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20代最後の年。億の借金と子供を授かるというカオスの中、晴れてSHE代表取締役CEOに就任しました

みなさま、はじめまして。SHEの福田(@eri_razapii)です。
本日、SHEから代表変更のリリースを発表しました。

正直、ここまで至るのに壮絶なドラマがありました。沢山の方に助けてもらい、支えてもらいました。
そこで、公式リリースだけでは伝わりきらない、私の創業してから今までの想いを、改めて皆様にもお伝えしたいと思い、noteを書きます。

創業して今年で4期目の春を迎える

本当に驚くけれど、もう今年で創業して丸3年になる。
起業した時のことを思い出そうとすると、なんだかもう毎日が必死すぎて最初の2年くらいの記憶は少し朧げだ。
多分全ての起業家・経営者、みんなそうだと思うが、ほとんどの会社で外には言えないハードシングスがごろごろ起こっていると思う。うちも例外ではない。(なんなら他よりまあまあハードだと思うw)もしかしたら女性向けのキラキラした会社、と思われているかもしれないけど、実情は泥臭いことだらけで、トラブルとカオス続きで、何とか3年食らいついて生き残ったという感じだ。(新設会社の生存率は3年で半分になるらしい。まずは3年生き残った。拍手)
正直、今回のnoteもどこまで書こうかすごく迷いながら書いている。言えないことの方がやはり多いが、代表就任という節目の時に、今の気持ちを生々しく記録しておくことと、後続の起業家に残せることが何かあればという想いで、できる限りでリアルな心情を吐露していきたいと思う。

26歳、起業を決意する

SHEを起業したのは、社会人2年目がやっと終わったばかりの時だった。
当時26歳。
学生時代から初心者女性向けのWebスクールを運営していた私は、リクルートに入った当時も、いつかは起業したいと思いながら働いていた。そんな私に転機は訪れる。共同創業者との出会いだ。
中目黒のスターバックスで、お互いの目指したいビジョン、やりたいこと、叶えたい夢。沢山のことを話した。「一人一人が自分にしかない価値を発揮し、熱狂して生きる世の中を作る」これがSHEのビジョンだが、自分とこんなに同じような想いを持っている人がいることに心底驚き、気づいたら一緒に会社をやることになっていた。
会社をやると決まった時、毎日がワクワクと希望で溢れて仕方なかった。毎週ミーティングを重ね、どんな事業を作るか、どんなメンバーを集めるか、資金調達のこと、様々な話をした。(当時はスクール以外にもお菓子のサブスクリプションやフルーツボトル宅配などD2C系のプロダクトを検討していて今のSHEと全く違う方向性だったw)
リクルートの中で新卒に毛が生えた程度の知識とスキルしか持ち合わせていなかった当時、私には全てのことが新鮮で知らないことだらけで、わからないことが一つ一つわかるようになっていく、その実感がたまらなくエキサイティングだった。
初めての登記。
初めての弁護士さんや社労士さんとのアポ。
初めての投資家へのプレゼン。
初めての会社名決定とビジョン策定。
連日徹夜、休日も返上して起業準備に没頭した。

そして晴れて3年前の4月11日。SHEは誕生した。


創業1年目。 とにかくカオス。

そんなこんなで創業した当時、正直まだビジネスモデルは固まりきっていなかった。当時WeWorkが凄い勢いで拡大していて、投資家や起業家もかなり注目していた。そんな中、NYで女性版WeWorkと呼ばれていた「THE WING」という女性限定コワーキングスペースが急成長していて、当初から10億円を超える大型調達をしていた。
私達はそこをベンチマークに、日本版の女性限定コワーキングスペース事業を展開する方向で動いていた。

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(NYのTHE WING)

ただ、当時初めに調達した資金は1500万円。
WeWorkやTHE WINGのような億単位のお金がかかっている豪勢な内装にはできるはずもなく…。
シード期から投資家として入ってもらった中川綾太郎さんにオフィスを間借りさせてもらって、手作り感と違和感たっぷり(笑)のSHE第一号拠点が出来上がった。
IKEAや近くの家具屋さんでできる限りコスパの良いものを購入し、家具も全部自分達で組み立てて、予算100万円以内でなんとかそれっぽいものができた(…のか?)。

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でも、コワーキングスペースにお客さんは一向に来ない。
欧米に比べてフリーランス人口もまだまだ少ない、ましてや女性限定となるとかなりパイも狭くなってしまう事を踏まえ、私達は女性キャリア人口を増やすためのナーチャリング戦略として、ソフトコンテンツを充実させたレッスンスクールを同時に運営する事にした。それが今の「SHElikes」である。

