪我は無いか? 悪い、俺がもっと早く来てたらこいつは……」

 Aの血が蒸発し坑道が綺麗になっていく中、シキは唇を噛んでBに謝る。

「動力炉の前にはもっと地竜が攻めて来てて。陽動を片付けるのが遅くなった。悪い……っ」
「…王子のおかげで私は助かりました。それにこいつだって覚悟の上だと思いますよ。私達もアルセッタの国民、動力炉を守って死ねたなら本望です。…にしても血液操作! 流石聖三家だけの能力! 強いですね。羨ましいです」

 ──その時。

「兄様!」

 坑道の奥から薄着の美姫、17歳のメルリクが地面を蹴って飛んできた。シキもだがアルセッタ人は色素が薄い。

「どうしたメルリク、そんなに慌てて。お前が居るんだから動力炉前の地竜は片付いただろ?」
「それは当然そうだけど、そうじゃなくてっ! 大変な事が起きたの! 今すぐ動力炉に来て!」
「うわっ!?」

 ショートカットのメルリクはシキの腕を掴みぐいぐい引っ張っていく。

「あっ、有り難う御座いました…っ!!」

 付着した血が綺麗に消えたBの礼が坑道に響いた。


「待て待て待てっ、そんなに慌ててどうした?」

 メルリクに引っ張られシキは大きい坑内広場に出る。
 発光する壁により昼のように明るく、地竜や人の死骸が点在している。

「予言が更新されたの、それが…っ! 退きなさい! 聖三家が通るわ!!」

 メルリクは叫んでモブを払い動力室に入っていく。
 中には気絶した女王ユーファを支えている数人の聖三家が居た。

「母上!?」

 驚くシキにメルリクは何も言わず、沈痛な面持ちでただ一か所を指差した。そこには透明の殻に脈打つ胎児が入っており、外殻に文字が刻まれていた。
 『後60日後にアルセッタが滅亡する』と。

「は?」

 それを目にしたシキは驚きに目を見開き固まった。


 アルセッタの坑道や坑内からなる街並みをバックに、モノローグに切り替わる。

『地底王国アルセッタ。
 はるか昔から大いなる地底にあったこの国は、国民誰もが異能力を有している。
 特に王家を含む聖痕を持った3つの家は聖三家と呼ばれ、聖三家固有の血液操作の能力と個人の能力2つを持ち一般市民と一線を画していた。
 能力――それはアルセッタの存在理由と大きく関わっている。
 卵や果肉のように殻や皮に覆われた物は美味しく、頭蓋骨に覆われた脳は賢く、命を包む女性や種は尊い。
 その真理は地殻に覆われた地球の動力炉で胎児の姿をした核も同じだ。天候や照明と言った地底の理を司る核を最上級の獲物とする幻獣から核を守る為、アルセッタは能力と共に存在している。
 自分を守るアルセッタへの礼か、核は稀に殻に予言を刻んだ。崩落、凶作、災害、死……内容は様々なれど、核の予言が外れた事は今まで一度も無い。
 その殻が、今度はアルセッタの滅亡を予言した』


 場面は発光が消え、夜のようになった王城。
 シキの家は聖三家の王政担当だ。
 寝室でグズグズ泣いているメルリクにシキが近寄る。

「メルリク、聖三家会議始まってるぞ」

 メルリクはバッと体を翻して兄に泣きついた。

「兄様…っ、アルセッタに何が起こってるの。どうしてこうなってしまったの!」

 外では気丈でも、中では泣き喚くメルリクの姿は子供のよう。アルセッタ最強の少女も心は脆い。
 シキは目を伏せ抱き留めるように妹の頭を撫でる。

「それは俺にも分からない。でも大丈夫だから……何時ものように強気に笑ってくれよ」

 シキに宥められていく内にメルリクも先程よりも落ち着いていく。

「うん…」
「よし、良い子だ。2階の会議室に行くぞ、後はお前だけだ。みんな何時もと違ってピリピリしてる、話が進まない」

 だよね…と頷くメルリクは並び歩きながら兄を見上げる。

「兄様は怖くないの? その…つまり…私達、ようは死ぬのでしょう」
「怖いに決まってるだろ。自分がこんなに早く…死ぬなんて今まで考えた事無かったんだから…あー、でも父上に会えるな」

 困り顔で返す兄にメルリクはハッとなる。

(そうだよ、兄様だって怖いよね。何当然の事聞いてるんだろ…なのに兄様は私を励ましてくれた。私も兄様を励ましたいっ!)

