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BOOK REVIEW 『必殺シリーズ始末 最後の大仕事』「仕掛けて殺して日が暮れて 橋の欄干腰下ろし 遥か向こうを眺むれば この世はつらいことばかり」アウトロー時代劇が国民的番組に変節した理由


『必殺シリーズ始末 最後の大仕事』高鳥都著、立東舎刊、定価3080円(本体2800円+税)

文:田野辺尚人

『必殺シリーズ秘史 50年目の告白録』で、金をもらって恨みを晴らすアウトロー時代劇の誕生とテレビ映画に流れ込んできた劇場映画の監督たちと若き日のスタッフの冒険の日々を浮かび上がらせ、続く『必殺シリーズ異聞 27人の回想録』でダークなシリーズの円熟とそれに対する試行錯誤の時代に入り成功もあれば致命傷に近い失敗もあったことを関係者の証言で浮かび上がらせた、必殺傾聴人・高鳥都のとどめの一撃が本書『必殺シリーズ始末 最後の大仕事』になる。このタイトルに偽りなし、1979年から放送された『必殺仕事人』全84話以降、悪党を悪党が裁くヘヴィな語り口が徐々に消えていき、八丁堀の旦那こと中村主水が嫁と義母に毎回一本取られて笑いを誘うサラリーマンのホームドラマ調エンディングやエリマキトカゲや空飛ぶ円盤、当時の新聞の3面記事に書かれた事件などをもとにしたエピソードなどが目立つ、いわゆる「後期必殺シリーズ」について取材し、それは何だったのか、始末をつけなくてはならないからだ。
「後期必殺シリーズ」と必殺マニアが区切り線を引きたがる理由は、やはり『新必殺仕置人』(1977年)が描いた殺し屋たちの情無用の重量級ドラマの先の読めない凄みが持つインパクトに比べ、『必殺仕事人』後半以降、意図的に物語のパターンが決められていきライトな印象を与えるような変則「時代劇」に変わっていったからだ。また『仕事人』の飾りの秀(三田村邦彦)、『新仕事人』の三味線屋勇次(中条きよし)、『仕事人Ⅲ』では受験生の西順之助(ひかる一平)、『仕事人Ⅴ』で花屋の政(村上弘明)と組紐屋の竜(京本政樹)といった若手の殺し屋たちが人気を呼び、シリーズは家族で観ることのできるアクションドラマに変わっていく。
 その変革の一歩を築いたのが三田村邦彦だ。本書に登場するスタッフたちから「みーちゃん」と呼ばれ、ベテランの出演者太刀からも愛された三田村は『限りなき透明に近いブルー』(1979年)で主演デビューするが、生活が楽になったとも言えず、トビの仕事で糊口をしのいでいた。そこに『仕事人』のオファーが来る。当初は京都に行く交通費にも苦労したが製作陣からの援助もあり、凄まじいアクションを見せる若き仕事人が誕生した(トビの経験に加え近視だったことで無茶なアクションにも恐怖を抱かなかったという)。飾りの秀の人気に藤田まこと演じる中村主水の醸し出す貫禄、音楽も平尾昌晃が復帰し、『必殺仕事人』は大成功を収める。
 そこでハードな暗殺者ドラマに突き進まず、当時の世相を盛り込んだものに舵を切ったのは「必殺」シリーズ生みの親・山内久司である。これは関係者が口を揃えて証言している。中には「エリマキトカゲなんてものを出して、シリーズももう終わりだと思った」と語る関係者もいる。本書に登場する脚本家6人の証言は、かつて京都のシナリオライターの定宿「かんのんホテル」で繰り広げられていたアナーキーな創作現場のエピソードに比べると、徐々に「仕事人」シリーズがポピュラーになっていくための道標を書いているように思える。

石森(略)「過激な殺人よりも人情噺にしたほうがよい」というチーフプロデューサーの山内(久司)さんの判断です。あの人はTBSの石井ふく子さんをライバル視してて、だから『時間ですよ』みたいなホームドラマを『必殺』に取り入れた。

 脚本家の石森史郎はシリーズの変遷をこう語る。そして果たして山内久司の狙いは的中した。「必殺」シリーズは家族でも観れる“殺し屋”ドラマとして新しい視聴者を生み出した。時は1980年代、フジテレビが「楽しくなければテレビじゃない」と明るく楽しい番組を連作し、時代もそちらに向かって流れていった。本シリーズに登場する最年少のスタッフである酒井信行(1961年生)は少年時代から「必殺」シリーズのファンで映画狂だった。彼はこの時期の「必殺」シリーズについて、こう語る。

酒井 基本はハードな作風が好きだったけど、おちゃらけ路線も他社ではやってない企画であるのは、たしかだからね。カラオケの話(『必殺商売人』第5話「空桶で唄う女の恨みうた」)なんか学生の時にオンエアを見て、そら笑うたもんな。そういう下地はずっとあったから、それが悪いとは言わへんけど、毎回それっていうのはちょっとな。やっぱりハードなもんがあって、たまにそういうのが入るぶんには……という気持ちはありました。

 酒井のこの発言は、シリーズ初期からのファンであれば、大いに納得する総括だろう。しかし時代は陰惨な暴力よりも明るく楽しいドラマを欲した。その悪き代表例が映画第2弾『必殺!ブラウン館の怪物たち』(1985年)だ。撮影に駆り出されたスタッフたちが口を揃えて撮影現場の混乱を語っている。
 対して、この「必殺」黄金時代を象徴する人物としてキャストからもスタッフからも名前が挙げられるのが、全シリーズで最多の監督作を持つ松野宏軌だ。『必殺仕事人』のパイロット版も彼の手によるものだ。クセの強い監督たちの中で、ちょっと押しの弱い印象を受けるが、松野の脚本には赤ペンで書き込みがびっちりしてあったという。映画作家としてではなく、「必殺」シリーズを支え続けた監督として、その再評価はされなくてはいけない。
 1980年代という時代背景が「必殺」シリーズを大きく変えていった。特に松竹が映画版に踏み込んできたことで、エンタテインメント世界としての「必殺」は開花する。やがて花が散るようにブームも終息していく。映画版で中村主水は(多分)死を迎え、『必殺仕事人』の世界もまた新たな局面を迎えることになる。時代に翻弄される人気テレビ映画の行き着く先を記して、2年間に及ぶ取材は終わりを迎える。
「必殺」シリーズに関わった人々の貴重な言葉を集め、まとめ、そこで何があったのかを記録し尽くした高鳥都の次の仕事は、『必殺からくり人』(1976年)でメインのシナリオライターを務めた早坂暁の脚本集(かや書房)だ。ブラウン管でテロのドラマが放映されていた時代の寵児の仕事をまとめるものになる。山内史観の「必殺」シリーズとはまた違う「必殺」の世界観が提示されるはずだ。「必殺」シリーズ取材者として、まだ仕事は完了してはいない。

『早坂暁必殺シリーズ脚本集』かや書房刊、近日発売予定

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