SHElikes」は"ミレニアルミューズのためのソーシャルクラブ"という名目で始まり、ローンチイベントでは私が学生時代から行なっていたイベントの過去参加者を中心に、100名の女性の方々が集まってくれた。

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2人とも、クリエイティブや広報に強みがあったので、集客やPRにはそこまで困らなかった。

スクールがオープンしてからは、豪華な講師陣をお招きして、連日イベントを開催していた。イベントはいつも満席で、女性限定とした事でよりコンテンツも尖らせられたり、SHE独自の世界観を作る事ができ、少しずつ手応えを感じ始めた。

レッスン一覧

当時はとにかくアドレナリンが出まくっていて、無我夢中で連日働いていた。
レッスンを企画し、講師にお声がけをし、登壇の資料を作り、バナーを制作してSNSで集客をかけ、当日の受付やファシリ、最後のスクール送客/追客の部分まで、全部一人で回すワンオペ状態が続いていた。
勿論、休日なんてずっとなかったし、当時の給料は月15万円だった。(所得税や住民税は前年のリクルート時の所得で換算されるので、当たり前に毎月赤字だった。しかも創業して半年以上は無給だったwカオス)

それに加えて、SHElovesという2ヶ月短期集中コースみたいなものまで開講してがっつり自分が講師をやっていたので、今思うと滅茶苦茶な働き方をしていたなと思う。

そうやってがむしゃらに働き、会員もぼちぼち増えてはいたものの、当時は月額3000円から入会できる習い事スクールのような形態だったので、月々の売上は雀の涙。拠点を構えて固定費を垂れ流しながら継続することを考えると、正直このままではビジネスとしてかなり厳しいという危機感を次第に感じるようになった。

創業2年目。 顧客に求められるサービスへ。

2年目になり、二度目の資金調達を行なった。
二度目は2億円弱という、私達にとってはかなり大きな調達だった。
そのタイミングで、やっと初の社員1人目を採用した。
ただ、それ以降も基本的に社員は極力増やすことなく、業務委託やインターン生のみで会社を運営していた。

そんな中、創業1年目に抱えていた課題について、私は1人モヤモヤしていた。当時もうコワーキングスペースはほぼ機能しておらず、スクールが収益柱になっていた。その中で、私はこのサービスは誰の何の課題を解決するためにやっているのだろう、という疑問が沸々と湧いていた。当時、提供していたレッスンはキャリアやスキルアップについてのレッスン以外に、お料理レッスンやヨガレッスンなどライフスタイル領域のものも多々あった。勿論、それを楽しみに通ってくださるカスタマーもいたのだが、圧倒的にWebデザインなどキャリア系のスキルアップレッスンが人気だった。月に1〜2回SHEに来て楽しい時間を過ごす。1〜2回来るだけなので、コミュニティの密度も低いし、何か目に見えるようなスキルが身につくわけでもない。私は自分が提供しているサービスの価値に自信が持てなかった。

一方で、同時に運営していた2ヶ月の短期コースは、単価的には通常レッスンの何倍もするような価格帯のものだったが、そこではきちんと価値提供できている実感があった。毎回同じメンバーで集まり、お互い教えあったり助け合ったりしながら、2ヶ月でちゃんとデザインができるようになっていく。卒業する時は、人生が変わった、本当にやってよかった、と涙を流してくれる人もいた。
これだよ、これこれ。私は、一人一人の価値を最大化し、その人の人生をより良くするサポートがしたくて会社をやっているのだから、こういった熱狂体験をもっともっと創りたい。それには今のSHElikesのままでは全然ダメだ。

そう思い、サービスのピボットを提案した。今やっているライフスタイル領域に中途半端に手を出すことはやめにして、女性の人生を変えるためのキャリアの課題にフォーカスしよう、と。
ただ、当時は役員陣にも外部の投資家にもかなり反対された。「高価格帯になることによって提供対象が狭まりすぐ頭打ちが来る」「女性のキャリア領域限定にするのは勿体無い」色々な事を言われたが、ずっと現場を回していた自分には顧客から得られるフィードバックが何より信じられるファクトだったので、絶対に自分の見込みは正しいという確証があった。

みんなに反対される中で半ば押し切るような形でサービスのミニピボットを行った訳だが、これが功を奏し、結果的にSHEは1期目〜2期目にかけてYoY600%ほどの成長を見せることになった。(ほれ見ろ〜〜〜〜!!)