 メルリクは顔を上げて兄の腕に抱き着く。メルリクは聖痕が胸にあり一緒に潰れる。

「兄様! 変な事聞いてごめんなさい。まだ60日あるのに、落ち込むのは早すぎたね。兄様も元気出して!」

 不敵に笑う妹にシキは驚いたように目を見張り、少ししてから「ああ、有り難う」と笑う。

「あ、着いた。…離れろよ」
「はーい」

 渋々メルリクが腕を離しガチャリとドアを開く。

「シキ、戻りました」
「…メルリク、遅れてすみません」

 会議室には表情の暗い老若男女13人の聖三家が既に居た。
 アルセッタの気温の高さからみな薄着で、聖痕が顔に出ている者も数人居る。
 目の下に聖痕が出ている怜悧な印象のある女王ユーファが2人に反応する。

「シキ、メルリク」
「ごめん母様遅れて! 続けて」

 「そうね」と、ユーファは続ける。

「皆さんご存知のように核が刻んだ予言についてです。後60日後にアルセッタが滅亡する。私達はそれをどう受け入れるか――」
「そんなの話し合ってどうなるっ! アルセッタも私達も滅びるに決まってるだろ!!」

 机を叩いてわなわなと1人が叫ぶ。

「いや、地上に逃亡すれば或いは――」
「馬鹿かお前、アルセッタひいては動力炉が滅びたら地上も滅びるに決まってる! そもそもあんな所行けるかっ!」
「じゃあ私達はただ死を待つだけなの!? 嫌よそんなの!!」
「お前は黙ってろ!!」
「なによ!!」

 怒声飛び交う会議室に秩序は無い。
 普段は頼れる大人達の取り乱した姿に、一番若い少女は我慢出来ずに泣き出してしまう。

「ああうるさいっ!! なんでここに子供を連れて来たのよ!!」
「慣習だから仕方ないだろ!!」
「静かに!」

 ユーファが場を鎮めようとするが誰も聞く耳を持たない。

「静かに――」
「静かにしろっ!!」

 ユーファの声を遮ってシキが立ち上がり周囲を一喝、一転部屋が静かになる。みなの視線がシキに向けられた。

「互いを罵りあって何になるっ! 俺達が落ち着かず国民が落ち着くわけないだろまずは母上の話を聞け!」

 一息に怒鳴るシキに周囲が気圧されていく。一拍後、ハッとなった少年が鼻で笑った。

「…フンッ…王子に威厳があって宜しい事で。じゃあシキ、君はアルセッタをどう導いていくおつもりなんだ?」

 机上の拳をぎゅっと握りシキは唇を動かした。

「俺は…俺は諦めない、滅亡に抗う!」
「兄様!?」
「シキ!?」

 シキの発言に周囲は驚きを隠せない。予言に抗うなど誰の頭にも無かった。

「でも兄様! 予言が外れた事は一度も――」
「そんなの知ってる! でもな、さっきお前が言っただろ。まだ60日あるんだよ。俺が知る限り予言が日数をこんなに設けた事は無い。この60日には意味がある。だったら抗う価値は十分にあると思うんだ!」
「な、なに馬鹿な事を…」
「予言は一度も外れた事無いのに……」
「愚かな、どうせ無駄だ…」

