ハーバード見聞録(14)

「ハーバード見聞録」のいわれ
 本稿は、自衛隊退官直後の2005年から07年までの間のハーバード大学アジアセンター上級客員研究員時代に書いたものである。


ベーブルースの呪い(4月18日

 ハーバードスクェアの一角に、「HIDDEN SWEETS(隠れ甘党屋)」と言う看板の店を見つけ、入ってみた。中に入って一見すると「アメリカ風駄菓子屋」と言った感じの店だった。
 
特に目を引いたのが「Jerry Berry」と言う名の製菓会社のジェリービーンズだった。味、色、香りの異なるジェリービーンズを70種類近くも斜めに傾けた四角い大き目のガラス瓶の中に沢山入れ、壁に拵えた棚に5列横隊で整然と並べられている。一つ一つのビンの蓋にラベルが貼られ、丁寧に商品名が書いてある。ワイルドブラックベリー、ストロベリージャム、トップバナナ、プラム、アプリコット、シュガーグレープなど果物に因む名が殆どだが、マルガリータ、ハラペニョ(メキシコ産激辛唐辛子)等もあった。これら色とりどりのジェリービーンズを見ていると還暦に近い私でも、一瞬子供に帰っったようで、心が満たされる思いだった。

余談だが、故レーガン元大統領が当選した時、彼の好物の一つだということで、ジェリービーンズが有名になった。当時、私は外務省北米局安全保障課に出向していたが、アメリカの防衛駐在官として勤務しておられた志方俊之1佐(防衛大学校第2期生)から瓶入りのジェリービーンズをお土産に送って頂いたことがある。

Jelly Belly社のパンフレットには「当社のジェリービーンズは、只の(ありきたりの)ジェリービーンズではありません。当社の製品は、ビーンズの中身も外殻も頬っぺたが落ちるくらい風味があり、(他社に比べ)より小粒で、柔らかく、彩が鮮やかです。」と言う宣伝文句があった。

この店は、変わった店で、店内を巡って見ると、甘味だけではなかった。仮装の道具や、絵葉書、意匠を凝らした誕生祝カードなど雑多なものが並べてあった。

更に私を驚かせるものがあった。それはなんと、ブッシュ大統領の悪口コーナーだった。

トイレットペーパーにブッシュ大統領の似顔絵を印刷し「WIPE YOUR TUSH WITH BUSH(お前の尻をブッシュで拭け)」とある。「TUSH(尻)」と「BUSH」共通の「USH」が日本流の掛詞に近い言葉の遊びのつもりなのだろう。数十種類のバッチ等にも似た様な悪口がオンパレードだ。

「Lick Bush:ブッシュを殴れ」

「After we bring democracy to IRAQ、 can we have a little here:アメリカがイラクに民主主義をもたらしてやったら、当のアメリカに民主主義が少しは残っているのかしら」

ブッシュ親子の写真を並べて、「DUMB & DUMBER:馬鹿と大馬鹿」

「Iraq is Arabic for Vietnam:イラクはアラブのベトナムだ」

「A village in Texas has lost its idiot:テキサスの村ではどうしょうも無い馬鹿を失った」

「We replaced Bush’s Brain with a bag of cement! Can you tell the difference?: ブッシュの頭の中にセメントをつめても本物の脳ミソの時と何か変化があるかい 」

ブッシュ大統領のゴム人形には、「Smash Bush: ブッシュをぶん殴れ」と書いた紙片が添えられていた。

30歳代後半の店員に「何故こんなに自分の国の大統領の悪口を言うんだろう?」と笑いながら訊ねた。彼女は真面目な顔をして「ハーバード大学のあるケンブリッジ市及びボストン市地区は伝統的に特別に強固な民主党の支持基盤で、リベラル色の強い所です。だから共和党のブッシュは嫌いなのです。」と、まあ、当たり前の答えが返ってきた。

ところが、私が発した質問は意外な展開を見せた。突然、第三者が割って入って来たのだった。40歳代前半と見られる女性だった。この女性は、なんとブッシュの「味方」だった。

「何でブッシュ大統領の悪口を言うの…?!」と早口でまくし立てた。私のつたないヒアリング能力では、ここから先は残念ながらフォローできなかった。

それまで、私の下手な英語を聞いて「この人はアメリカ人じゃないな、日本の旅行者だろう」ぐらいに思って、冷静に「公式答弁」に努めていたと思われる店員もやおら「売られた喧嘩は、買おうじゃないの!」と言う感じで、白人の透き通るような白い肌に喉から顔にかけてパッと血を上らせて、猛然と反論し始めた。

私も「火付け役」として、しばらく成り行きを見ていたが、論争が激しくなるにつれ、いたたまれなくなって店を出た。

それにしても、アメリカの世論を真っ二つにした大統領選挙バトルの余韻が未だ残っているとは!!それもそのはず、昨年11月の大統領選挙もその前も僅差の大激戦だったのだから。

共和党支持の州を「レッド・ステート(red state)」、民主党支持の州を「ブルー・ステート(blue state)」と呼ぶそうだが、ハーバード大学のあるマサチューセッツ州は、典型的なブルー・ステートであるそうだ。