そうして、事業自体は少しずつ順調に伸びてきていたのだが、今度は内部組織の綻びが大きな課題としてのしかかってくる。

組織崩壊

先ほど述べたとおり、2期目も社員採用は基本控えていて、通算2名しか採用していなかった。
ただ組織としては業務委託の方やインターン含めて50名程度の組織になっていたので、マネジメントがかなり大きな課題だった。
加えて、その当時はかなりストイックでハードなコミュニケーションをするカルチャーがあり、その体制下でメンバーは体を壊したりメンタルを壊してどんどん辞めていった。色んなメンバーから私に相談が来て、必死にサポートや心のケアをするも、力足らずで耐えきれず潰れていく人が後を絶たなかった。

一人一人の可能性を伸ばすことがビジョンの会社なはずなのに、どうすればこの状況を変えられるんだろう…。私の創業からの悩みの大半は、本当にここに尽きると思う。何度その体制を変えたいとアクションを起こしても、なかなか改善されることはなく、私は採用が怖くなっていった。SHEに入ったら、この人もボロボロになってしまうんじゃないか…そんな強迫観念のようなものすら感じていた。

創業3年目。 やっと会社になってきた。

創業3年目を迎え、事業も軌道に乗り始め、4月から新たにマネージャー人材として4人の社員を迎えることになった。
4人とも本当に優秀で、この4人の入社のお陰で、SHEは組織体制がしっかりし、一気に会社っぽくなった。

そして、3年目から実質体制上は自分がSHEの代表の役割を担うことになった。

私が代表体制になって一番最初に取り組んだことは、組織の立て直しとカルチャーの構築である。
偉大なプロダクトは偉大なチームから生まれる、とGoodpatchさんも仰っているが、まさにその通りだと思っていて、組織の土台がしっかりしていて、自分たちが会社を誇れる状態にしていないと、良いものなんか絶対に作れないと私は思う。

そこで、各人のキャッチコピーを全員で考えてみんなのトリセツを作ったり、(個人的にCTOあきら丸の"ストリートに出てきた近所の逸材"が好きです)

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社内の行動指針を言語化するためのCREDO合宿を行ったり。

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全員が目指したい組織像を何度も議論し、すり合わせた。
BBQや合宿など、今まであまり行って来なかった仕事以外でのコミュニケーションも増やす機会を作った。

今では、個人的に、こんなにお互いの良い所をリスペクトし合い、喜びや悲しみを自分ごとのように分かち合える組織は、なかなかないんじゃないかと自分で思ってしまうほど、素敵で愛すべき組織になっていると思う。(自画自賛ごめん。メンバーのみんな、違ったら言ってw)

そうしてできた、素敵なカルチャーを基盤にして、私達はまた新たな顧客価値の見直しに取り掛かった。

詳しくは上記の渾身のnoteを見て欲しいが、CIのリブランディングとともに、顧客価値の見直し、それに伴うSHElikesのリニューアルを再度行った。(1年ごとにかなり大きなサービスピボットをしているので、エンジニアにはかなり負担をかけた。いつもありがとう。)

ここで明らかになった私達の提供価値は、「一人一人の人生に寄り添う伴走者」として、固定概念や外圧にとらわれることなく、一人一人の可能性を解放していく、ということである。
このタイミングでSHElikesも、以前からカスタマーの要望としていただいていた、場所や時間の制限もなくし、いつでもどこでも学べるオンラインでの学習 × オフラインのコミュニティ体験 というハイブリッド型でのモデルに進化させた。

今となって思うと、このオンライン化への意思決定も本当にしておいてよかった。ずっと通学型のみのスクールスタイルを貫いていたら、今頃SHEは死んでいたかもしれない。経営の意思決定は本当に紙一重だなと改めて思う。

このサービスリニューアルにより、ありがたいことに2期目→3期目も通期売上が4.5倍ほどに成長することができた。これは、それだけ時間や場所などの制約を乗り越えて、多くのカスタマーに価値が届けられるようになった結果だと思っている。

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2拠点目となる銀座拠点も増床し、クラウドファンディングMakuakeではコミュニティプラットフォーム史上最高額を調達することができた。
6月には初の全国展開となる名古屋拠点の開設も決まった。

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私個人のプライベートでは、なんと妊娠が発覚した
メンバー含め、会員の方や投資家の方々、沢山の人に祝福してもらって、もうこれ以上幸せになれるのかというくらい、充実した3年目だった。