 会議室に動揺が再び走りみなシキを見ている。

「ああ確かに愚かだな」

 シキが顔を上げ、会議室に居る1人1人と目を合わせていく。

「でも俺は愚かなくらいアルセッタを愛してるんだ! 産声が響いたらみんなが笑顔になって、誰かが棺に入るとみんなが泣くアルセッタを!」

 シキの言葉をみな複雑な表情で聞いている。

「俺は…アルセッタの滅亡を食い止めたい。好きな物の最後なんて見たくない、そう思ってるよ。だからみんな協力してくれないか」

 自分の気持ちを話し終えたシキは着席する。

「でも……」
「無理だ」

 しかし一同は否定的だ。
 そんな中、メルリクはじっと兄を見つめていた。誰も頷かない事に兄の手が微かに震えている。決心したように立ち上がる。

「…私っ、私は兄様に協力するわ! 私もアルセッタを滅亡なんかさせたくない、だって兄様と同じくアルセッタが好きだもの! 大丈夫よ兄様。アルセッタで一番強い私が頑張るんだから、運命だって変えられるよ」

 シキの手を握って笑いかけるメルリクは「母様もそう思うでしょ?」と同意を求めた。

「………………」

 ユーファは暫く無言だったが、少しして決意を固める。

「…馬鹿ね、そんな大それた事良く言えるわ。でも、それに賭けるしかアルセッタが生き延びる道はないのでしょう。私も決めました。私もシキに協力するわ!」
「母上…メルリク…!」

 2人が賛同してくれた事に感動するシキ。賛同者が出た事が後押しとなり「じ、自分も!」と周囲も決心していく。

「女王、何か具体的な策はあるのですか?」
「……まずはどうしてアルセッタが滅びるか原因を突き止めるべきね。原因が分かったら、何とか出来るかもしれないじゃない」

 会議室の空気が少しずつ変わっていく。

「今日の猛攻以上に大量の幻獣が襲って来るんじゃねーの?」
「災害が無難?」
「能力の暴走は…?」
「クーデターもありそうね」
「私は……もしかしたら地上が原因になるんじゃないかって考えてる」

 物理的な距離がある地上が原因となるとは思えず、泣き止んだ子供がユーファに問う。

「地上? どうしてですか?」

 シキの語り。
『地上――それはアルセッタ人には、関わりたくない場所だった。
 渡航手段はあるので行っていい……事に一応なってはいるのだが、膨大な手続き、拘束時間の長い研修、血液操作を受け翻訳機能を授かる不快感、日焼けの煩わしさ、莫大な費用、距離……そして何より地上人に能力が無い事、種が同じでも動物の知能が低い事が原始的に映り、近付きたがらない。
 なので、硬貨を幻獣のおやつにするような酔狂な金持ちしか地上には行かない。行く人が居たら新聞の一面を飾り、人々からは悪人のように叩かれてしまうのが現実だ。』

「球根が枯れたら花も萎れるように、花が病気になっても球根は弱るもの。地上が滅亡したらアルセッタはやがて滅亡するでしょう。それに…核の予言がもう国民に漏れていてね。私が気絶して騒ぎを大きくしたから気付く人が出たみたい、申し訳ありません。それでね、数人の富裕層が掘削船を買収し国を違法脱出、地上に逃亡したと言うのよ」

 馬鹿な事を、と誰かが吐き捨てた。

「能力者が地上に出たら、アルセッタは物理的な危機があるんじゃないかしら。逃亡者が地上から力ずくで私達を埋めたらそれこそ滅亡よ」
「自分が外からアルセッタを滅亡させて予言を完遂させる、って事ね」
「逃亡者を捕獲しに誰か地上に派遣しよう。誰が行く? 聖三家のが良いよな?」

 地上を嫌っている者も多く誰も何も言わない。そこにユーファの声が響いた。

「それなんだけどシキ、私は貴方が適任だと考えているの」
「へ?」

 突然の母の言葉にシキは素で驚く。

「なんで俺?」

 地上に苦手意識は無いが疑問だ。

「地上行きには地上研究をしてるニバルも同行させるつもりなのだけど、ニバルは貴方と学友だったでしょう。それに貴方のもう1つの能力は地底よりも地上の方が真価を発揮する。ね? 動力炉の守りもあって人数が割けないし貴方以上の適任は居ないの」
「母様! 私も地上に行く! 兄様と離れたくない!」

