文学・社会学で学ぶことは社会で役に立ちません 文章の書き方編

おことわり ここでは、文学、社会学の常識が、実社会とは正反対であることを、先日神原元弁護士により再公開された(オープンレター訴訟、勝利和解のお知らせ)、文学、社会学の大学教員など1300名余りが署名したオープンレター「女性差別的な文化を脱するために」を題材に説明します。
大学で学んだことが社会で役立たないからといって、大学が悪いわけではありません。大学で教えている教員の常識が社会の常識と違っていても、文学、社会学で学んだ常識は、文学、社会学(大学の中)で活用するものです。文学、社会学で学んだ常識が実社会で役立つと期待してはいけない。受験勉強は希望する中学、大学に入るためのもので、実社会で役立つことを求めていないのと同じです。
文学、社会学の常識が、実社会とは正反対であることを文学部、社会学部に進学した後に気づいても、受験前には戻れません。また、文学部、社会学部の学生や卒業した社会人に、実社会の常識を期待して失敗したとき取り返しがつかないこともあります。このエントリは、進学先を選択する高校生などや文学部、社会学部で学んだ人と応対する人などのための事前情報として、公共の利益に資するものです。

「重要なことは日本語では普通、文章の後半に来る」という文学、社会学の常識

オープンレター「女性差別的な文化を脱するために」(以下、オープンレターと略する)に関して、署名者の墨東公安委員会先生(熊本学園大学経済学部講師、博士(文学))が次の主張をしました。

北守さんがすでに指摘されているとおりですが、一般的な国語の問題として、あのオープンレターの言いたいことは、「呉座を罰せよ」ではなく「女性差別的な文化から距離を取ろう」です。重要なことは日本語では普通、文章の後半に来ますよね? 「一般的な第三者の読み」でもそう判断されるでしょう。

https://twitter.com/bokukoui/status/1487028437206577153

あれ(注 オープンレター)は散文詩ではなく明確な主張を持った論理的な文章です。それにふさわしい構造を備えているといえます。そこを妙に一般論で薄める必然性は、どこにもありません。

https://twitter.com/bokukoui/status/1487030074759004163

オープンレターは、小論文などと同じく、自分の主張を論理的に説明するものです。具体的な裏付けは示されていませんが、墨東公安委員会先生にとっての普通、つまり常識は「重要なことは日本語では普通、文章の後半に来」るそうです。この主張に名前の挙がっている署名者の北守先生(埼玉工業大学人間社会学部非常勤講師、学術修士)も同様の常識をお持ちのようです。実際、newsweekに掲載した文章は後半に主張が来ると明言しています。

書きました。統一教会にも触れていますが、主張したいのは後半です。

https://twitter.com/hokusyu82/status/1546763462839513088

しかし、この主張の裏付けを彼らが示していないことからわかるように、彼らの常識は社会の常識ではありません。「重要なことは日本語では普通、文章の後半に来ない」ことを示すために、5通りの情報源から反例を示します。
A ウェブメディア取締役
B 上場企業社長(ビジネス誌)
C 就職活動支援
D 作文教育研究者(インタビュー、学術書、論文)
E 大学受験小論文指導
そして補足として、F 大学受験小論文指導による、小論文で重要なことがはじめに来ると良い理由、G 重要なことが日本語の文章の後半に来る構成の例を示します。
これにより、オープンレターでは
a 読み手に伝えたい重要なことは最初に挙げられている(個人の否定的評価)、
b 高校で学ぶ、読み手に意見が理解されやすい小論文とは正反対の構成で書かれている(E, Fより)、
c オープンレターは論理的ではなく共感を求める文章(Gより)、
などの可能性があることがわかりました。さらに、大学受験小論文程度の作文知識を持っていた署名者は、オープンレター呼びかけ人の意図とは独立に、実名を示された個人の否定的評価こそ重要だと理解したことになります。

このように実社会の常識とは正反対の文章の書き方を常識としたい受験生は、文学部、社会学部に進学すればそのように学べます(呼びかけ人、署名者で反対している人が見つからないので)。小論文が受験科目なら「重要なことを後半に書」いたほうが採点者に伝わりやすいはずです。そのときは、いきなり試験当日に重要なことを後半にする構成で書くのではなく、事前にオープンレターの文章を高校や予備校の先生に見せて、重要なことを小論文の後半に引き延ばす書き方について相談してからにしましょう。そして、さまざまな情報、助言を踏まえて、自己責任でどう書くか決めましょう。

A 重要なことは日本語では普通、文章の後半に来ない具体例(ウェブメディア取締役)

