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令和喜多みな実・野村尚平 写真小説『中谷祐太』

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 この度、写真小説がリニューアルを迎えた。写真小説を知らない諸兄はここに辿り着いた猛者なのだからすぐに調べれば良いだろう。説明してもらえると思うな。そんな顔してこっちを見るな。
 刷新しようにも多忙な野村だ。付かず離れずコラムのような、日記のようなものだと思ってくれていい。それの何が小説だと問われたなら僕は言ってやる。知るか、名前だけ引き継いだのだ。
 で、だ。コロナ禍のコラムだ。筆者の身の回りには何も起こらない。家と劇場の往復で物語はそう生まれない。自分で何かしらの写真を撮ってして書こうと思った矢先には濃厚接触疑いで10日間の待機、明けた頃には締め切りが翌日に控える始末で僕は明後日を向いて布団に潜り込んだ。さて、何を書こう。
 中谷が退団を申し出たのは稽古も進んだ10月のどこかだった。寄席出番の合間、その日一番の挨拶に寄る表情で何か話があるのが分かった。中谷との付き合いは長い。これを言うと「劇場のレギュラー入りするのに同世代に比べ時間がかかったのでそこまで昔ではないと」言う。そういう所だと思う。僕は素直に長いと思う。
 随分と前に中谷は度重なる遅刻が原因で謹慎を言い渡され自宅待機をしていた。世界がこうなるよりずっと前の話なので、一蘭と彼は先見の明があるのかもしれない。さぞ慣れていることだろう。励ますでもなく、ひとまず話が聞きたかったので会うことにした。少し話を湾曲させているが、厳密に言えば遅刻が重なっての謹慎より以前、プライベートで凹んでいる時に呑みに誘い劇団の立ち上げを説明、弱っているのに付け込んで入団させた。彼に何かが起こる度に呼び出しては新作の構想を聞いてもらった。
「すいません、コンビの仕事に集中したいんです」
 周知の通りマユリカというコンビは少女漫画の主人公のような二人だ。ビジュアル面だけではない。周囲が侵せない付かず離れずな掛け合いを昼夜問わず楽屋でも見せつけてくる。自分はモブなんだと気付かされる。どちらか片方がネタの台本に集中するでなく、二人が揃ってのネタ作りだ。よって、稽古時間を含めて拘束をすることには当初から気が引けていた。
「そうか、両立は無理か」
「楽しくなるんです。一ヶ月、毎日の稽古があって。みんなで飯食うて。本番が終わって次の日の出番や単独の準備に入ると、少し楽しめていない自分に気づいて。ノムさんみたいに切り替えが出来ないんです」
 彼には切り替えの出来る人種だと思われていたようだがとんでもない。作品を一つ作る度に飲酒喫煙の量は右肩上がりで不眠に陥り、躁鬱の振り幅が日毎大きくなったまま舞台に立っている。とてもじゃないが切り替えなんて出来ていない。全ての活動は神経と血管が複雑に絡んでいる。後日、表現を間違えたと訂正されたが、言いたいことは十二分に分かった。
「勝手を言ってすいません。これからは絵の仕事もセーブして、コンビに集中します」
 そう伝える奴はとても爽やかで、Vaundyにも佐伯ポインティにも見える顔で笑った。頭の上の皿うどんは窓から吹き込む少し冷たい秋の風で揺れていた。
 その日の夜、何だったかイベントで一緒になった。ふんどしを締め直した男の覚悟はかくも勇ましいものか。事あるごと前に出ては大声を上げて喩える。
「立ちバックやん!」
本来なら敬遠する直接的な表現ですら、今の彼にとって怖いものは無い。ウケこそしていなかったが、その背中はどの立ちバックよりも逞しかった。
 暫くすると、ニッポンの社長辻が主宰するカンパニーでの芝居公演「アンチマリトッツォ」が開催。中谷はその中で見事に芝居をやってのけた。芝居から離れると腹を据えた男とは思えない見事な立ち回りだった。いや、立ちバックだったかもしれない。加えて、SUZURIでのオリジナルグッズ販売に於いても自身の書いた絵を提供していた。イラストの仕事を断ると宣言していた手前、見るのが怖かった。少しでも手を抜いているなら叱ってやろうと思った。だがしかし、どうだ。凝りに凝ったそれは、やはりセーブしているなんて芸当ではない、確かな彼の本気だった。その後もシゲカズです主宰の芝居公演に参加、こちらも盛況に終わったと聞く。
 劇団コケコッコーを去ってから、ますます演劇に力を入れている。嬉しい限りだ。
 中谷は漫画を描いていた経緯から、映画を含めたエンタメに造詣が深い。だからよく構想中のシナリオを聞いてもらった。よく笑って、よく泣いた。天才だと鼓舞してくれた。酒は呑めないからと奴は人一倍、飯を食った。同席する結婚式では持ち合わせが無く祝儀の金を貸した。朝方にマットヘルスに行った。あいつだけ当たりの嬢を引いて謝られた。殴ってやろうかと思った。
 この時勢、劇団を続けるメリットなどどこにもない。稽古の期間になれば週に一回のPCR検査。無症状でも陽性となれば全行程が止まる、コンビ活動も漏れなく。リスクを増やしてまで続けるのは何故だろうか。その答えが出ないまま筆を執っている。
 今、三月の公演で行う新作を書いている。正しくは、書こうとしている。何度覗いても冷蔵庫は空のままで、wordは白紙だ。プロットと呼ばれる話のあらすじは幾らか常備してある。だが、そのどれにも当たり前に中谷が居る。振り回されて不幸になった様が滑稽で笑え、その実どこか人の臭いが蓋できず客席にまで漂う言葉の温かみを持った役者が他に居ないだろうか。もし居るとするなら、一報が欲しい。
 今日も俺は一人、困っている。


■令和喜多みな実プロフィール
野村尚平(右)、河野良祐(左)のコンビ。
2008年結成。野村の特技はギター/ベース。河野の特技はボイスパーカッション。
2019年 MBS「オールザッツ漫才2019」優勝

令和喜多みな実INFO

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著者/ 令和喜多みな実・野村尚平
画像提供/令和喜多みな実・野村尚平

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