 ガバッと兄にしがみつきメルリクは母に訴えるが「貴女は国に残って」と諭される。

「俺もメルリクと居たい……んだけど、こればかりは母上の言う通りだ。確かに俺が行くのが一番良い」

 理由を聞き腑に落ちたシキは受け入れている。

「嫌よ兄様行かないでぇ!!」
「君等は本当に仲が良いな! 国の為に我慢したまえよ!!」
「うるさい! 嫌味の申し子は黙ってて! 兄様とニバル2人だけって危ないでしょ!!」

 メルリクと少年の喧嘩を見てシキは力無く笑う。

「大丈夫だって、お前程じゃないがニバルも俺も強いだろ? お前が国に残ってくれる方が心強い。地上が落ち着いたらすぐに戻ってくるから、良い子で待っててくれ」
「ううう…絶対だからね」

 頭を撫でながら言う兄に渋々メルリクは頷く。本人もこれが我儘だと理解している。

「有り難う。シキ、じゃあ明朝には出国するつもりで居て。では、みんなでアルセッタの滅亡に抗いましょう!」

 ユーファが締め一同が力強く頷いた。
 そこにはもう、絶望に打ちひしがれている人物は1人も居なかった。


 会議が終わった深夜、シキの寝室。
 出国まで数時間無いが興奮と不安でシキは眠れず寝返りばかり打っている。

(地上か、どんな所なんだろう。ニバルはアルセッタよりずっと綺麗で汚い所とか言ってたけどピンと来ない…逃亡者の捕獲もだけど、寝食なんかも上手くやっていけるのか、俺は。そもそも本当にアルセッタを守れるのか……?)

 不安で寝れないシキは上半身裸のまま体を起こす。シキは脇腹に聖痕がある。

(最後にメルリクに会っておくか)

 妹が恋しくなったシキは上を羽織ってメルリクの部屋に向かう。

「入るぞー…あれ?」

 中に入ったシキは誰も居ない部屋に驚きを隠せない。

「居ない? メルリクー? おい、どこ行った? …早速どこかに行ったのか…? ちぇ…」

 最後の機会に妹に会えず落胆、シキは結局眠れなかった。


 早朝。
 ブツブツ独り言を言いながら、シキは城の廊下でユーファと向き合っていた。

「現時点では数人しか報告がないようだが実際もっと逃亡者がいる筈。これからは母上達が抑えてくれるだろうが…それでもすり抜けて来る奴は出て来るだろう。…やっぱり大丈夫か? ニバルと俺だけだぞ? そもそもニバル? あいつ任務そっちのけで地上の女性に手を出さないか?」

 ダダ漏れのシキの独り言にユーファが笑う。

「そんなに心配しないで。大丈夫、貴方の見送りに私しか出られないくらいもうみんな走り回ってるのだから、貴方は地上の事だけに専念するのよ」

 一息つき、普段は怜悧なユーファが母親の顔に戻る。

「地上はここより寒いから体に気を付けて。日焼け止めはこまめに塗ってね。貴方は偏食家だからサプリメントと言うのをちゃんと飲むのよ。あっ地上人の前で能力を使っては駄目だからね、貴方は嘘が上手くないのだから――」
「母上! 俺は母上のが心配だ、これから国民への説明を行うって聞いた。母上こそ気をつけて。…ところでメルリクは? 夜から見かけないんだ」
「もうっ私は大丈夫よ」

 息子に心配された嬉しさもあり、ユーファはすんなり話題変更を受け入れる。

「メルリクは用があるってウルターム鉱山に行ったわよ」
「は? なんであんな危ないところにっ! あそこ凶暴な幻獣の棲息地だろっ!」
「早速調査に行ったんじゃない? ほら、あそこ神秘的な物が多いでしょう。それにあの子なら大丈夫よ、貴方より強いのだから」

 ハッキリ言うユーファに言葉が詰まった。

「じゃあ行きましょう」

 2人は打ち合わせながら坑道の奥に。
 宝石を売り軍資金にし、ニバルが地上観察用に借りている部屋を拠点とする。逃亡者は捕獲後国に送還する方向になったが、相手はなりふり構わず逃亡までする者。国民は殺したくないが交戦は避けられぬだろうと覚悟を決める。