はじめに、唐木元(株式会社ナターシャ取締役)新しい文章力の教室の p.42 chapter 12 要素の順番 基本の構成は「サビ頭」から引用します。

ただし文章にはどの順番で並べたら効果的かという、ある程度の定石、定番パターンみたいなものがあります。私が8割がたの記事に適用しているのが「サビ頭」です。本来はJ-POPの用語で、冒頭にサビ(最も盛り上がる部分)を持ってくる作曲法を指します。
これを文章に適用すると「大事な話題から言う」と言い直せるでしょう。結論や論点を最初にズバリと提示し、核心から切り込む。すなわち文章をおしまいまで読みたくなるような、魅力的な一段落を最初に持ってくるということです。
(略)
サビ頭は、新聞記事やレポート、説明文など、あらゆる実用的な文章の基本とされています。ビジネスの世界では「PREP法」とか「SDS法」などといわれますが、いずれも結論 (Point) や要約 (Summary) を最初に提示する構成を指しています。

唐木元 新しい文章力の教室(インプレス)

B 重要なことは日本語では普通、文章の後半に来ない具体例(上場企業社長)

続いて、雑誌プレジデント2022年4月15日号「DX&テレワーク時代「書き方の最先端」」から2つ引用します。


そうしたなかで、僕自身が徹底して実践し、パートナー(社員)にも繰り返し伝えているメソッドが、「文章は短ければ短いほどいい」というものです。
特にメールやチャットを送信する場合、「結論ファースト」と「短い文章」という2つのポイントを順守することが重要です。(略)ところで、私がいくら口酸っぱくして言っても、ごくたまに長文を送ってくるパートナーがいます。そうした場合、読まずに「結論ファーストで短い文章に書き直し、再送信してください」と返信して、スピリットベンチャー宣言に掲げた理念(注:文字は少なく、言葉は簡潔に、相手の時間を奪わない)が浸透するように心がけています。

pp.24-25 熊谷正寿(GMOインターネット社長)長文は「命取り」。読まずに書き直し命令

オンラインコミュニケーションの文章の書き方として、最後にもう一つ意識していることをご紹介します。それはなるべく結論から伝えるようにするということです。そのために「PREP法」を取り入れています。PREPは「Point(結論)」「Reason(理由)」「Example(例)」「Point(結論)」の頭文字の略で、文書やプレゼンテーションにおける文章構成方法の一つです。簡潔かつ説得力のある文章が作成できます。

pp.26-27 木村弘毅(ミクシィ社長)親密でない相手に「顔文字」をつける意味

C 重要なことは日本語では普通、文章の後半に来ない具体例(就職活動支援)

3つ目は、これまでの例にあったPREP法が就活のために大学で指導されている例です。東京大学広域科学専攻 就職掲示板のアドレスからダウンロードできる「キャリタス2022就活ノート就活本番編」の13ページにエントリーシートの書き方としてPREP法が紹介されています。

要点がわかりやすく論理的に書ける!
簡潔かつ説得力のある文章を書くためにPREP法を活用してみましょう。
PREP法
Point - 結論(私はーです)
Reason - 理由(なぜならーだからです)
Example - 具体例(たとえばーです)
Point - 結論の念押し(だから私はーです)

キャリタス2022就活ノート就活本番編

D 重要なことは日本語では普通、文章の後半に来ない具体例(作文教育研究より)

作文教育について日米仏比較研究をしている名古屋大学大学院教授の渡邉雅子先生に、作文指導法や文章の書き方の違いを、朝日新聞社の斉藤純江記者が聞いてまとめた記事の図から、日本語の小論文の構成を引用します。

小論文(日本)
序論 主張を述べる
本論 1 主張の根拠(通常2つ) 2「だがしかし」と主張と別の見方を挿入
結論 「それでもやはり」と自己の主張の正しさを述べる

各国の作文教育はどう違う? 米国は主張、仏は論理、日本は共感を重視

また、渡邉先生の著書 『「論理的思考」の社会的構築 フランスの思考表現スタイルと言葉の教育 』のアマゾンでのカスタマーレビューでも同様な小論文の構成が書かれています。

現在の日本の小論文は、アメリカのエッセイの影響が強く、ほぼ同じ構造を指導している(p.25)。序論:主張を述べる、本論:主張の根拠(2つ)と「だがしかし....」(別の見方の挿入)、結論:「それでもやはり....」と自己の主張の正しさを述べる、と紹介されている(p.19 表1-1)。

第三の論理形態の教育方法:ディセルタシオン

一方、同書に対する飯間浩明氏(国語辞典編纂者)の書評のように別の理解もあります。

本書の著者(注 渡邉雅子先生)は、日本の小論文を〈起承転結に基づく〉ものと述べます。ただ、起承転結は本来、漢詩を作るための形式です。論理的な文章には使いにくい面があります。

『「論理的思考」の社会的構築 フランスの思考表現スタイルと言葉の教育』渡邉雅子著(岩波書店)