特にハーバード大学は圧倒的な民主党支持の牙城であるらしい。そのあたりの事情について、産経新聞ワシントン支局長古森義久氏による「ハーバード大学の『政治偏向』」と題する記事(産経新聞04.11.06)を引用しよう。

ハーバード大学中東言語文明学部のルース・ワイズ教授は自他共に認める保守派のブッシュ支持者である。(中略)

この女性学者は、今回の米国大統領の選挙では、ブッシュ・チェイニー再選委員会に寄付した。すると間もなくハーバード大学の学生新聞の記者から連絡を受けた。

『一体、なぜそんなことをするんですか』学生記者はこんな詰問を浴びせてきたと言う。米国連邦選挙委員会の規則では個人が200ドル以上の献金をした場合、雇用情報を開示することが義務付けられている。だからワイズ教授の寄付もすぐ公表されたわけだ。

『一体、なぜ』という反応の理由はハーバード大学の教職員で保守派というのは極めて珍しいからだった。学生記者が連絡して来た時点では、同大学の教職員からの民主党ケリー陣営への寄付が合計15万ドル、共和党ブッシュ陣営への寄付が計8千ドルだった。95対5というあまりにも偏った比率なのである。」

私が当地到着後、日本人留学生などから聞いた先の大統領選挙結果についてのケンブリッジ・ボストン両市民の声は「これから更に4年間もブッシュ政権下で我慢しなけりゃいけないなんて、もう堪えられないほど暗い気持ちになる」というものであった。

「隠れ甘党屋」の「ブッシュの悪口コナー」もこのような人々の「思い」を代弁しているのではないだろうか。当然「レッド・ステート(共和党支持州)」では、このような現象は見られないであろう。

話は変わるが、昨年は当地のプロ野球チームのボストン・レッドソックスが、なんと、「85年振り」にワールドシリーズを制覇したそうだ。日本で、一昨年の阪神タイガースが「18年振り」に勝ったと騒いだが、それさえも比べ物にならないくらいの長きに亘る不振期間だったのだ。

85年間のレッドソックスの不振の原因は「ベーブルースの呪い」と言われていたそうだ。

ボストン・レッドソックスは、1901年に創設され、1918年までの間にワールドシリーズを5回制覇する強豪チームであったが、2004年の優勝まで、実に85年間もの間ワールドシリーズに勝てなかった。この間1946,1967,1975,1986年の4回もワールドシリーズに駒を進めたが、4回とも7回戦まで健闘しながら敗れている。

特にニューヨークメッツを相手にした1986年のワールドシリーズでは、3勝2敗で迎えた第6戦、2点リードしていた最終回、考えられないようなミスが続き悪夢の敗戦を喫したという。

このようなレッドソックスの悲劇の歴史は「ベーブルースの呪い」に原因があるとアメリカでは信じられてきた。金に目が眩んだレッドソックスのオーナーが、ニューヨークヤンキースに「球聖」ベーブルースを売り飛ばすという罪(レッドソックスの『原罪』と言われている)を犯したのは、1919年のシーズンが終わった後のことであったが、それまではリーグ優勝さえした事がなかったヤンキースがベーブルース獲得後は23回もワールドシリーズを制覇することになった。ボストン・グローブ紙のスポーツ・コラムニスト、ダン・ショーネッシー氏が1990に著した「ベーブルースの呪い」は、全米のベストセラーになったそうだ。

ところが、何と、昨年はこの「ベーブルースの呪い」が解けたのか、ボストン・レッドソックスは、85年振りにワールドシリーズで悲願の優勝を果たしたのだった。待ちに待った優勝記念パレードが行われたのは、秋も深まった10月30日だった。ボストン通りからトレモント通りに出て、シティーホールプラザを経由して、チャールス川の中(水上)を航行する7マイルのコースを17台の「ダック」と呼ばれる水陸両用車に乗った監督、選手、コーチ等がファンの声に応えた。沿道には350万人ものファンが詰め掛けたという。

つい最近のことだが、7月3日、レッドソックスの試合を観戦された西林ボストン総領事によれば、「球場のファンは日本に比べ凄まじい熱狂振り」だったという。

このようにアメリカ人は、人種や文化のルーツを超えた政治や野球などのスポーツには驚くほどヒートアップするようだ。

ひるがえって、日本はどうだろう野球もジャイアンツの低迷でファンの盛り上がりはいまひとつのようだ。政治についても国民の関心が低いのが気になる。2大政党による政治が実現しつつあるように見えるが、政党離れが著しく、「無党派層」が大きな比率を占め、「政治に無関心」と言う若者が多いのも心配だ。

ここケンブリッジ・ボストン流に言うならば「岡田民主党が小泉自民党に負けて、これから3年間も小泉政権下かと思うと耐えられない気持ちになる」と巷のあちこちで聞かれるくらい政治に対する関心が高まる日が日本にも来ないものだろうか。(因みに、私は岡田民主党のファンではない。)

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