「女王! シキ!」

 広い坑内にある掘削船発射場には既にニバルが居た。茶髪で軽薄そうな地上研究者の青年は2人を見てパッと表情が明るくなる。

「久しぶりだな、シキ。早速行こう、時間が無ぇだろ。もう女王から話は聞いてる、国の為ひいてはアルセッタの女性の為に働けるなんて光栄だよ」
「ああ久しぶり。相変わらずで何よりだ」
「ははっ、早速地上に向かおう…ってアレ? 姫は? 当然来てると思ってた、2人は仲が良いから」
「ウルターム鉱山に用があるんだと。俺もここにメルリクが居ないのが残念で仕方ない」
「おお〜ウルターム鉱山って護衛兵の訓練でも除外されるような難所じゃん、オレとシキは行ったけど。さっすが姫凄いねぇ、惚れて良い?」
「却下」

 友人と話しながら乗船、2人は窓から顔を出す。

「じゃあ母上、行って来るよ。メルリクを頼んだ」
「行って来ます。アルセッタに光あらん事を」
「ええ、気を付けてね」

 窓を閉めようとした瞬間──地面に影が落ちた。

「待って待って待ちなさーいっっ!!」

 それは地面を蹴って空を飛び近付いてくるメルリクだった。

「メルリク!?」

 地面を抉って近くに着地するメルリクにシキは目を見開く。

「あらメルリク、来てくれたのね」
「良かった間に合って、もーっ兄様の見送りに私が行かない訳ないでしょ!」
「お! ひーめっ、久しぶり〜」

 美姫の登場に嬉しそうにニバルは手を振るが、当のメルリクはシキしか見ていない。

「じゃあなんで夜から居なかったんだよ」
「えっやだ兄様拗ねてる? ごめん! 私ね、ウルターム鉱山にこれを取りに行ってたの」

 言いながらメルリクは宝石のようにキラキラ輝く種を掌に乗せ見せる。正体に気が付いたシキがブッと噴き出した。

「これ……隷属の種じゃないか?」
「うわっオレ実物初めて見たわー……」
「私も教科書でしか…え、これ1人で取ってきたの? 凄い強い幻獣が守ってるんでしょう?」

 一部の種は地底のマジックアイテムと言える。

「そうよ、私が取ってきた。あいつら意外と弱かったわ。ね、兄様。これを飲めば誰でも従わせられるのでしょう? 2人だけなんて心配だからこれで味方増やしたら良いよっ」

 どこか誇らしげに笑いかけてくる妹に愛しさが込み上げ、シキは窓枠越しに妹を抱き締める。

「わっ!?」
「有り難うー…確かに2人だけは…いやそもそも全部が不安だったんだ。本当に滅亡を食い止められるのか、自信が無かったんだ。でもお前のおかげで心が決まった、もう疑わない。有り難う」
「…えーっと、私偉い?」

 いまいちピンと来ていないが、晴れやかな兄の顔に嬉しそうにメルリクは笑う。

「ああ、凄く偉い。有り難うな」

 感極まるシキにふふんっと笑い、メルリクは顔を突き出してシキにキスをする。

「!?」

 シキもこれには動揺。
 まあまあと笑うユーファや口笛を吹くニバルが見てる中、思わず腕を離してしまう。してやったり顔のメルリクは頬を染めてユーファの後ろに隠れる。

「お前なっ!」
「ふふっ兄様頑張ってね、私も頑張るっ!」

 ちょこっと顔を出す妹に結局は何も言えない。じゃあ行くか、とニバルは船を操縦しに向かう。

「…ああ、母上もメルリクも生きろよ! またな!」
「兄様もご武運を!」
「シキもニバルも気を付けてね~!」
「行って来ます」

 別れの挨拶を交わし、掘削船は天井を一瞬だけ吸い取り消えた。
 掘削船と言っても掘るわけではなく、吸収と排出を瞬時に繰り返して上昇していくのだ。


「うう兄様~…」
「またすぐに会えるわよ、それまでに私達も原因を解明しましょう。ほら帰るわよ」

 うん、と涙声で頷き、メルリクは塞がった天井を一度見た後ぎゅっと母の手を握り締める。

「にしてもメルリクは強いわね、貴女を私は誇りに思ってるのよ。頼りにしていい?」
「勿論! 母様、アルセッタは私が守るから安心して!」
「ふふっ、有り難う。本当に…貴女が居れば滅亡も何とかなるわね」