飯間氏の書評だけが正しく、それ以外が間違っている、という場合を除けば、墨東公安委員会先生や北守先生が主張する「重要なことは日本語で、普通文章の後半に来る」は根拠のない誤りになります。

E 重要なことは日本語では普通、文章の後半に来ない具体例(大学受験小論文指導より)

ベネッセ教育総合研究所による小論文の書き方のウェブページから引用します。

小論文の構成は、「序論・本論・結論」の形が基本です。
序論 自分の「論点」と「意見」を示す。
序論は、自分なりの論点(=問い)を示し、それに対する自分の意見を簡潔に述べるところ。例えば、「Aについて、私はBだと考える。」というように。

 ベネッセ教育総合研究所 小論文の書き方 8.失敗しないための構成の重要ポイント

自分の意見を読み手に納得させる小論文では、重要な自分の意見は最初の序論に来ることがわかります。そして、小論文と作文の違いを説明している部分を引用します。

小学校でも多く取り組んできた作文は、自分の「体験」や「感想」を書いた文章のこと。表現の美しさよりも文章の流れ、感性の豊かさ、表現のうまさなどがポイントになります。
一方、小論文は、問われていることに対して自分の「意見」とその「理由」(論拠)を筋道立てて説明し、読む人を説得する文章のことです。論理性や説得力の高さにポイントが置かれます。

ベネッセ教育総合研究所 小論文の書き方 1-1.小論文と作文の違い

つまり、(時系列や起承転結で書かれる)作文では、論理性や説得力を高めることがポイントではないので、意見や理由を伝えるのに適していません。

F 重要なことが普通、はじめに来ると良い理由(大学受験小論文指導による)

Z会 小論文講義1 小論文とは何かを知ろう (PDF) の「3 小論文の形式・様式を知る ◆三要素を自在に構成する」をまとめると、次の通りです。

小論文(論述)は「問い」「答え」「論拠」の3つから構成される。
構成要素の順序として次の3つが挙げられる。
1〈問いの提示〉→〈論拠の提示〉→〈答え=主張・見解の提示〉
2〈問いの提示〉→〈主張・見解の提示〉→〈論拠の提示〉
3〈問いの提示〉→〈主張・見解の提示〉→〈論拠の提示〉→〈主張・見解の再確認〉
1では、「答え=主張・見解」が謎のまま、論拠の提示における具体例や課題文の読解などを通じた「考察」が述べられるので、読み手にとって答えに到達する見通しが悪い。
2では、読み手に論述全体の主旨が伝わりやすいが、字数が多くなると最後のまとまりに欠ける。
3は、2のメリットをいかしつつ、最後もまとまった文章になる。

Z会 小論文講義1 小論文とは何かを知ろう (PDF) のまとめ

G 重要なことが日本語の文章の後半に来る構成とは

D の渡辺先生による論文「渡辺雅子 説明スタイルの日米比較-初等教育における異文化の意味 社会学評論 52 (2) pp.333-347」の2章「なぜ説明の「順番」か:論理的枠組みと先行研究」は、重要なことが文章の後半に来る構成として、時系列と起承転結の2つを挙げています。時系列は、過去から現在を経て未来へという、人間が体験する時間の流れをそのままに起きたことを並べる構成、起承転結は、もっとも主題から遠い淵源となる情報から始まり、終わりに近づくに従って次第に主題の核心に近づく構成と、それぞれ説明されています。また、渡辺教授の著書に対する書評からの引用によると、

著者によれば,日本での作文指導は,遠足の思い出の作文がそうであるように,朝起きて,学校に行って,バスに乗って,現地に着いて,弁当を食べて,バスにまた乗っで帰ってくるまでを,順序よく書くように求めていく。この順序で書かせていきながら,子どもに楽しかった気持を表現させていく。つまり,日本での作文指導では,何がどうであったかを,時系列にそってたどるように指導される。
起承転結の作文技法は,今も昔も,日本の作文指導のお手本である。そのため,作文全体で言いたいことは,最後の「結」にまで引き延ばされることになる。歴史の授業でも同じように,歴史上の出来事にそって,何が(誰が)どうであったかをたどらせ,その時代と人物に子どもの気持を寄り添わせながら,歴史に共感させていく。

宮寺晃夫「渡辺雅子著『納得の構造一日米初等教育に見る思考表現のスタイルー』筑波教育学研究第4号

重要なことが文章の後半に来る(引き延ばされる)文章の例として、子供のための(日記のような)作文や歴史の文章が挙げられています。

まとめ

オープンレター「女性差別的な文化を脱するために」の言いたいことが個人の否定的評価だという指摘を否定するために、墨東公安委員会先生や北守先生が主張した「重要なことは日本語で、普通文章の後半に来る」は実社会では根拠のない誤りであることを、具体例を示すことで明らかにしました。