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いい景色が見たいなら頑張れ

今年はパンデミックの影響で、例年とは違う形でオフを過ごした。そして、ようやくと言っていいのか、あっと言う間と言うのか分からないが、チームの練習が再開した。

2020-21シーズンのブンデスリーガは9月18日の試合から始まる。全てのチームが、そこに向けて必死に準備を始めている。

今はいわゆる「プレシーズン」と呼ばれる時期だが、この時期の過ごし方がシーズンの行方を左右する。

サッカー選手にとってこのプレシーズンという時期はシーズン中で1番辛い(負荷の高い)練習をする時期だ。どのチームもトレーニングキャンプを張り、約2時間から3時間のハードな練習が、1日2〜3回ある。

練習内容も過酷をきわめる。サッカーだけの練習をするのではなく、素走り(ランニング系のトレーニング)やハードな筋力トレーニングなど幅広くやらなければならない。

だから、この時期は痛め付けた身体の節々が痛くなる。キャンプ中などは「今日走れる気がしないな…」といった気持ちで朝を迎える日は少なくない。正直な話、サッカー選手でこの時期が好きな選手はいないだろう。笑

でも、僕には、こんな厳しい時期だからこそ思い出す言葉がある。それは同時に僕を奮い立たせてくれる言葉でもある。

今から、8年前の2012年のプレシーズン、当時所属していた浦和レッズが宮崎キャンプを張っているときのことだ。

当時の監督はミシャ(ミハイロ・ペトロビッチ)さんは普段はボールを使ったトレーニングが多く、素走りや筋トレなどは多い方ではなかった。

でも、一次キャンプは身体作りをメインにしている。だから、走りのメニューが中心に組まれていた。

そのなかでも、ハードだったのが「45分間走」だ。名前の通り、単純なメニューで、45分間走り続けるというもの。

ただ、ベテランの選手や軽い怪我を抱えてる選手などは、走るペースは自分でコントロールしていいし、その時のコンディションに合わせて決めていいと説明を受けていた。

そのような長距離系のトレーニングは、当時の僕は得意ではなかった。サイドアタッカーというポジションだったから、アップダウンを繰り返すのは当時から得意だったが、いわゆるロングラン系のトレーニングはあまり強くなかった。

このメニューで強さを見せていたのボランチの選手たちだった。ローパワーながら、足を止めれないのがボランチというポジションだ。最近、僕もこのセントラルMFでのポジションでプレーすることがあるので、そのように足を止めない能力が求められるのはよくわかる。

あの宮崎キャンプの45分間走で、先頭を走っていたのは鈴木啓太さんだった。

啓太さんは僕より10歳年上、当時30歳だったと思う。若いとは言えない年齢にも関わらず20代前半の選手が多かった当時の浦和で先頭を走っているのだから、このエピソードだけで、彼が真のプロフェッショナルだったとわかってもらえると思う。

ただ、僕は当時から負けず嫌いだったから、「30代の選手に負けるわけにはいかない」と思って、必死についていった。僕の他には、啓太さんと同じボランチの小島秀人(現ジェフ千葉)がついてきていたのを覚えている。

しかし、先ほど説明したように、ポジションの特性を考えれば、この種目はボランチの選手の得意とするところだ。案の定、30分を超えたあたりで本当にキツくなってきて、何度か弱音を吐き始めていた。

本当にキツい。

ペースを決められているわけではないし、これくらいでいいだろ。

いつしか僕は、啓太さんについていかない言い訳を探し始めていた。そして、ついにはペースを落としていった。先頭とは10m、20mと差が広がっていく。


すると、それに気づいた啓太さんも、一瞬だけわざとペースを落とした。僕に近づくなり、こう言った。

「いい景色が見たいなら頑張れ」

それだけ伝えてまたペースを上げていった――。

結果から言うと僕は最後まで彼についていき、45分を走り終えた。

残りの10分足らずは、本当にキツかったのを覚えている。でも、「いい景色が見たい!」、「優勝したい!」、「たくさん点取りたい!」という思いが頭の中で自分の体力を支えていた。

苦しいシチュエーション、タイミング、言葉のチョイス。全てがマッチして僕の心にスッと入ってきた言葉だった。

8年半たった今でも苦しいトレーニングの時、諦めそうな時に、あの言葉が頭のどこからか自然と出てくる。

「いい景色が見たいなら頑張れ」

気がつけば僕も、当時の啓太さんと歳が近くなってきた。立場も変わり、チームの若手にアドバイスしたりする事も少なくない。

プレシーズンはこれから更に激しさを増していく。彼のようにうまく伝えたり、影響力を与えられるかはわからない。

ただ、苦しい時に先頭を走ることや、チームを鼓舞することはできる。

だから、僕は自分にできる形でチームを引っ張っていきたい。

そして、今年もたくさんの「いい景色」を見るために、この苦しい時を楽しもうと思う。

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