 娘にしみじみ言うユーファは、朝焼け色の発光を背中に受け目を細めた。


 静かな掘削船に2人になり、シキは改めて隷属の種を見つめていた。その頬はまだ赤い。

「お前等ってさー、本当に仲が良いよな…って次元超えてるくらい仲良いよな。オレ完全にスルーされたぞ、まあ何時もだけど。知ってるか? 飲み屋じゃ良くお前等が兄妹以上の関係かどうかで盛り上がるんだぜ」
「メルリクの事は誰よりも好きだけどそれはないな。あいつはスキンシップが好きなだけだ。今度そう言う場面に遭ったら否定しといてくれ」
「はいはい、そう言う場面が無事に来たらな。…ぶっちゃけ来ない確立のが高ぇだろ」

 伏し目がちのニバルを見たシキは種をギュッと握った。

「俺も何度も弱気になったけど…今ならはっきり言える。アルセッタは終わらせない、だからそんな事言うな、まだ時間はある」

 ニバルは真っ直ぐなシキの目にフッと笑う。

「…お前も相変わらずで良かった、そんなお前と一緒だからオレはこの話を受けたんだ。まっ、足掻くだけ足掻きますか!」

 友人の言葉にシキは強く頷く。

「ところでその隷属の種どう使う? オレとしては美人なお姉さんに使って欲しいんだけど」
「却下、1つしか無いんだ。出来れば元々協力的な、腕の立つ逃亡者を味方につけるに決まってるだろ。メルリクの気持ちだぞ」

 相変わらずの友人に溜め息をつき、シキは種を荷物にしまった。



 シキの語り。
『時間がないのに、移動時間と言うのは急いでくれない。腹が立ってくる程静かな船内で、俺達は翻訳や着替え、簡単な地上講習を済ませていく。
 到着地はニホンという国。レイワとかで平和らしく、俺等の100倍は人がいると言う。掘削船とは言えルートが限られているので、60日以内に地上から国を滅亡させるならニホンに出るしかないそうだ。色素の薄いアルセッタ人の捜索は地上の文明や情報屋に頼れるらしい。
 やがて寝るしかやる事が無くなって、どちらからともなく寝息を立てていた。思えば久しぶりの睡眠だった』


「シキ、起きろ。シキ! もう着くぞ!」
「んっ…ああ……後56日、か…」

 目を覚まし船内にある時計を一番に見てボヤくと「カウントするのは止めろ、潰れるぞ」と言われる。
 日焼け止めを塗った後、ニバルは鍾乳洞奥底に停船。「残りは歩いていくぞ」と火の玉を出し、慣れた足取りで外に向かっていく。
 ニバルは進みながら用意していたサングラスをかける。

「お前もかける? 地上に出た瞬間が一番眩しいんだ」
「いや……いい。眩しさで気分転換するさ、地上に来た実感も湧くだろうし」
「なら良いけど後悔するなよ」

 何故かニバルが笑って言う中、すぐに2人は外に出る。

「っ!!」

 シキは地底以上の眩しさに目が眩み思わず蹲る。

「ほーらっ! だから言ったろ、みんな日光を甘く見て泣きを見るんだ、はっはっは!」
「お前楽しんでるだろ…っ」

 未だ蹲るシキは目を開けられずにいる。立ち眩みが酷く頭痛がする。

「ん?」

 ニバルの笑い声が止まり真剣な物に変わる。

「気を付けろ!!」

 突然の声にシキは眩しさを堪え目を開き──固まった。

「え?」

 ニホンは人が多いと聞いた。
 ――なのに、どこにも建物が無く人がいなかった。
 ただただ地面が広がっていただけだったのだ。

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