・・・はずだった。


その裏側で、ハードすぎる大事件が勃発。

ここまでは、スタートアップのキラキラした表側である。
しかし、現実はこんなに甘くはない。

あまり詳しいことは具体的には書けないが、大事件が起こる。
このセクションだけでドラマが作れるくらい。

結論から言うと、会社を存続させるために、億単位の借金を背負うことになった。

これを読んでいる皆さんだったらどうするか。
億単位の借金をしてでも会社を続けていく覚悟があるか。
辞めて新しいことをするか。

この決断を迫られた時、あまりに理不尽過ぎる現状を恨んだし、何が正解か自分でもわからず、本当に何ヶ月も何ヶ月も禿げるほど悩んだ。(禿げてはないけど)

SHEは、自分がずっと大切に育ててきた、子供のような会社。
そこで働いてくれてるメンバーも、SHEで自分を変えるんだと意気込んで通っている会員さんも、信じて投資してくれた株主も、全員を守りたい。


でも、
本当にこんな途方もない負債を背負ってやっていくのか?
ここまで頑張ってきたのに、そこまでして続ける必要あるのか?
私だけでなく、他の人にも迷惑をかけてしまうかもしれない。本当にそれが正解なのか?

毎日毎日眠れない日々の中で自問自答を繰り返した。

多くの人は、「そこまでする必要ない。もう辞めて、新しい会社やりなよ」と言ってくれた。
でも、そうしたら、今いる会社のメンバーは全員解雇になるかもしれない。そうなれば会員さんにももうサービスが提供できないかもしれない。

何度も思考が行ったり来たりを繰り返し、途中軽度のうつ病なんじゃないかと思う時もあった。

そして最終、人生で最大級に重い意思決定の末、大きなリスクを背負ってでも、会社を存続させていくことを選択することにした。

自分でもだいぶクレイジーな決断だと思う。でもみんなを、SHEを守るのに残った選択肢はこれしかなかった。私は、私を信じてついてきてくれた人たちに報いる必要があった。

この結論に至るまで、本当に沢山の人が味方になって、サポートしてくれた。newnの綾太郎さん、heyの佐藤さん、POLAの岸さん、TLMのてるま、そして役員陣・メンバーのみんな。本当にありがとうございます。絶対恩返しします。この人たちは本当に本当に最高で自慢の投資家であり仲間です。この人たちがついてくれていたら、SHEは絶対成功するしかない。そう信じさせてくれる方々です。

晴れて、3周年の今日。代表になりました。

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そうして、晴れて3周年の今日。
私は正式にSHE株式会社の代表取締役CEOに就任した。


本当にこの3年間、色んなことがあったし、色んな人と出会ってきた。

今回の経験で、学んだことは数え切れないし、この経験が私をちゃんと経営者にしてくれたような気がする。

世の中には理不尽なことが沢山ある。それはどんな時でもきっと起こりうる天災のようなもので、今回の新型ウイルスのような件もそうだと思う。
でも、その時に起こってしまったことを悔やんでも仕方がない。それを受け止めて、どう解決のために正しく、素早く、アクションできるか。それに尽きると思う。
ただ、願わくば、最後は頑張っている人が報われる優しい世の中であってほしい。

長くなったが、そろそろ終わりにしようと思う。

今の私を、3年前の私が見たらどう思うだろう?
もちろん、細かく後悔することはたくさんあるけど、SHEを起業したこと、そして掛け替えのない仲間たちと出会えたことは、私の人生史に残る誇れることだったと思ってる。

これからは、代表として、母として、また新しい私への挑戦が始まる。

SHEを世界中に届けるために、
SHEを世界一誇れる会社に成長させるために、
今回の意思決定をした自分にいつか感謝できるように。


胸を張って生きていきたい。


集合写真

(世界一 愛するSHEのメンバーたち)



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(追記)
みなさんからの沢山の応援メッセージ、サポート、本当に嬉しいです。ありがとうございます・・・!前代表の中山も新しい道を選択し、別の道を歩んでいくことになったのですが、今後もSHEが達成したいビジョンは変わらないので引き続き2人を応援していただければ嬉しいです。


あ〜〜〜〜〜リリース緊張した。
ひとまずお疲れ、自分。
次は出産頑張ろう。

読んでいただいてありがとうございました🙏 よかったらフォローをお願いします🤗 女性のキャリア、スタートアップ/起業/経営、デザイン、結婚、夫婦のことについてゆるゆる書くつもりです。